27話 少女の祈り
屋上に生ぬるい風が吹き抜けた。
2メートル前方に真紅に染ったひかりを抱くソダム。
5メートル後方に拳銃を構える
状況は変わっていない。
俺が気を失っていたのはものの30秒くらいか。
「よう暁、思い出したようだな?」
後方からダニーが確かめるように話しかけてきた。
俺は震えるカラダで立ち上がり、後ろへ振り返った。
「ああ、全部思い出したよ、ダニー」
俺は、白いハットにロングコートの男を睨みつけた。
「俺は、自分がデパートの事件で死んだと思っていた。だが、生きていた。目を覚ますと何故か日本の闇医者のところに居た。しかし、記憶は無くなっていた。大切な人も、自分の名前さえも……ただひとつ、自分が暗殺者だということを除いて」
「ほう、そうか。ではひとつ教えよう。お前を救ったのは
ダニーは拳銃を持つ手を一旦下げた。
(目黒さんが……何故俺を救った?)
「その後、俺に出来る事は暗殺のみ。幾人もの人を殺し、のらりくらりと生きていた。やがて俺は、名も無き暗殺者と呼ばれるようになり業界中に噂が広がった。一流と言われる同業者達に狙われるも、全員殺ってきたからだ。そんなクソみたいな俺は、やがてひかりに出会う……そして救われたんだ。俺はただのキリングマシーンでは無い、人間なんだと教えてくれたんだ」
みっともないが、俺は涙と震えが止まらなかった。
「そうか、しかし残念だったな。日本一の強さがゆえ、この私に狙われてしまった」
ダニーはニタリ……口角とハットのツバを上げた。
「……ダニィィイッ!!何故ひかりを殺したぁ!!」
俺は拳を握りしめ、
「おいおい、私のせいにするなよ。暁、お前が救えなかっただけだ」
ダニーは鼻で笑った。
俺は心臓をえぐり取られたような感情が溢れ出した。
ぐうの音も出ない……。
そうだ、ダニーの言う通りだ……俺がひかりを救えなかっただけだ。
「それとな、
俺は空を見上げ深く息を吸い込んだ。
「分かった、勝負するよダニー……」
「やっとヤル気になったか!」
ダニーは
「ん?おい、暁……拳銃はどうした?」
「そんなモノ処分したよ、必要無い。けど心配するな、ナイフくらいは持ってる」
俺はベルトに挟んでいた革のケースからナイフを取り出した。
「そんな果物ナイフで私を殺れると思っているのか?舐められたものだな」
(短距離戦に持ち込むつもりか……果たして近づけるかな?)
ダニーは拳銃を、暁はナイフを構えた。
「さあ来いっ!暁!!」
暁のナイフが空気を切り裂いた!
(な、ナイフを投げ……?)
耳に響く金属音……
ナイフはダニーの銃口に刺さり、口を塞いだ。
「ク、クソッ」
暁は既にダニーの目の前にいた。
そして、ダニーの頭を両手で押さえつけ、顔面に膝を食らわせた。
「ぐあっ!」
ダニーの鼻骨が砕け、血しぶきを上げた。
(やっぱスゲェな、暁。でもな、私もただでは殺られん)
ダニーはフランスで二丁拳銃を扱うようになっていた。
倒れ込みながら左の腰元に手を回す……
な、無い!
「な、なんだと!」
その拳銃は暁が構えていた。
そのままダニーの上に跨ると……
乾いた破裂音が一発鳴り響いた。
そしてダニーの横っ腹から流血した。
此処まで僅か8秒の出来事だった。
暁は悲しげな目をして、上に跨ったままダニーを見つめた。
「ど、どうして分かった?」
ダニーは吐血しながら暁に問うた。
「お前は左利きだ。だが、拳銃は右手で構えていた。恐らく左側にもう一丁隠しているだろうと……」
「……ハハッ、やっぱお前には敵わないな」
ダニーは何故か嬉しそうに笑った。
「本当に残念だよ、こんな事になって。せめてあの世でひかりに謝罪するんだな……」
この時の感情は自分でもよく解らない。
唯一の救いはソダムが無事だという事だ。
「悪いな、暁。お嬢ちゃんにはあの世で会えない……」
「え?ど、どういう意……」
「パパッ!」
!!!
幻聴か?
俺はゆっくりと振り向いた。
そこには真紅に染まったひかりが立っていた。
そして、走って俺の元へ駆け寄ると飛びついてきた。
俺はワケも分からずひかりを抱き止めた。
「うわぁぁぁん、パパ、ごめんなさい!ごめんなさい!」
泣きじゃくるひかり……
え?!
「こ、これは一体どういう……?」
俺は夢でも見ているのか?
「暁……。すまない、実はお嬢ちゃんとソダムちゃんにひと芝居打って貰ったんだ」
ダニーは弱々しい呼吸でワケを話した。
「暁、ごめんなさい……」
「ソ、ソダム……」
俺は
記憶が戻った途端に色々な事が起こりすぎて、まだ現実にいるのか、いないのか解らなくなっていた。
しかし、この後ダニーの話で全てを理解する。
「フランスで名も無き暗殺者の噂を聴いたんだ。私は暁だと確信した、生きていたんだと。フランスでは二流だった私だが、せめて日本一になりたかった……ハァハァ」
「ダニー、ゆっくり話してくれ。無理をするな」
ダニーは小さく微笑むと話を続けた。
「日本へ戻り、ダークアイに相手をして貰ったが、勝てなかった。彼は相打ちだと言ってくれたがね。その後、ソダムちゃんに電話を掛けた。すると、彼女もお前の噂を聞きつけ、日本で暮らしている。そして記憶の無い暁と会ったと。その後、
ダニーは、震える赤い手でひかりの頬を撫でた。
「本当に賢い子で驚いた。そこで私は無茶なお願いをしてしまったんだ。こんな小さな少女に……。暁の記憶を取り戻したい、私に殺られたフリをして欲しいと」
「ちょっと待て!お願いとか、記憶とか関係無くしても何故俺と戦った?昔みたいに戻れただろ!俺たちなら!」
俺はムキになった。
勝負なんかしなけりゃ、俺がダニーを撃たなければ……。
「ハハッ……言ったろ?!日本一になりたかったんだよ、暁に勝って」
ダニーは段々と身体が冷たくなってきた。
「そ、そんな事で……」
「待って!パパッ!おじさんは……ダニーおじさんは病気なの!」
ひかりは涙目で俺に訴えかけた。
「び、病気……?」
「あ、コラ!それは言わないお約束だぞ、お嬢ちゃん」
ダニーはひかりに微笑みかけた。
「ダニー、どういう事だ?」
「実は……不知の病ってやつでさ、もって三ヶ月なんだ。暗殺者のくせに病気に負けるなんて
ダニーは苦しくても、笑顔を絶やさなかった。
「バカヤロウ……なんだよ、それ」
俺は泣いた。
またも、泣いた。
涙って、とめどないんだなぁ……
こんな歳になって知ることばかりだ、情けない父親だなぁ……
「ねぇ……おじさん死んじゃうの?」
ひかりは震える声でダニーに尋ねた。
「そうだね、おじさんは悪いことばかりしてきたから、地獄行きさ。ワッハッハッ」
ダニーは笑ってみせた。
「そうだ!お嬢ちゃん、アクセサリーは好きかい?」
「うん!学校のお友達もネックレスとか持ってるよ」
ひかりはダニーの手を強く握っている。
「おじさんの首にネックレスが掛かってるんだ。触ってごらん」
ひかりは手をまさぐり、ネックレスに手を掛けた。
「あった!うーん、あっ!これ知ってる!算数で習ったよ!
ソダムが涙目でクスクスと笑った。
「ハハッ、確かに似てるね。これは
ダニーは震える手で
「お嬢ちゃんはとってもお耳がいいんだよね?!」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、おじさんが今からネックレスを投げるから、音を頼りに拾ってきて。そしたらお嬢ちゃんにプレゼントするよ」
ダニーの顔色は青白くなり、震えも止まらず、しかしひかりに対しては元気な声で話をした。
「本当?!だったら絶対に見つける!そしておじさんが天国に行けるように、神様にお祈りするよ!」
「……そっか、そいつは嬉しいなぁ。今までで生きてきた中で一番嬉しい言葉だ」
ダニーは涙ぐんだ。
しかし、涙はすぐに飲み込み
「よぉーし、投げるよ!1……2……3!」
ダニーが投げた
ひかりの耳がピクリと動くと、ネックレスが落ちた方へ一直線に走った。
「やったー!見つけた!拾った!」
ひかりはネックレスを手に満面の笑みで戻って来た。
「おじさん、拾って来たよ!早かったでしょ?スゴイでしょ?……おじさん?……ダニーおじさん?……」
ソダムは堪えきれず、声を上げて涙した。
理解したひかりはネックレスを自分の首に付けた。
そして、ダニーの手を繋ぐと離すことは無かった。
ダニーの白く冷たい手には、小さな小さな雨が降っていた。
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