17話 最悪な一日
萩原さんの顔は満足そうに微笑んでいた。
それだけBOSSを……目黒さんを
俺は萩原さんの顔に白いハンカチをそっと被せた。
これからどうすればいいのか?……
あの秋山という男も無傷では無い。
もう既にこの辺りには居ないだろう。
俺は壁に背をもたれ座り込んだ。
かなり衰えている。
それを今日、実感した。
秋山の目的、そして自分の抜けた記憶が混じり合うことは間違いないだろう。
俺は自分の全てをひかりに
もうこの世界には戻らないと決めたんだ。
しかし、目黒さんが引退するのを図ったようにあの男は現れた。
きっとまたやって来るはずだ。
また……銃を握らなければならない時が来る。
そんな予感が自分の心を乱していた。
RRRRR……
携帯の着信?!
俺は素早く立ち上がると、音の鳴るほうを探した。
萩原さんのポケットから!
俺は萩原さんのスーツの内ポケットから聴こえる携帯を拝借した。
RRRRR……
非通知設定か……
音は鳴り止まない。
通話ボタンを押すべきか?
これは俺に対しての着信……そう確信していた。
この通話で全てが変わる、そんな予感が胸を締め付けた。
俺は決断した。
震える指でグリーンの通話ボタンを押した。
「もしもし……」
「ハハッ、必ず出ると思ってたよ」
この声はやはり秋山という奴だった。
「どんな要件だ?出来れば俺とBOSSに絡んで欲しくない」
携帯を持つ手は汗ばみ震えていた。
「残念だがそうはいかない。私の目的はキミなのだから。まあ、今日のところは引き下がるよ、彼にやられた傷も痛む。また連絡するから、この携帯を持っていてくれ。では」
一方的に通話は切られた。
目的が……俺?
要するに秋山の知っている俺、という事だろう。
せめて記憶が戻れば……
俺は
カツンッ……カツンッ……
建物の通路に響く足音……
やばいっ!誰か来る!
俺はゆっくりとドアから顔を覗かせた。
制服の警官が二名、こちらへ近づいて来る。
恐らく銃声を聴いた誰かが通報したのだろう。
最悪だ……
この状況では何の言い訳も通らないだろう。
とりあえずおとなしく応対するか。
萩原さん、すまん!拳銃も拝借するぜ。
俺は拳銃を拾い上げると、背中越しのジーンズに差し込んだ。
そして自ら部屋を出た。
「どうしました?こんなビルにお二人も」
二人の警官は立ち止まると警戒した。
「いやね、市民から通報がありまして、このビルから花火のような破裂音が聴こえたと……何かご存知で?貴方はここで何を?」
「そうですか。実は私もその音を聴いて様子を見に来ました。そしたら、この部屋に……とりあえず見て貰えます?」
警官らは目を合わせると、警戒を解かずゆっくりと入室した。
そして萩原さんの遺体を発見。
「こ、こりゃ酷い!
二人は
「ちょっとアンタ、そこを動かないで!悪いけど両手を上げて!」
もう一人は無線で報告、応援要請か。
やっぱ、そう来るよな……。
「そのままゆっくり下がって……」
警官は拳銃のホルダーに手を掛けながら、少しずつ距離を縮めてくる。
参ったな……
警官二人と俺は通路へ出た。
3~4メートルの距離を保ちつつ、警官は出口側へ、俺は逃げ場無し。
「おい、アンタ手に血がベッタリついてるじゃないか!どういう事?」
「……あー、これね。つい触ってしまったんですよ、ケチャップとかかなぁと思って。ハハハッ」
俺は苦笑いをしながら逃げるルートを考えていた。
「……アンタ随分余裕あるね?なんでかなぁ?とりあえず署まで一緒に来てくれるかな?重要参考人なので」
「うーん……俺、忙しいんですが?」
「お時間は取らせません。ちょっとお話を聴かせて貰って、調書に押印……指紋を頂くだけです」
指紋ねぇ……それもマズイ
俺には指紋が無い。
特殊な薬品に漬けて消したのだ。
うーん、
俺はダッシュで警官二人に向かって行くと、間を抜くと思わせて壁走りで警官達の横をすり抜けた。
そのまま階段を駆け下りる。
不意をつかれた警官も追いかけてくる。
「待ちなさいっ!」
「止まれ!」
うわっ!ちょっ意外に足が速い。
警官が優秀なのか、俺が衰えたのか?
どっちでもいい、今はとにかく逃げ切る!
俺はビルから出ると細い路地へ入った。
「路地入ったぞ!急げっ!」
しかし、時既に遅し。警官達が路地へ入った時、俺はスパイダーウォークで10m程駆け上がり、両手両足を突っ張っていた。
「あの男
警官たちが居なくなると、俺はそのまま屋上まで上がり、大の字になって荒い息を整えた。
一体何なのだ今日は……
萩原さん……
警官……
そして、目黒さん……
どうか無事であってくれ!
俺は、暫くの間屋上から繁華街を眺めた。
やがて、ビルには複数人の警官や刑事が出入りしていた。
萩原さんの遺体にが運ばれて行き、街のざわめきは消えていった。
俺は忍ぶように街へ出ると、闇医者の元へ戻った。
そして、祈るように扉を開けた。
「アンタ、勘弁してくれよ!突然あんな重症の老人を連れて来て助けろだ?」
医者に怒鳴られた……当然なのだが。
「本当に申し訳なかった。それで……ど、どうでしたか?」
俺は頭を下げ、目黒さんの容態を伺った。
どうか嫌な返事をしないでくれ、頼む!
「ああ、何とか持ちこたえたよ」
医者はぶっきらぼうに答えた。
「あ、ありがとうございます!」
俺は目黒さんの眠る部屋へ駆け込んだ。
まだ意識は無い。
しかし、俺は安堵した。
目黒さんは、ひかりにとって大事な家族だ。失いたくはない。
「ようアンタ、礼なら輸血してくれた男に言いな」
輸血してくれた……男?
「あの、その人は何処へ?」
「輸血が終わったら直ぐに帰ったよ。知り合いじゃないのか?」
そんな人物に心当たりはまるで無い。
「どんな男でしたか?」
「背が高くて、白いハットとロングコートを着た男だよ。アンタの同業じゃないのか?!」
何故、あの男が?
もう何がなんだか分からない……
俺の思考は停止、暫くの間その場から動くことが出来なかった。
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