16話 萩原

 真っ赤な血の海に浸かる目黒……

 その目黒に銃口を向けている白いハットにロングコートの男……Даниилダニール秋山


 その男は武村オレの目をじっと見つめてきた。

 俺は目を合わせただけで鳥肌が立った。

 こ、こいつはヤバい……


 「めぐ……BOSSは生きているのか?」


「……まだ、息はあるが出血が酷い。時間の問題だ」


 男は俺の質問に淡々と答えた。


「とりあえず、銃を閉まってくれないか?もしくは銃口をBOSSに向けるのを止めてくれ……」


 男はゆっくりと銃口を俺に向けた。

 今度は男が質問してきた。


「お前がか?」


「そう呼ばれていたが、2年ほど前に引退した。それよりBOSSを助けてくれないか?目的は分からないが見逃……」


「まだ私の質問は終わっていない……」


 俺は男の視線だけで冷や汗をかいていた。

 早急に目黒さんの保護をしなければ。


嶋田暁しまだあかつき……だろ?」


「え?」


 何を言っているんだ?誰かと勘違いされているようだ。


「俺は武村恭二だ……アンタは?」


「……Даниилダニール秋山」


 いや、知らない……やはり勘違いされている。


「すまないが、勘違いされているようだ。一刻を争う、BOSSを解放してくれ」


 男は再び目黒さんに銃口を向けた。


「知らばくれているのか?もしくは……記憶喪失か……お前、5~6年前は何処で何をしていた?」


 男はとにかく俺について質問してくる。

 確かに俺はだ。

 その辺りの記憶はまるで無い。

 つまり、秋山という男は俺を知っているということか。


「言う通りだ、記憶が無い。もしもアンタが知り合いなら申し訳ない」


 秋山は答えることも動くこともない。

 何を思っている……?

 俺の仲間だったのか?敵だったのか?

 嶋田ナントカが俺の本名なのか?


 もしくは虚言きょげんか……


 少なくとも殺意は感じない。

 とにかく今は目黒さんの救出が最優先だ。

 さて、どうすれば……?


 俺はなうえに、情けないが秋山という男に勝てる見込みは無い。


 やはり交渉するしかない。


「秋山さんよ、目的は何だ?それにBOSSが何故?」


「フッ……私が呼んだら直ぐに来たよ。目的は今のお前に話す義理は無い。爺さんも渡す気は無い。私に殺される前にココから消え失せろ」


 くっ……マズイ、このままでは目黒さんどころか俺も殺られる。


「おい、武村さんよ。最後に聞いておく……今、幸せか?」


「ああ、幸せだ。毎日毎日幸せ過ぎて怖いくらいにな」


「……そうか」


 うっ!突然……さ、殺気が!!


 クッソ!!もうやるしかねぇ!!

 ひかり、ごめん……パパ、死ぬかも。


 俺が震えながらこぶしを握った時だった。


(3つ数えたらしゃがめ。隙を作るから、その間にBOSSを連れ出せ)


 ア、アンタ!

 表の壁を背に影武者の男が俺の横に立っていた。


(俺はBOSSの影武者、萩原だ。では行くぞ!3、2、1……)


 俺がしゃがみ込むと同時に萩原はマシンガンを手に部屋へ飛び込んだ。


 DADADADADADADA!!!!


 秋山という男を的に、弾丸が部屋を横一文字に風穴を開けた。


 秋山は既に机の影に隠れてる。


 俺はその隙に目黒さんを担ぎ上げると、背負い全力で走って部屋を出た。


「すまない、後は任せた!」


「それよりBOSSを絶対に死なせるな、早く行け!」



 俺はそのまま近くの闇医者へ駆け込んだ。


「おいっ!かなりの出血だ!!急いで何とかしてくれ!!必ず助けろ!!」


 医者は驚き椅子から転げ落ちた。


「オイオイ!助けろったってこれじゃ輸血が必要だろ!!お前何型だ?」


「そんなの知るかよっ!輸血のストックくらいあるんだろ?!絶対助けろ!!」


 あきれ顔の医者を背に、俺は萩原と秋山の元へ戻った。

 あのままほおってはおけない!!


 部屋の前まで戻り、壁に張り付き聞き耳立てた。


 無音だ。

 恐らく決着がついた……。


 頼む、萩原さんよ助かっててくれよ!


 俺は息を殺し部屋の中を覗き込んだ。


 っ!!


 秋山の気配はもう無い、いるのは血溜まりに倒れている萩原だけ。


「萩原さん!」


 机の上で横たわる萩原……そこから流れ落ちる赤い滝……


 萩原は微かに意識があった。


「萩原さん!すまない、俺が不甲斐ないせいで……」


「そ、それが分かってるから……助けに来てやっ……たんだよ」


 萩原は虚ろな目で口角を少し上げてジョークを言った。


「今連れ出してやる!」


 俺は萩原さんを担ぎ上げようとした。


「やめろ馬鹿、見りゃ分かるだろ……もう助からねぇよ。それよりBOSSは?ハァハァ」


 申し訳ないが確かにもう助けられる状態では無い。

 きっと話すのもやっとだろう。


「安心しろ、アンタのお陰で病院に届けて来た。もう心配無い」


 俺は萩原さんが安心して逝けるように言葉を掛けた。


「そ、そうか……そいつは良かったぁ。俺は、BOSSの影武者になった時から命は捨てていた。BOSSが助かるなら悔いはねぇ。ハァハァ……悪かったな、男は逃がしちまった……」


 萩原さんの目尻から細く涙が流れていた。


「心配ねぇ!これからBOSSは俺が守っていく!鍛え直しだ!だから……安心して……眠ってくれ」


「……そうか、任せたぞ。さ、最後の頼みだ。楽にしてくれ……身体中痛くて堪らねぇよ」


 萩原はかたわらにある銃に目を向けた。


 俺はそいつを拾い上げた。


 俺に出来る事はこれだけ……情けねぇ。


 銃口を萩原の頭に着けた。


 萩原は最後に微笑んだ。


 声にならない声で


「ありがとう……」


 そう言って目を閉じた。


 俺は震える手で引き金トリガーを引いた。


 部屋中に乾いた音が響き渡った。




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