14話 伝説の男

 目黒はまるで檻の中に閉じ込められている様に感じていた。


 薄暗い部屋が余計にそう思わせている。


「なぁ、Даниилダニール秋山……こんな老いぼれで良ければ勝負しよう。ただここは狭すぎる。場所を変えないか?」


 目黒のこめかみから首筋に汗が伝う。


「私はサバイバルゲームをしに来た訳では無い。ここで充分です。それとも……があるのかな?」


 秋山は全て見抜いていた。

 目黒の動揺が手に取るように分かる。


「……分かった、やろう。1分後に開始でいいかの?」


「勿論です。承知しました」


 秋山は恍惚こうこつの表情で目黒に頭を下げた。


 目黒は秋山から離れ、街の灯りが漏れるブラインドの前へ足を運び、昇降コードを手にした。


「ほぅ、光を遮断するつもりですか?夜陰やいんじょうじて……ってヤツですね」


 なりふり構ってはいられない。

 目黒は少しでも有利にしなければ、一瞬で殺られる事は分かっている。


「申し訳ないが、ブラインドなんて直ぐに撃ち落としますよ」


 秋山は少し警戒して、目黒の反応を探る。

 そんな簡単な事は目黒も分かっているはずだ。

 何か狙いがある。間違いない。


 あっという間の1分……開始まで残り6秒。


 5……4……3……2……


 それは一瞬の出来事だった。


 目黒はブラインドの昇降コードから手を離した。


「何っ?!」


 想定外の目黒の動き、しかし秋山は既に銃を構えている。


 目黒は小さな自分の身体で隠していた開閉器のボタンを押した。


 ガラガラガラと大きな音を立て、シャッターが勢いよく下がり窓を塞いだ。


 それと同時に入口の壁側にある部屋の照明スイッチを銃で破壊した。


 ここまで僅か1.7秒……


 秋山も透かさず目黒に向い一発放った。


 部屋は闇と静寂に包まれた。


 暗順応あんじゅんのう……突然暗闇になると人間の目は見えなくなる。闇に目が慣れるまで、通常30分程がかかる。


 しかし、目黒は違った。

 虹彩アイリスの調整を自在に出来るのだ。

 つまり闇でも


 なるほど……これがの異名の正体って事か。


 目が見えなくなった秋山は、気配だけを頼りにするしか無かった。


 下手に動くと殺られるか?!

 いや、どうせ見えているのだから動いても一緒か?!


 ここまで、開始して僅か4秒……


 秋山が目黒の気配を察知した……自分の


 秋山は前方に飛び込みながら、身体を反転させ目黒に向けて一発ぶち込んだ。


 しかし目黒はそこにはいない。


 弾丸が壁に反射した時、ほんの一瞬小さな明かりが灯った。


 当然その隙を逃さない。

 秋山は気配を探りつつ目を凝らした。

 一瞬で部屋中を見回した。


「い、いない……」


 物陰に隠れたか?!


 身体を回転させ膝立ちで銃を構えながら着地。


「くっ!」


 秋山は背中に痛みを感じた。

 ナイフで斬られていた。

 ワンテンポ遅れていたら重傷だったろう。


 9秒……たった9秒の出来事。


 秋山は歯を食いしばった。それは痛みからでは無い。


「ダークアイ!何故後ろから撃たなかった?!まして殺気すら無かったぞ!」


 気配を探りつつ目黒に怒りをぶつける。


 パンッ!


 乾いた音が部屋に響き渡り、秋山の構えていた銃が吹き飛ばされバラバラになった。


 ダークアイは机の上に立っていた。

 構えた銃からは硝煙の匂いが立ち込めている。


「確かに伝説と呼ばれる訳だ。だが何故だ?私の真後ろを取ったのに何故撃たなかった?」


「ホッホッホッ……最初に言ったろぅ、ワシはもうとっくに引退している。殺らないさ」


「……そうか、それは残念だ。あそこで撃っていたらだったのに」


「謙遜するな、開始2秒でお前さんの勝ちだったさ……」


 そう言うと目黒は微笑み、机の上から落ちた。

 腹部から大量出血していた。


 秋山の放った最初の一発は、目黒の腹を撃ち抜いていたのだ。


 秋山は目黒の元へ行くと、もう一丁の銃をホルダーから取り出し目黒に銃口を向けた。


「ダークアイ……か。アンタ強すぎだ。私がアンタと同じ歳になった時にあの動きは出来ないだろう。もう少し早く挑んでおけば良かった」


 秋山は少し悲しそうな顔をした。


「何じゃ、慰めてくれたのか?!ホッホッホッ……しかし残念じゃ、もう少しだけ生きたかったのぉ」


 目黒の意識は薄れていく……


「ダークアイ、長生きしてどうする?私達みたいな人間は幸せにはなれませんよ」


「秋山、そういう所はまだまだじゃな。ワシは今、物凄く幸せな生活を送っているぞ。女の子ひとに教えてもらったんじゃ。誰にでも光は訪れると……な」


 秋山はピンと来た。

 ソイツこそが全ての出来事を繋いだ人物に違いない。


「今から来るであろう来客がソイツか?それともやはり……」


「秋山よ、頼みがある。今から来るであろう……いや、必ず訪れる人物は確かに嶋田暁しまだあかつきじゃ。しかし、ヤツには4~5年前の記憶が無い。あの事件の後遺症じゃろ。自分が何者か分かっちゃいないのさ。だから……見逃してはくれんかの?」


「でも暗殺者だという自覚はあるのでしょう?この暗殺しごと生業なりわいとして、名も無き暗殺者として恐れられる存在なのですから……」


「ハァ、ハァ……アイツも2年程前に退したよ。今では二流以下のウデじゃ……ハァハァ……頼む、見逃してやってくれ」


 腹部を押さえる目黒の手は真っ赤に染まっていた。

 呼吸も荒くなり、目もぼやけてきた。


「……嶋田も今、幸せって事か?」


 目黒は首を少しだけ縦に振り返事をした。


 その時だった。

 ドンッという大きな衝撃音と共に部屋の入口のドアが倒れた。


 真っ暗な部屋に、入口から明るい光の道が出来た。


 そこで武村おれは見た……

 血の海に倒れている目黒さんと、そのかたわらに銃口を目黒さんに向けて立つ背の高い男を。


 ひかりと俺の嫌な予感は的中してしまった。



















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