15話 背中の傷
ひかりとチョン・ソダムはアパートから徒歩で目黒の家までやって来た。
「ふぅ、40分くらいか。大体3~4キロくらいかな」
夕陽は沈み、地平線だけがオレンジ色に染まっていた。
「ひかりちゃん頑張ったね。私の方が疲れちゃったよ」
ソダムは額の汗をハンカチで拭いながら、ひかりに微笑みかけた。
「えへへ、たまにパパや目黒のお爺ちゃんとお散歩してるんだ。それに山菜を取りに山も登るしね。あ、ソダムちゃんも今度一緒に行こうよ」
ひかりはまだまだ元気いっぱいだ。
ワンッワンッ
ひかりに気が付いたタロウが呼び声をあげた。
「タロウお待たせ〜!お腹空いたでしょ?!」
タロウは尻尾を激しく振ってひかりに飛びついた。
ソダムの存在に気が付いたタロウは、ゆっくりと歩を進め、しゃがみ込んだ彼女の廻りをグルグルと嗅ぎ回った。
ソダムはタロウにそっと手を差し出した。
タロウはその手をクンクンと嗅いだ。
そして尻尾をゆっくりと振った。
あまり人見知りしないうえに、ソダムの穏やかな心を感じ取り、直ぐに慣れた。
ひかりはせっせと餌や水を用意した。
待ちきれずにぴょんぴょんと飛び跳ねるタロウをなだめて『おすわり』をさせた。
ひかりの『よし』の合図でタロウはガツガツと餌にありつきあっという間に食べ終えた。
口の周りを舐めまわし水を飲むと、満足気な顔で小屋の前に寝転がった。
タロウの世話を終えると二人で縁側に座り、温くなったペットボトルの清涼飲料水を飲んでひと息ついた。
「ここはひかりちゃんのお爺さまの家なの?」
「そうだよ。お爺ちゃんと言っても本当のお爺ちゃんでは無いんだけど家族みたいに仲良しなんだ」
ひかりは嬉しそうに説明した。
「あ、ウチはね、あっちだよ!見える?」
ひかりの指差す方を見ると、同じような造りの家が微かに見えた。
「見えたよ。ここは2軒しか無いんだね。仲良し家族かぁ、羨ましいなぁ」
そしてソダムは何か決意したように真っ直ぐな目でひかりの顔を見た。
「あのさ、ひかりちゃん……パパって……どんな人……かな?」
「パパ?!んとね、強くて優しいよ。あと、甘い玉子焼きが上手。でもね……実はパパも本当のパパじゃないんだぁ、えへへっ」
ひかりは少し恥ずかしそうに、でも全く悲観した素振りも無く答えた。
「え?……あ、ご、ごめんね何か変なこと聞いちゃって」
ソダムは取り繕ったつもりだが、明らかに動揺した。
「え?なんで謝るの?」
ひかりは不思議そうな顔で首を傾げた。
そして話を続ける。
「ひかりはね、小さい時に誘拐されて、ぎゃくたいされてたんだ。それでえいようしっちょーで目が見えなくなったの。ある日、すごくすごく温かい男の人がやって来たんだ。ひかりはその人がパパだ、迎えに来てくれたんだ!って思ったんだ」
ひかりはそんな苦しい過去を何の
ソダムはなんと声を掛けていいのかも分からず、黙って話を聞いていた。
「学校でね、女の子のお友達が『親ガチャ』の話をしてたの。産まれてくる子供は親を選べないって。男子はね「本当はスーパーヒーローなんていない、テレビの中だけだ」って話してた。……でもね、ひかりはパパを選んだ、しかもスーパーヒーローのパパを!ね?すごいでしょ?」
ひかりは最高の微笑みをソダムに見せた。
ソダムは涙を目に溜めて、優しくひかりを抱きしめた。
「あっ!」
ひかりはある事を思い出した。
「そういえばパパ、隠し事をしてるんだよ!ひかりと会う前、何をしていたのか教えてくれないの!今度話すからって……」
頬っぺたを膨らまして、ソダムに愚痴を聞いてもらった。
しかし、その愚痴を聞いたソダムは目を丸くして、手足を震わせて驚いた。
「ね、ねえひかりちゃん……ひょっとして、パパの背中に大きな傷が無いかな?」
ソダムの心音はドクドクと大きな音を立てていた。
そして、ひかりは答えた。
「うん、あるよ。何で知ってるの?」
ソダムは全身に鳥肌が立ち、目の前がグルグルと回って持っていたペットボトルを縁側の下へ落とした。
「あ、ソダムちゃんまた落とした!アハハッ」
「……」
ひかりは無反応のソダムに異変を感じた。
一体どうしたというのか?
そっとソダムの手を取り握った。
するとソダムはまるで別の世界から戻ってきたようにハッとなり、ひかりの手を握り返した。
「ご、ごめんねひかりちゃん……また、物を落としちゃったね」
ひかりは何か言ってはいけないことを言ってしまったように感じ、苦笑いをして口を閉じた。
ソダムは小さなひかりに動揺した姿を見せてしまい、申し訳ない気持ちになった。
ひかりちゃんに質問攻めしておいて、自分は何も話さないワケにはいかない。
「ひかりちゃん、私……もしかして昔のパパと知り合い……かも」
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