10話 感情


 心地よい陽射しの中、俺は畑仕事を終え洗車をしていた。


 4月に入り、ひかりも小学2年生になった。

 出会ってからおよそ2年か、時が過ぎるのが早く感じる。俺も歳をとったか。


 さて、後は拭きあげて終了……


 カチリッ


 な、何っ!……


 俺の後頭部に銃口が押し当てられた。


 くそ、気付かなかった……


「手を上げろ……なーんてなっ!腕が落ちたのぉ、武村君よ」


「め、目黒さん!」


 珍しいな、自ら裏社会の話をするなど……


「いやの、実は都心でが入った……というかがある、


「仕事……来客……たぶん?それって……危険な香りしかしませんよ。行かないで下さい」


「ハハハッ、やっぱ分かる?!」


 目黒さんは頭頂部をポリポリと掻いて誤魔化した。


「まあ2~3日で戻るよ。その間タロウの餌と水を頼めんだろうか?」


「俺も目黒さんとご一緒します。タロウはペットホテルへ預けます」


「バカモノ!旅行じゃないんだ!お前はもう裏社会の人間では無い!大体ひかりちゃんはどうするんじゃ?!」


 俺は目黒さんに大目玉を喰らった。



(仕方なく)俺は車で目黒さんを最寄りの駅まで送った。


「どぉれ、行ってくるかの」


「目黒さん、絶対に帰って来て下さい。俺たち……家族なんですよね?!」


 一瞬だけ目黒さんの目元がピクリと動いた様に見えた。

 しかし直ぐに、目黒さんは親指を立て目尻に皺を作り、笑顔で去って行った。


 俺はその足でひかりの学校へと向かった。

 今日は病院で診察の日だ。



「先生、どうでしょうか?」


 俺は不安を隠せなかった。

 ひかりは7才になった。これ以上の視力の発達は難しいとの事だ。


「お父さん、色々治療して訓練も頑張った。でもひかりちゃんの視力は上がりませんでした。恐らく眼鏡を掛けても……力不足で申し訳ない」


「そ、そうですか……」


 主治医は懸命にひかりの治療をおこなってくれた。当然先生を責める事など無い。


 先生と俺は伏し目がちになり、ひかりの顔を見ることが出来なかった。


「パパ、ひかりは大丈夫だよ!別に慣れっこだし、みんなよりも『感じる力』は凄いんだから!先生、ずっと優しく診てくれてありがとう!」


 ひかりは屈託の無い笑顔でお礼を述べた。


 ひかりは強い子だ、俺なんかは到底敵わない。いつだって前向きで、俺の方が見習うべき事が多い。


 ひかりを守る事が俺の仕事だが、ひかりは俺を守ってくれている。

 そんな持ちつ持たれずの関係だ。(親としてはどこか情けないが)

 しかし、せっかく前向きでいる事をひかりから学んだのだから、俺はひかりと一緒に成長していこうと思う。

 親になってから、まだ2なのだから。


 病院の駐車場へ降りて、乗車すると


「ねぇ、パパ……せっかく学校早退したし、ショッピングモールでパフェでも食べていかない?」


 はニヤニヤと俺の顔を覗き込んできた。


「はい、承知致しました、姫様」



 モールへ着くといそいそとお目当ての店へと向かった。

 どうやら新しく出来た店のようだ。


「ひかり何で知ってるんだ?」


「ヤダね、パパ。女子はそういう情報早いのよ」


 なるほど、学校の友達か。


 平日という事もあり、人気の店ながら空いていた。席へ座ると俺はメニューを開いた。


「じゃあ、読み上げるぞ。えっと、チョコバナナパフェ、ストロベ……」


「チョコバナナパフェで!」


 ひかりは即答した。


「おいっ、全部読み上げてないぞ?」


「このお店の看板メニューなのよ、チョコバナナパフェが!」


 ひかりはドヤ顔で女子の情報とやらを教えてくれた。


 パフェが運ばれてくると、早速笑顔で大きな口を開けた。


「んー!美味しい!他のお店とは違うわ〜」


 おいおい、本当かよ?随分と舌が肥えてるな。

 俺は珈琲を飲みながら、ひかりをじっと見つめた。


「なあ、ひかり……」


「なぁに?」


「そのさ……写真……撮ってもいいかな?」


「……ねぇ、何よその言い方。ひかりが弱視で写真見れないから聞きづらかったの?病院でも言ったけど、ひかりはハンデと思ってないんだよ。パパだって良いところばかりしゃなく、悪いところもあるでしょ!もう、全く!」


 お、怒られた……正論で怒られた。

 てか、こんな事を言うようになってきたのか……成長するのは嬉しいが、なんか寂しい気持ちもある。


「お口にクリーム付いてない?お団子頭崩れてない?あ、少し斜め上から撮ってね」


「は、はい……」


 俺は写真を撮った。

 ひかりは最高の笑顔を見せてくれた。

 たった1枚の写真を撮っただけで幸せを感じる事が出来た。


「可愛く撮れたよ。ありがとう、ひかり」


 ひかりは照れ笑いすると、またパフェを頬張った。


 !!!


 ひかりが突然席を立ち、俺の元へ駆け寄った。


「パパ……なんか、悪い感じが……」


 勿論、俺もを感じ取ったが、ひかりの方が早かった。

 俺はひかりの腰を引き寄せ身体を密着させた。

 そうする事でひかりは少し安心するのだ。


「こんにちは、竹村さん」


 やはり現れたか……富沢刑事。


「ねぇ、パパ。誰なの?……」


「大丈夫だよ、刑事さんだ。えっと、警察屋さんだよ」


 そう聞かされてもひかりは警戒を解かない。

 俺の肩をギュッと握りしめた。


「どうかしましたか?富沢刑事。今度はどんなご要件で?」


「いやぁ、実は最近この辺りを仕切っていた半グレ集団が突然解散したんですよ」


「へぇー、それは良かったですね。けど都心の刑事の富沢さんが何故ここへ?」


「前にも言いましたが、探してるんですよ、名も無き暗殺者ナナシノを」


 富沢は少しだけ語尾が震えていた。

 怒りを抑えるように。


「では聞けばいいじゃないですか、その半グレ達に。ソイツが関わっていると思っているのでしょ?!」


「ええ、勿論聞きに行きましたよ、へ。その半グレのトップふたりが酷い怪我でね、ひとりは怯えて口を開かない、今は精神病棟にいます。もうひとりは口を聞くどころか、です」


「へぇー、それはお気の毒に。ところで、そろそろいいですか?娘とデート中なんで」


 俺はぬるくなった珈琲をひと口飲んだ。


「それは失礼しました。お嬢さんお名前は?」


 富沢はひかりに微笑んだ。


「ひ、ひかりです」


「そうか、いい名前だね。パパが付けてくれたのかな?」


「はい……」


 ひかりは警戒を解かない。怯えてはいないようだ。


「あの、刑事さん。もう充分でしょ?!何もありませ……」


「ひかりちゃんはパパの事好きかい?は無いパパだけど」


 富沢はニタッと笑った。


 俺は思わず立ち上がり声を荒げた。


「貴様いい加減にしろ!なんのつもりだ!!」


「パパ!ダメよ!座って!」


 店員が慌てふためき声を掛けてきた。


「お客様、どうかなさいましたでしょうか?」


「あ、すみません。もう出ます……富沢、一緒に来い」


 富沢は、してやったりの顔で俺たちの後に着いてきた。

 行き場も無いので駐車場で話の続きを始めた。


「富沢、あまりにも汚いやり口だな。子どもを巻き込むなんて許さんぞ!」


「いやぁ、すみません……ご存知だと思ってたので」


 挑発するような笑みで俺を見る富沢、ひかりは身体を震わせ俺の手を握りしめる。


「おい、富沢ァ!ナナシノをショッピいてどうする?手柄が欲しいのか?!昇進したいのか?!それとも富か名声か?!」


 俺はまた声を荒げだ。


 ひかりはこんな俺を初めて感じた見た

 きっと怯えているだろう……本当の父親では無い事にショックを受けているだろう。


えて、敢えて呼ぼう……おいっ名も無き暗殺者ナナシノ!何が富だ?何が名声だ?……復讐だよ、復讐!……俺の妻と娘を奪った復讐だっ!お前をぶっ殺して刑事なんか辞めてやるよ!そして、俺も地獄行きだ」


「こ、殺され……復讐……?!」


 俺はあ然とした。名も無き暗殺者はただの人殺しのクズだ。それは間違いない。しかし……一般人を事は一度もない。


 つまり……俺ではない。


「おい富沢……何故それがナナシノの仕業しわざだどわかる?は一般人に手は出さないぞ」


「とぼけるなっ!それはナナシノと認めるって事か?!血の繋がりが無いにしろ、お前だけ幸せなど絶対に許さねぇ」


「クッ……まだ言うか!」


 俺はこぶしを握りしめた。


「やめて!パパ!」


 その拳をひかりが押さえつけた。


「パパ、ごめんなさい。ひかりは……パパが本当のパパじゃないって分かってたの」


 ひかりは、泣きながら声を震わせ話し始めた。






















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