42.思わぬ強者

「ぐっ……」


 凹んだ壁。薄い鉄板のような素材で作られた倉庫の壁には、人型のような凹みが残る。そんな素材だから強いダメージとならなかったのか、ボスは立ち上がる。


「大丈夫ですかい?ボス」

「あぁ……油断しただけだ」


 ただ自分の甘さであると。油断が引き起こしたことであるとして、学園最弱と呼ばれる剣士の強さを認めることはしなかった。


「容赦しねぇぞ。見習いだかなんだか知らねぇが、調子に乗りやがって」


 向けるのは怒りの感情。本人としては警戒しているようだが、実際は何も変わっていない。怒りが溢れ出てきてそれが抑えきれないだけなのだ。


「…………」

「新しい世界だ?くだらねぇ……。お前が見るのはあの世の世界だ」


 そんなボスの怒りを、ただ見ているだけの剣士。言葉を返すわけでもなく、見下すわけでもない。彼が求めているのはあくまでも"相手"だろう。

 

「いいから、かかってこいよ」


 だからこそ、ボスに対して挑発するような言葉を飛ばす。集団の中で一番強いと考えられる人間は、そうでもしないと手を出してこない。


「舐めた口を……ふっ!!」


 その挑発するような言葉に踊らされるように、ボスは自ら相手に向かって剣を振るう。相手が見習いということを聞かなければ、彼はこんなに怒りに溢れなかっただろう。


「どうした?防ぐことしかできないのか?」


 繰り出される連続攻撃に、剣士は的確に剣を合わせてゆく。

 攻撃を受ける度に一歩。右脚、左脚と少しずつ彼は後退して行った。それを見るとさらに連続攻撃の力強さが増す。


「…………」

「まだまだこんなもんじゃないぞ」


 一方的。他から見ればそう見えるのかもしれない。しかし、ボス自身の薄々感じているのはどれだけ斬っても、正確に剣を合わせられて傷一つつけられそうにないことだ。


「…………」

「それがお前の精一杯か?」


 それでも認めることはしない。そんな現実から逃げるように、剣士を挑発する。


「神速連撃!!!」


 ボスは叫びながら攻撃の速度を一段階上げた。さらに攻撃の速度だけでなく、攻撃の中にフェイクを入れながら剣士にひたすらに攻撃を仕掛けた。


「あぁ………ボスを怒らせちまった」

「終わったなあいつ」


 状況だけを見れば一方的である。しかし、気づけば剣士の脚は止まっており、下がることがなければ進んで行くともない。これは何を意味するのか、誰にもわからない。


「はぁ………」

「あぁ?」


 相手に聞こえるようにため息を1つ。退屈に感じているかのような態度に対して、怒りを含めた言葉を返す。


「………っ!?」


 一瞬だけ、連撃の手が緩んだ隙を見て剣士は剣を振う。ボスの剣は腕とともに弾かれて、連続攻撃は終わりとなる。


「少しは手応えあるが、そんなもんか」

「なんだと?」


 俯いて、剣先をも降ろしてしまう。

 退屈そうな声を発する。だが、これは挑発ではない。本音が漏れてしまったというべきだ。


「強いんだな………」

「はぁ?」

シィルミナあいつってやっぱりすげぇわ」


 どんなに無茶苦茶な戦法をしても、意表を突くような攻撃を繰り出しても、シィルミナはそれに対処できてしまう。だからこそどんなこともできる。彼女のことを思い浮かべると、今目の前にいる相手は劣り、稽古がどれほど恵まれたことなのか考えさせられたようだ。


「それに比べて」


 剣士は顔を上げる。隠すようにしていた鋭い眼差しを相手に向けてぶつける。怒り、悔しさ、幻滅、笑いをすべてを含んでいる。


「弱いな。そんな程度で、に宣戦布告でもしたつもりか?」


 集団の中で一番強いであろう存在に、期待して後悔したような気持ちらしい。「この程度の奴らに」と彼は心の中で思う。

 一瞬だけ視線を外せば、そこにはミレアの姿。


「うるせぇんだよぉぉ!!!」


 視線を外された隙を狙ったのか、怒りで狂い始めたボスと呼ばれる存在は、アシルに向けて再び攻撃を仕掛ける。その姿に今までの冷静さも澄ました態度もなく、完全に人格が崩れていた。


「おぉぉぉぉぉ!!!!」


「お前を殺す」と我武者羅な攻撃が繰り出される。対して剣士は剣先を降ろしたままだ。


「ふっ……なるほど……」


 怒りの連続攻撃はすべて躱されてゆく。的確に攻撃を見て、剣士は最小限の動きで避ける。そんな状況に、剣士はシィルミナとの稽古での自分と躱す彼女について「逆の立場だとこうなのか」と笑みを溢す。

 我武者羅な怒り任せの攻撃がどれほど無意味なことなのかと少し前の自分と今の相手を照らし合わせる。


「笑えるな。見習い最弱の俺に、攻撃1つ当てることができないとは」


 そう言って彼はその連続攻撃を終わらせる。ただ終わらせるのではなかった。降ろしていた剣先を動かしたのは良いが、まるで頭上の虫を払うような軽い動きでパッと振り下ろされた一撃を弾き返して見せた。


「はぁ……はぁ……俺が……俺がこんなやつに……」

「今度はこっちから攻撃かせてもらおう」


 自身の真後ろに剣先を向けて下段の構えをする。

 まるで光っているような眼光で相手を睨み、少し前かがみになるように重心を落とす。


「ふっ!!!!」

「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」

「ぐっ……は……はやい」


 相手からすると目の前から消えるような速度。「これそこが神速だ」と言わんばかりの速度で横一文字を繰り出す。ボスは少し後方へ飛ばされたが、両足で踏ん張って剣士に視線を向けようとするのだが、キョロキョロしても姿を捉えられない。


「何処へ……」

「こっちだ」


 声が聞こえたのは背後。一瞬で背後に回られて振り向こうとした時には、回転しながらの横一線が背中に直撃していた。


「なっ……にぃ゛!?」


 背中に強烈な痛みと、斜め上からの攻撃によって胸を地面を擦るように飛ばされたボス。


「がはっ!!!!」


 それでも意地があるのか、すぐに立ち上がる。

 さらに胸を貫くかのような追撃が入ってついには飛ばされて身体を動かすことができなくなった。


「お前ぇぇ!!!俺達のボスによくもっ!!!」

「やっちまうぞおまえらぁぁぁ!!!!」


 それを見て焦ったのか、他の男達が一斉に剣士に向けて斬りかかる。


「………遅い」


 数人で攻撃をしても、剣士の速度は目で追えずに振っても振っても当たった感触はない。


「ぐぁぁぁぁ〜〜〜」

「これでどうだぁぁぁ」

「ふっ!!」

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぁぁぁ』


 ついには何処に攻撃すればいいのか迷うほどになってしまった男達。吹き飛ばされるように1人、まだ1人と地面や壁に叩きつけられた。


「ア………シル……?」


 この世に存在しないものを見てしまったかのように驚いた表情で呟くミレア。


「お………お前は……本当に、見習い……なのか?」


 倒れ込んだボスは天井を眺めながらそんなことを言う。


「そうさ、それは見習いだ。最弱の俺に負けてるようなら、出直してくるんだな」

「くっ……そぉ…………」


 ボスは気を失った。他の奴らも声を発することはなくなり、倉庫内は静かな空間へと変貌した。


「アシル」


 拘束されたミレアの前に立つアシル。対してミレアは静かに視線を合わせて、少し身体を縮めて少しでも見られないように露出した肌を隠そうとする。


「それを外す前に、約束してくれるか?」

「いいよ」

「俺がここに来たことは、誰にも言わないでくれ。もちろんシーナにもメイラにも」

「………わかった」


 ミレアは疑問に思って言葉に迷ったが、彼にも隠したい事情があるのだろうとその条件に承諾した。拘束から解き放たれたミレアだがすぐに立ち上がることはしなかった。


「じゃあな」

「待ってっ!!!!!」


 用が済んだかのように背を向けて立ち去って行くアシルに対して、ミレアからは普段出てこないような大声を投げ掛ける。


「安心してくれ、俺も誰にも言わないから。ミレアののこと」

「ま………って……」


 アシルはミレアに背を向けたまま言った。

 横目で見るような仕草をしたが、実際には見ていない。立ち止まっただけである。

 言うことだけ言うとそのまま倉庫を出ていくその姿に手を伸ばそうとするミレア。


「ヴォーグ・ド=リグスタイン。アシル……あなたの――は」


 ミレアしかいなくなった倉庫で、彼女は一言呟いた。


「ミレア!?」

「っ!?なにがあったの?」


 それから間もなく倉庫に響く声――。

 メイラとシィルミナが走って駆け寄ってきた。


「たまたま通り掛かった剣士が助けてくれた」

「あ、え?どういうこと?」


 涙目になりながらもミレアに駆け寄って、両肩を手を置いて彼女の状態を確認するメイラ。彼女から返ってきた言葉が意外なもので困惑する。


「私は大丈夫。メイラ」

「誰が……助けたのかしら?」


 一方のシィルミナは、倒れた男達の状況を見ていた。誰も意識はなく、だが多く血が流れている訳ではない為生きていると判断する。


「うっ………」


 一方倉庫裏では、暗い中で木に寄りかかって休む人影がひとつ。


「魔法を使いすぎたか」


 胸元を抑えながら呼吸を荒らげている。


「明日は動けないかもな」


 少し経つとアシルはシィルミナ達と出会わないように、遠回りで寮へ向かうのであった――。

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見習い剣士、魔法を纏いて名を上げる ど~はん @myu0926_191211

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