41.ついに覚醒する
「動くな」
時は数日前に遡る。
ティアハイト学園の中にて、人気のない廊下を歩く少女は、背後に嫌な視線と気配を感じるのだった。
「なにが目的?」
「黙って言うことを聞け、じゃないと」
鳥肌が立つような背後の圧。それは金属の鋭い刃先だ。しかもそれはただの刃先ではないのだ。
「………………」
「下手なことはするなよ。お前は常に監視されている」
「………なぜ、私を狙う?」
「簡単さ。お前が俺達を見ちまった。それにお前は良い囮になる」
それは、ミレアが寮を出て公園へと向かった時だ。彼女はまだ使われていない倉庫に入ってくる謎の集団と、そこから出てくることも目撃していた。
逆にそいつらのボスと思われる人物は、ミレアの存在に気づいていた。連中は彼女に狙いを定めてその身辺を調査し、メイラという三等剣士を捕まえる計画を考えたのだった。
「…………」
それからしばらくの間、学園で生活する中で彼女は思考する。監視されているとはいえ、細かく見ることはできないだろうと。ここ数日、正体の分からない監視の様子を伺ったが、他人に相談するような素振りを見せない限りは問題ないと確信した。監視されているといっても細くは見られていない。
だからこそ、
「…………」
窓際にて、小さな紙切れを机に入れる。狙ったのか、それとも偶然なのかわからないが、それはアシルの机だ。
「今日は雨模様」
誰もいない教室にて、窓の外を眺める彼女。
やがては捕まってしまう運命とわかっていても、何もしないというわけにもいかない。
「ついてこい」
監視されていた日々。
すぐに拘束しなかったのは、彼女を取り巻く環境について様子を見ていたからだ。かなり慎重で彼女が突然いなくなった場合について、悟られてしまう可能性があった。彼女に強く紐づいているのはメイラだけである確信と、拘束する気を伺っていたに過ぎない。
「う゛っ………」
男の指示に気を取られていると、背後からいきなり顔を抑えられる。一瞬の内に視界は天井となり、鼻と口は布のような感触で覆われる。頭は固定されて動かせずに、自由な両手で抑えられた顔を自由にしようと足掻くのだが、太い腕に対抗するには圧倒的に力不足だった。
「ん゛ん゛……」
腕で駄目なら身体を捻って対抗しようとする。声にならないに声が漏れるが、剥がせない。布には恐らく睡眠薬か何かが含まれているため、呼吸をしてはいけないのだろうが、身体は呼吸を止めることを許さなかった。
「……………」
やがて視界は真っ暗な世界へと変わってゆく。彼女は攫われてしまったのだった。
彼女が机に入れた紙切れ。そこにはこう書かれていた。
“公園 使われていない倉庫 ミレア”
と…………。
「なんだお前は?」
そうして現在へと繋がる。
葉巻の煙を漂わせていた男が、椅子から立ち上がって、咥えた葉巻を捨てて踏み潰す。ジャリジャリというすり合わせの音ともに、剣士に向けて鋭い視線が向けられる。
「たまたま迷い込んだ剣士さ」
「そうか、それは不運だったな。迷い込んだところが最悪なところで」
ボスと呼ばれる人物は、少しずつアシルに向けて歩みを進める。まるで黒く長い上着を揺らしながら、腰に指している剣に片手を添えた。上着は剣を振るには邪魔になるようにも思えるが、雰囲気としては禍々しい。
「ん!?ボス!こいつのバッジ見てくださいよ!」
「あ?バッジがどうした?」
ティアハイト学園の制服を来た剣士。そこには証明で照らされたバッジが光っていた。存在を主張するバッジ。ミレアに毒の剣先を向けていた男は、それが何を意味するのか知っているようだった。
「そのバッジは剣羽の証だぜ!つまり一番ヘボいやつだ!」
「あ〜、それは話にならねぇな」
アシルに向かうボスは、その歩みを止めて苦笑いの表情を浮かべる。それを知った周りからも笑う声が雑音のように聞こえ始める。
「はっははは!馬鹿だぜこいつ。かっこつけてよ」
笑い声が倉庫の中に響く中で、剣士も釣られるように不気味な笑いの表情を浮かべる。
「不運?………いや、幸運だよ」
剣士は男達の笑い声を断ち切るように一言放った。
「なんだと?」
「木を相手にするよりは手応えありそうだな」
男達から笑い声が消え、侮辱されたことによる怒りの眼差しがすべて見習いの剣士に集まるのだ。
「あぁ?ふざけたこと抜かしてんじゃねぇぞ」
カチャッと、ボスは腰の剣を握る。今にも、いつでも、斬ることのできる体勢として、それでも剣士を嘲笑う。
「だいたいお前に何ができる?そんな剣一本で何が?笑わせるなよ。そも………」
「うるせぇよ……」
剣士はその言葉を言葉で斬る。騒音を止めるかのように、大きな声を出してボスに向けて鋭い視線をぶつける。
「あ?」
その視線に、鋭い視線を返す。顎を上げて見下すような視線で剣士を見る。
「誰でもいいからかかってこいよ。時間の無駄だ。来ないならこっちから行くぜ」
「強がるのもその辺にしとけよ。見習いだかなんだか知らねぇが」
「たしかに俺は“見習い”だ」
ボスらしき人物は少しだけ剣を抜いた。金属が隙間から照明を反射して光り、完全に戦闘態勢となる。
「まだまだ、
“身体強化――――。”
剣士の全身に魔力が巡る。視力を始めとして、上半身から下半身まで強化されて行く。
しかし、そんな剣士の変化など誰も気にしていない。いや、気にしていないのではなくて、そんなことが行われているなんて想像にないのが正しいだろう。
「クズ共に負けるほど、俺達は腐ってねぇよ!!!」
ボスと思われる男が瞬きをする。
人間としては自然なことだろう。一瞬だけ、暗闇の世界を感じないほどの速さで行われる無意識の動作。しかし、開かれた瞼の先に待つ世界では、目の前の剣士の姿は消えていた。
「なっ……」
その事を気づくために1秒ほどの時間が掛かってしまう。
そして、気づいた時にはもう……遅いのだ。
「ぐはっ!?なぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
ボスは後方へと飛んでいた。一瞬だ。彼の攻撃を捉えることもできずに、彼が気づけば周りの景色は自分を置いていくように進み、背中全体に鉄板の歪む感触が伝わる。その認識に、追いつくことができるはずなく、抵抗なんて考えている暇も与えられない。
次の瞬間には、背中が壁にぶつかって漏れたうめき声が聞こえる。
アシルは男たちに囲まれた真ん中で、その姿に剣先を向けながら放った。
「お前らに、新しい世界を見せてやるよ」
彼にしかできない新しい剣術が、
ついに芽吹くのだった―――。
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