38.鍛錬と消えた少女
『身体強化』
それから数日間、アシルは稽古と魔法実験を続けた。
魔法を使った剣術の研究という思考に、いつの間にか変わっており、彼にはもう、『剣を捨てたい』という裏の心は存在していなかった。
「わかってきたぞ……」
また迎えた休日――。
「魔力の補充はしたばかりだし、大丈夫だろう」
森の中に作られた空間で、アシルは木に向けてひたすらに剣先を向ける。空間に一本だけ伸びた木には、少しずつ傷が増えて行く。
「…………もう1回」
始めは5回攻撃を仕掛ければ1本の傷しかできなかった。しかし今は、2回攻撃すれば1回は深い傷が刻まれるほどに、彼の攻撃は良くなってきていた。
「だんだんわかってきたぞ……、距離感と魔力消費量が」
何度も何度も、彼は木に向けて攻撃をする。しかし距離は一定ではなく、離れた距離から攻撃することもあれば近距離で剣を振ることもある。
「ここで……」
強化された視力の中で、敵とした木に狙いを定めて剣を振る。最初はタイミングがズレていて空を斬っていた攻撃も、コツを掴んだのかどの距離にしても当たるようだ。
「こうっ!!」
しかし、彼の問題はその先だ。両足を踏ん張って勢いを抑えることはできるのだが、バランスは保てない。片手を地面に着くか、止まってから敵の方へ振り向くことで精一杯。
敵にばかり集中すれば、強化された脚力から生じる勢いが強くて、止まってから次の攻撃に移行する時間が長くなる。大きな隙を作ることになるのだ。
シィルミナのように一撃を躱すことのできる強者が相手ならば、その隙を狙って反撃をしてくるだろう。あくまでも先制攻撃が当たるようになっただけで、他の攻撃方法や連続攻撃はまだできないアシル。
「まだまだこれじゃ、シーナの前では使えないな」
「シーナの前で使うのは、もっと使いこなせた後だ」と彼は考えている。でも、それには違う問題も生じてしまう。
「相手が木と、人では違うだろうな」
一人で練習することは必要だが、木はその場から動くことはない。反応も、手も足も急所も幅も感触も……全く違う。当たるようになった次は、精度が求められる。
ただ斬るのではなく、どこにどれだけの力で攻撃すればいいのか、狙った位置を斬ることが出来なければならない。
「まだ足りない」
練習は太陽が空に君臨している限り、終わることなかった。
「うっ………」
太陽の姿が消えようとしている時に、同時に彼の身体には代償が襲ってくる。
魔力の量が調節されているとは言っても、身体への負担は変わらず、激しい運動をしたような疲労が現れる。
「そのうち、対人戦ができないものか……」
その後はというと、特に何もない一日を過ごしたらしい。結局、練習と身体の回復でアシルの休日はまた終わりを迎える――。
「アシル!」
新しい日を迎えると同時に、不穏な空気が漂い始めた。
窓の外を見つめて、“虚無”の時間を過ごしていたアシルに、メイラが慌てた表情で駆け寄って来た。
「ん?どうしたんだ?」
「ミレア見なかった?」
「いや、見てないぞ」
アシルの答えに対して、「そう……」と不安の表情を浮かべると、彼女は教室の中を見渡す。
「ん……何処へ行ったのかな」
キョロキョロと教室の中を落ち着かない素振りで見るのだが、ミレアの姿はない。どうしようという素振りで身体を揺らしている。
「寮は見たのか?」
「何回か扉を叩いてみたけど、反応はなかった」
そんなメイラに対して、アシルは半分興味なさそうに会話を続ける。アシルが質問を返すと、ドンッ!!と机を叩くように両手を着けて、身を乗り出すようにしながら答える。
「どうしたの?」
会話を聞いていない周りから見れば、アシルがメイラに迫られている状況だ。ドンッ!!という机を叩く音に引き寄せられたのか、シィルミナが近づいてきた。
「あ、シーナさん!!」
「ミレアがいなくなったらしい」
「ミレア?あ〜〜、メイラさんと仲のいい生徒ね」
シィルミナとメイラの間は何度か会話したこともあるようだが、ミレアとシィルミナは会話をしたことがないようだ。性格としても、静かなミレアに対てシィルミナは正反対と言えるだろう。加えて、メイラのような三等剣士という共通もないため、余計に接点は少ない。
「風邪か何かで寝ているのかな?」
「かもしれないわね」
「昨日の夕食時はいたのか?」
「見てないよ。そもそも私は昨日、街中に出ていて帰ってくるのが遅かったから、一人で食べたよ」
三人は無言で考えてしまう……。一番心配をしているのはメイラで、何かあったらと様々な想像をしていた。一方シィルミナやアシルは具合が悪いだけなのだろうと、大事であるとは考えていなかった。
「昨日……そう言えばミレアさんの姿を見た気がするわ」
そんな中で、何かを思い出したかのように呟いたシィルミナ。
「何処で見たんだ?」
「あなたも知っているあの広場よ」
「なんで広場なんかに………」
アシルは以前に稽古をした広場について思い出す。ここからそう遠くない場所であり、そこで見たということは、シィルミナはそこに居たということになるということにもなるが……。
「具合悪くて寝ているのかな……」
「放課後、もう一度部屋に行ってみればどうかしら?」
「そ………そうしてみる」
消えたミレア――――。
『ん………?なんだ?』
加えて、ふとした瞬間にいつもとは違う違和感を感じてしまったアシルであった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます