37.謎少女

「少し、身体が重い気がする」


 夕方になると、アシルは寮へと帰って来るのであった。

 寮では食堂が開く時間となり、休日を過ごす生徒たちが少しずつ食堂へと向かって行く姿が目に入る。


「明日は実験せず、ゆっくり休むことにするか……これ以上は怒られるな」


 怒られるというのはシィルミナのことだろう。

 実験を始めてしまってから夢中になってしまったらしく、魔力を使い果たすほどではなかったが、夕方になってしまう。

 ちなみに生徒達が食堂に向かう中、彼は夕食を食べるつもりはないらしい。


「あれは……たしか……」


 そんな後ろ姿をと見てしまった者がいた。食堂に向かうわけでもなく、薄暗くなってきた中で、釘付けにされたようにアシルのことを見つめる。だが、彼はその視線に気づくことはなかった。


「なにを……していたんだろう」


 彼の背中やズボンの裾には、葉っぱや土が付いている。汚れたまま歩いてゆく姿を見れば、何をしていたのか疑問に思っても不思議ではない。

 

「お、こんなところで何してるの?」

「な、何でもないよ」


 そんな生徒のもとへと近づいていったのはメイラで、背中から声を掛けられた生徒は振り向くと、そ何もなかったような素振りをした。「食堂に行こう」というメイラの誘いで二人は並んで歩いて行った……。


「よぉーーー!!!アシル、行こうぜ」


 次の日も休日。特に何もなく一日が過ぎて、生徒達は休日を終えることとなった。朝になれば生徒たちはティアハイト学園を目指すが、新しい週の幕開けというのは、同時に騒動を呼ぶことになるだろう。


「おっ……と」


 昼休みのことである。

 アシルが廊下を歩いていると、背中に誰かがぶつかってきた感覚があった。相手に勢いがなかったのか、一歩前に足を踏み出すほどで、逆に彼からすると相手が強く跳ね返られたような気がした。


「大丈夫か?」

「ミレア!何をそんなに急いでいるの?」


 アシルが心配になって声を掛けると、彼女は胸元に本を抱えて、顔を見せないように下を見ている。身長としては155センチくらいかと思われる生徒はアシルを前にして少し動揺していた。

 後を追うように、メイラが現れた。


「大丈夫です。ごめんなさい」

「構わないよ。メイラに何かされたのか?」

「アシル。人聞きが悪いよ!!」

「そう言われても、メイラって強引なところあるだろ?」

「そんなことないっ!!!」


「いやいやいや」と、強引に勝負を提案されたアシルにとっては、メイラのイメージはそういうのしかない。二人の関係がどのようなものか彼にはわからないが、客観的に見ればそう見られてしまっても仕方ないだろう。


「紹介するよ。こちらはミレア。彼女は私の親友と言っても過言ではない存在よ」

「よろしく……」

「アシルだ。よろしく」


 ミレア・ローズベルミス=フォンテ。彼女は現在上級剣美である。三等剣士のメイラとは、学園へ入学する前から知り合いらしく、親友と呼べるほどの仲だという。それと同時に、実はミレアはメイラの稽古の相手として剣を交えることが多いことも事実だ。


「じゃあ……、ごめんなさい」


 ミレアは二人にそう言って、ペコッと頭を軽く下げてから足速に歩いて行ったのだった。

 逃げるように立ち去っていくその背中を、二人は見えなくなるまで見ていた。


「変なのよね」

「変?」

「うん。朝から何か落ち着かないというか。いつも少し静かだけど、なんか様子が変かな」

「そうなのか」


 初めて会話したアシルにはわかる訳がない変化だが、何故か不思議とが気になる彼であった。

 そんな事があった放課後には……、


「待っていたわ。アシル」


 シィルミナとの稽古が再開される。


「あぁ、待たせてしまって悪かったよ」

「しばらく稽古していなかった分、取り戻してもらうわよ」


 今日は分厚い雲に覆われた暗い空。

 雨雫こそ落ちないものの、今にも落ちてきそうなほどに太陽の光を遮っている。

 薄暗い剣技場で再び剣先を向け合う二人。やがてアシルの方から、シィルミナに攻撃を仕掛けた。


「あの時の勢いは何だったのかしら?」


 アシルの攻撃を的確に防御していくシィルミナ。


「怒りによる力任せだ。俺も詳しくは覚えてない」


 最初の頃は攻撃に夢中で、会話をする余裕がなかったアシルでも、今は会話しながら戦えるほどに余裕ができてきていた。


「そう。あれは奇跡だったみたいね」

「そうだな。奇跡的だったっ!!」


 感じたアシルの威圧感や、攻撃の重さと速さは嘘かのように消えていた。増々シィルミナの疑問は膨らんでいくのだが、「悪い夢でも見たのかしら」と変わらないアシルの剣術に、膨らんだ疑問は破裂したかのように消えていく。


「はぁ……はぁ……」

「まだまだね。これくらいで疲れているようでは」

「全く……容赦ねぇな」

「そうでもしないと、つまらないじゃない」


 アシルが膝を着いて動かなくなると、稽古は終了となった。

「先に行くわね。また明日」と言い残して、シィルミナは剣技場を後にする。


「休憩したら続きだな」


 稽古が終わり、寮の自室に戻ると、アシルは寮の裏手にある影を利用して、少しだけ魔法の練習を行うのだ。


「もっと、もっと」


 魔法による攻撃の速度に慣れること、振るタイミングや止まり方、切り返し……。

 少しずつ魔法を強くしたり弱くしたりすることで、魔力量についても実験を行うアシル。どれくらいの魔力が蓄積できて、どれくらいで尽きてしまうのか、そのようなことも知っていかなければならない。


「魔法といっても、そう簡単に使えるようになるわけないか」


 何かを習得するためには、練習は必要だ。魔法を生み出してやろうと簡単に言っていたアシルは、大きな壁にぶつかっていた……。

 ただ、この時の彼は知らない――。

 努力が報われる瞬間が近いということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る