36.影の者たち
とある夜のこと。
町外れの森の中にひっそりと建つ小屋の中で、数人のフードで顔を隠した者たちが机を囲む。
「そろそろ……頃合いか」
「標的はどうします?」
「とりあえず強くない方がいい。ただ弱すぎても問題だな」
電気は通っていないのか、手持ちのランプを机に置き、地図のような紙や重ねられた資料を見ながら何か話しているようだ。
「ふっ……こいつが良さそうだろう」
「お手並み拝見としよう」
その後、小屋に広がる光は消えて、謎の者たちは夜の闇に消えていった……。
「うぅ……」
朝――。
溢れてきた朝日の光で起きるアシル。
もう身体の疲労感・痛みは消えており、身体が軽いようにも思えるアシルだった。
「今日は稽古なさそうだな。明日も休日だし、少し練習でもしてみるか」
後々シィルミナが訪ねてきて、稽古になる可能性もあるだろう。だが、昨日会話した時に何も言ってこなかったことを考えると、訪ねてくる可能性は低いと彼は思った。
「魔力補給したばかりだし丁度いいな」
実験道具が並べられている机の上には、砕けた水晶の破片と、まだ原型のまま使用されていない水晶が1つ置いてある。
「まずは場所を探すことからかな」
寮の付近で練習をすれば誰かに見られてしまうだろう。一週間ほど前、休日に稽古した場所もシィルミナと鉢合わせてしまう可能性がある。
「逆方向でも行ってみよう」
前回は広場の人気がない場所を選んで稽古したが、それとは逆の方向。寮から西の方角へ進んで行くと広い森が広がっている。
彼はその森の中でなら、見られることが少ないであろうと考えた。
「ちょっと遠いけど、今から行けば帰って来られない距離じゃない。行くか」
寝癖直しや着替えを行うアシル。
腰に二本。練習用鉄剣と木製剣を装備して、肩掛けのバッグを身につけると、寮から西方の森へと歩き始めるのだった。
「ここがいいかな」
森へと到着する。入り口を探すために、森に沿って歩くと獣道のような草木の隙間を見つけることができたアシル。その道は森の奥の方へ真っ直ぐに進んでおり、蜘蛛の巣や飛び出た草を手で避けながら進む。
進むと少し開けた場所へと繋がっていた。真ん中には木が一本だけ伸び、上を遮るものがないため太陽の光が照らしている。
「この木、狙うにはちょうどいいかもな」
その場所を気に入った彼は、脇の木に練習用鉄剣を立て掛けて、柄部分にバッグのベルトを引っ掛ける。
木製剣だけを取り出すと、片手で少し振り回しながら真ん中に伸びる木に近づいて行く。
「まずは魔法だな……」
度合いを間違えば、また身体疲労で動けなくなってしまう。そのため彼は慎重に少しずつ魔法を使用してみることとした。今回はまだ魔法実験で、剣術の練習とは異なる。
「まずは脚だけだ。脚力を上げてみよう」
彼は脚部に集中する。魔力が血流が流れるように伝わっていくことを意識した。魔力による強化が成功したのか、脚が軽くなったように感じるアシル。
「これで、やってみよう」
木製剣を両手に握り、木に向かって構える。
魔力によって強化した脚を踏み出して、力任せに木に向かって、飛び込むように斬りかかる。
「うぁぁぁっ!?」
しかし思った以上に脚力が強く、上半身がその勢いに対して着いて来られないのかバランスを崩してしまい、斬りかかるどころか空中回転して、地面に倒れる。
「ぬ……、脚だけでは駄目なのか。勢いに付いて来られないし、そもそも飛び込みながら剣を振ることなんてまともにできたもんじゃない」
今度は上半身にも魔力による強化を施す。しかし、脚の強化よりも弱い魔力を意識して強化をする。
『これなら……』
もう一度。木に向かって剣先を向けると、同じように踏み出して、木に向かって攻撃をする。強く・速くを意識して飛び出したアシル。
「あああぁぁぁぁーーーーー!!!!!」
残念ながら失敗らしい。
飛び込むように斬りかかることはいいが、木に攻撃が当たることはなかった。空を斬った上に勢いが速すぎて止まり方が分からず、転がって茂みの中に消えてしまったアシル。
しばらくすると葉っぱまみれになりながら出てくる。
「くそっ………、み……見えないぞ。標的が」
次に問題となったのは視力。強化された脚力から生まれるとてつもない速度は、人間では目で追うことが難しい。さらに
自身がどれほどの速度で動いているのか、標的に到達する時間、剣を振るタイミング。全て人間が体感したことのない世界だ。それ相応の動体視力が必要となるだろう。
「視力をもう少し強化しないといけないか」
次に視力にもう少し強い強化を施す。奥の方にぼんやりと見えていた木々がはっきりと見えるようになり、視界が広がって見やすい世界へと変わる。
「よし、もう一度だ」
身体に付いた葉っぱや土を払うと、また剣先を木へと向ける。
「はっ!!!」
「次こそは」と攻撃を仕掛ける。
今度は流れていく景色も目で追えるようになる。
「あったれぇぇ!!!」
狙いを定め、木に向かって剣を振るうのだが、またしても剣は空を斬ってしまった。アシルが振ったタイミングでは遅かったのが原因だ。
加えて、やはり勢いを止めることができずに地面へと転がってしまった。
「ぐ……これは、練習あるのみか」
失敗を重ねても、例え剣が折れたとしても、彼の心が折れることはない。むしろ……、
「身体強化の剣術。習得できれば、シィルミナに勝てる可能性がある。あいつに、本気を出させてやる!!!」
彼の練習は夕方まで続くのだった――。
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