34.剣聖という最高階級
「疲労………なのか」
翌日の朝のこと。
疲労回復で、無理なことはできないアシル。早めに夢の世界に入ったために、目が覚めるのも早かったようだ。
自然治癒してきた証拠であるのか、視界が歪むこともなく、身体が重いような感覚もまだ残るものの、支障はなさそうだ。
「魔法を使ってしまった代償?……なのか。使うには練習が必要かもしれない」
アシルは研究道具たちが並ぶ、机の前に立つ。
そこには残った水晶が2つ。魔素の安定化実験に使う予定だったものだ。
「対人相手に使うには……、危険すぎる。この力をシーナ達の前で使うことは、しばらくやめておいた方がいいか」
稽古の時に、シィルミナに対して使ってしまった身体強化による剣撃は、木製の剣を折ってしまうようなほどの威力と、身体疲労という代償があった。一撃が入った部分が、シィルミナの剣であったことは、『運が良かったとしか言えない』と彼は思う。
彼は攻撃を制御出来ていなかった。最悪の場合、シィルミナに怪我を負わせる可能性もあったことを考えたアシルは、密かに練習することを決断した。
“心は全く成長していないわ”
シィルミナの言葉が彼の胸に響く。
「確かに、そうかもしれないな」
剣に感情が乗ってしまうことで、自分さえも制御できず、すぐ逃げ道を探してしまうのは、彼の心の弱さだろう。
「練習するにしても、まず魔力を補給しなければならないな」
あの一撃以降、アシルは魔法を使うことができてない。「身体疲労とは言うが、腕に使うことなら支障はないだろう」と、左手を強化しようとした時もあったのだが、効果はなかった。完全に魔力切れ状態なのだと、彼は実感していた。
「また、魔素を作るところから始まるな」
元々人体に存在しない魔力は、当然のことながら自然に生成されることはない。自然界にも特定の条件下で発生して、それが衝突反応を起こさなければ魔素とはならない。
魔素を生成した後に、水晶に取り込むことで安定化、そしてそれを割る事で魔力を身体に供給することができる。
魔力が体内にないアシルは、一度魔力水晶、いわゆる魔石を作り、魔素を左手に取り込んだ上でそれを砕かなければならない。
「魔力切れになる前に、補給しないといけないってことか」
アシルは魔素を生成し、魔石とする。
これを砕けば魔力補給ができるのだが……、
「お……い、アシ……行くぞ」
ドアを叩きながら聞こえてくる声。
ふと時計を見ると学園に向かわなければならない時間となっていた。
「帰ってきてからにするか」
明日と明後日は休日だ。急いで魔力補給を行う必要もない。あの時のように、感情に任せて魔力を使うことになる可能性も考慮したアシルは、道具たちに布を被せて隠し、ドアを開ける。
「待たせてすまない。寝坊だ」
「………………」
「どうした?」
「あ……あぁ、寝坊か。疲れているんじゃないか?アシル」
「問題ないさ」
そして、二人は学園に向けて歩みを進めるのだった。
昼休み――。
ふと、アシルの視界にメイラの姿が映る。
「お昼行こう〜〜?」
メイラは、机に向かってドンッ!!と両手をつく。
「メ……メイラさん。そうだね…………行きます」
「「さん」はいらないのに」
「だ……だって、なんかその……」
「いいけど、行くよ!」
勢い良く両手の置かれた机に向かって座っていたのは、読書中の女子生徒であった。
メイラは赤く長い髪なのに対して、白髪で肩に着くほどまでの短い髪の女子生徒。
紫の瞳には、何処か不安が混じっているようにも見える。
物静かな文学少女という印象で、メイラとはまるで月と太陽だ。
「なかなか、強引だなあいつ」
二人がどういう経緯で今の仲になったのか、アシルにはわかないが、二人が教室を後にするまでそのやり取りを見ていた。
その後、寮に帰宅したアシルは魔石を使用して魔力供給をする。
疲労も回復してきたため、帰り際にシィルミナと会って、「稽古を明日以降に再開できる」と伝えたアシル。休みと言っても、いつシィルミナが稽古すると言ってくるのかわからないため、今夜はおとなしく読書をして夢の世界に行くこととした。
一方、時は少し戻り夕方――。
剣技場で一人、剣を振るう人物の影――。
「ふぅ………」
夕日に肌を焦がされながらも、黙々と剣を振るうのはシィルミナである。
「明日以降、稽古を再開できるぞ」とアシルに言われたこともあってか、彼女はひとりで剣術の練習を行う。
そこに実は“恐れ”という感情も含まれているのだ。
『あの時、もし彼の剣が折れていなかったら』
両手に剣を握り、山の向こうへ隠れようとしている夕日に、剣先を向けて思うのだった。
『完全に負けていたわ』
彼女はあの時、初めてアシルに対して、“敗北した”ということを感じた。それは彼女にとって衝撃であり、予想を遥かに超える彼の成長に恐怖を覚えた。
「彼の成長なのかしら。それとも、私が開いてはいけない扉を、開いたとでも言うのかしら」
今までのアシルからは考えなれない強さが、例の一撃にはあった。彼女に“敗北”という二文字を浮かばせることができるのは、同世代だと極めて少ない存在だろう。
「あれが秘められた“強さ”だとすれば」
彼女は、自身の握る木製の剣を眺める。
「彼の剣は届くかも、あの人――――」
“煌導十二剣聖
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