33.観察者の宣戦布告
「断る」
目を瞑り、興味のなさそうな顔をしてアシルは一言答えた。
「え〜なんでぇ」
「弱いものいじめでもしたいのか?」
「そうじゃないけど」
アシルの言葉はそこで止まった。二人の間には短い沈黙の時間が訪れる。
教室の中は賑やかというわけではなく、朝特有というべきなのか、皆眠いのか、静けさに包まれた空間だ。そんな中で、アシルは教室の中心の方に視線を向けた。
『……………』
アシルがシィルミナを気にしているかのように思えるが、実は違う。シィルミナの目線を感じて、彼は視線をシィルミナの方へ向ける。「何をしているの?」という無言の圧力が視線の先にあった。
「場所を変えましょ?昼休みに中庭で」
「ちょっ……………おい」
圧を感じたのは、どうやらアシルだけではなかったようだ。背中に感じる睨みの視線の方へ、一瞬だけ顔を向けた後に一方的な提案をする。
「そっちは俺を知ってても、名前も知らないんだぞ。こっちは」
アシルの言葉は届くことはない。彼の視界に映るのは一方的に押し付けた後に、立ち去る後ろ姿だ。
そして、お昼休みとなる。
高々と聳え立つ校舎に囲まれた中庭。中央の噴水を中心にして、磨かれた石で作られた噴水への道。雪解けの大地から今にも開こうとしている花々、角にひっそりと伸びる桜の木。
水の流れる音が、心を落ち着かせる空間の影で、彼らは再び視線を向け合うのだった。
「来たね」
「「来たね」じゃなくてだな……………」
「ん?――――あぁ、名乗ってなかったね。私はメイラ・ユンバルロ=リェフィート。メイラって呼んでくれていいよ」
メイラ・ユンバルロ=リェフィート。
アシルが彼女を見て最初に思うことは、「模擬戦で戦っていた」だろう。模擬戦は全員参加なんだから見ていて当然と思うだろうが、一番印象に強い三等剣士同士が対決した模擬戦。彼女はその模擬戦で勝利した三等剣士である。
「メイラは結局何が目的だ?」
「目的って、だから勝負したいの!!」
「俺と戦ったところで、相手にならないだろ」
「そんなことない」
両者の意志は非常に硬かった。どちらも譲らず、戦いたい側と弱さを盾にして拒否する側。アシルの呆れたような、全く応じない姿勢にメイラは睨むような表情に変化する。
「何がわかる」
「わかるよ。何故組んだのかは知らないけど、シーナさんとあそこまで戦える人が弱いはずがない。同学年で間違いなく最強。本気出しても勝てる気がしない。シーナさんには」
三等剣士はアシルの同年代ではたった3人。上級生に勝ててもおかしくないような頭一つ抜けた存在。その中でもシィルミナは更に上を行くのだと言う。
入学時の試験では最高が三等剣士と規定がある。もし、それがもっと上だったら……どうなるのか。
「あれは、――――手を抜いてもらったから」
メイラの言葉を聞いて、アシルは模擬戦での光景を思い出す。
シィルミナから繰り出された同じパターンの攻撃。それは手を抜いていることは確かだろう。「戦えることを見せたかった」という彼女の言葉をはっきりと覚えていた。
「本当にそう思う?」
「あぁ、卑怯なこともしたしな」
「ん?別にいいじゃん。勝てるならそれでも。誰も剣しか使ってはいけないとは言ってない」
それは彼にとって、聞いたことのある言葉だろう。
「そうだけど」
「それに「綺麗じゃない」なんて、そんなこと言ってる人は強くなれない」
水の流れる音が響く。二人には再び沈黙の時間が訪れ、「シーナもそう言っていたな」とアシルは考えるのだった。
一方メイラはというと、視線を落として少しの間考える。長めに息を吐くと、やがて驚きの発言を始めた。
「あとね、見ちゃったんだ」
「見た?何を?」
「順番が回ってくる待ち時間の時に……」
模擬戦が始まってからしばらくした頃――――。
少しずつ盛り上がっていく、賑やかな大剣技場から離れようとするメイラ。
「模擬戦と言っても、負けるつもりはない。同じ三等剣士同士だし……集中しないと」
気を落ち着かせたいという意味だろう。彼女は大剣技場の裏へと向かって行く。
「ん?誰かいるのかな?」
大剣技場の壁に沿って歩いていくメイラ。角となる場所に近づくと、その先に誰かがいるような音が聞こえるのだった。
「あれはたしか、見習いの」
自身の足音を小さくするように、慎重にその角へと彼女は近づく。そっと先を覗いてみると、目に入ったのは木製の剣を握る生徒の姿。
「踏み込み、そして悟られない動作。最初の構えから踏み込むまで、足はずらさない……」
シィルミナとの模擬戦を前にひとりで練習を行っているアシルだ。
「はぁぁっ‼‼」
見られていることにも気づくことなく、彼は目を瞑りながら、剣を振るう。
「ふっ!!―――――はぁぁぁ!!!」
「教室澄ました顔してても、努力してるんだね」
影で努力しているアシルの背中を見ながら、メイラは少し微笑んだ。気づけば彼女はアシルの姿に釘付けとなっていた。
「ふ~ん、やるじゃん」
しばらくして、彼女はその場から立ち去る。
良いことがあったときのように、踏み出す足を弾ませながら、違う場所を探すメイラ。
少し木が生い茂る中で、彼女は模擬戦に向けて剣を振った。
「見られてたのか!!」
そして、現在だ。
その時から彼女はアシルに対しての興味を持つようになったらしい。
「その後に、シーナさんとの模擬戦を見て思ったの。戦ってみたいなって」
“同世代最強の存在”と、“同世代最弱の言われる存在”の誰も予測し得ない長期戦が、更にその興味を加速させて現在の状況となる。
「君は素質がある。強くなりたいという意志がある。他の人たちとは違う何かを持っている気がする」
彼女の言葉自体はそこまでだが、続きはこうだ。「勝ち負けなんて気にしない」と……。
「すまないが、今はできないんだ」
しかし、筋肉痛のような過度な魔法発動による疲労に襲われているアシル。いくら勝ち負けを気にしないとも、戦いたい理由があれど、まともな戦いはできない。
加えて彼のプライド。「シーナであれば戦わなければならないだろう」、「そうでない相手と本調子でない状況で戦うのは失礼」と心の中に潜むものが彼を止めるのだ。
『悪化させたなんてシーナに言おうもんなら、どうなることか』
アシルに言い渡された猶予は数日間だ。あまりにも長い期間休むと、きっと彼女から歩み寄ることになろう。『猶予があるうちに回復しなければ何かしらの刑が執行される』と、彼は寒気を感じた。
「体中が痛くてまともに戦えたもんじゃない」
メイラは首を傾げる。しかし、状況を彼女なりに理解したのか、「努力しすぎた」という認識で疲労ということを察する。
だが―――。
「「今は」駄目なのね。なら次の模擬戦では私と組んで」
言葉は1つの“余計”があると、時には悪い方向へ進んでしまうこともある。アシルは後悔するのだ。付けるべきではなかったと。
「あなたたち、何やってるの?」
仕方なく「わかった」と返事を返そうと思った瞬間、メイラの背後から聞き覚えのある声が聞こえた。つまりアシルが先程感じた寒気は――――。
「あ、シーナさんにバレちゃったか。じゃあねアシル。約束ね」
「おぉい、ちょっと」
逃げるように、恐れるように。メイラはアシルに一言投げ掛け、彼に背中を向けて去って行く。
去る途中でシィルミナとすれ違うのだが、詮索するような目をするシィルミナに対して、彼女は笑顔だけ向けて立ち去る。
アシルが止めようとも無駄である。
「メイラと何話していたの?」
変わってシィルミナが、アシルの前に立つ。
「やれやれ」と彼は思うのだった。
「まぁ、宣戦布告ってやつだな」
「戦うの?」
「いつかな。次の模擬戦があればの話だ」
少し間が空く。
一瞬だけ悲しみの表情を見せるシィルミナであったが、何か考えが浮かんだのか口角をあげて楽しそうな表情に変える。
「そう。ぜひ見たいわ、その対決」
「勘弁してくれ」
影の観察者は不意に現れる―――。
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