32.奇跡の代償が現れる

「っ!?!?………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 夜のことであった――――。

 深い眠りの世界に浸っていたアシルであったが、強烈な頭痛に襲われていたのであった。


『な……なんだこれは……なんだなんだ!?』

 急に襲ってきた痛みは、頭を割るような痛みで彼は汗が滲むほどに格闘していた。


『くそぉ……目が開けられない……起きれない……痛い……』


『ぐ……………………これ……………は………』

 彼は力尽きるように、寝てしまった。


「……………っ!?」


 朝になると、彼は驚くように目を開ける。

 激しい頭痛は夢だったかのように収まり、少し頭痛が残るものの悶えるほどではなかった。


「ん…………ん??………………んっ!?!?」


 次に気づくのは痛みではなかった。彼が身体を起こそうとしたのだが、なかなか上がらない。まるで世界の重力が倍増してしまったかような上半身の重さだった。


「一体……どうなっているんだ!!!!」


 力を込めないと身体を起こすことができない。それは上半身だけでなく、下半身も同様だ。彼の体全身が重くなっていた。


「はぁ……はぁ………」


 全く動かせないという訳では無いが、そこそこの力を必要とする状態となっている。


「じ………時間か」


 いつも学園へ向かう時間を知らせる、ロイがドアをノックする音。


「おー……い……い…ぞ……ア…ル」

「今行く、すまないが……ちょっと……待ってくれ」


 行く必要性があるのかというと、ないだろう。それでも彼は重い身体に鞭を打つようにして、学園へと向かった。

 授業では、実際に剣を振るうことはあったが、模擬戦のような対人ではなかったため、誤魔化しながらやり過ごすことができたアシル。


『昨日とはまた違う………、何が起こっているの?』

 残念ながら、最後には“絶対に誤魔化すことのできない”相手が待ち構えているのだが………。


「はぁ………はぁ……」


 稽古が始まる前に、すでに肩を大きく揺らしているアシル。昨日とはまた違った彼の変化に驚くシィルミナ。


「大丈夫なの?」

「少し急いできただけだ。問題……ない」

「そ……そう」


 そんな状態であっても、シィルミナ相手に剣先を向けるアシル。彼に剣先を向けられたシィルミナは、それを受けるように剣先を向け返す。


『様子はおかしいけど……気が抜けないわ』

 シィルミナには、昨日の体験がある。雰囲気の違う、怒りに満ちたアシルから放たれた、超速で鋭い一撃だ。

 それを昨日見せられたことによって、彼女の中には、アシルに攻撃を仕掛ける行為に躊躇いが生まれていた。「こちらから仕掛ければ、きっとそれをまた狙ってくるだろう」と。


『ここは、彼が来るのを待つべきね』

 彼女からすれば、何もこちらから無理に仕掛ける必要はない。彼の出方を伺ってそれに対して対処し、反撃をすればいい。彼女にはそれだけの余裕があるのだから。


『はぁ……はぁ……これはなんなんだ………』

 対するアシルは、剣先をシィルミナに向けながらも、身体の異変と格闘していた。


『シィルミナ相手に隙を見せてはいけない。でも身体が重い……言うこと聞かないぞ……。それに視界も歪む』

 視界が歪む。シィルミナの姿もぼんやりと見えるようになったり、歪んだりと彼の視界にも異変が現れていた。


『くっ……こちらから仕掛けなければ………負けるっ!!』

 それでも、彼はシィルミナに向けて攻撃を仕掛けることを考えるのだ。


『意識を集中させろ………昨日のように……』

 彼自身、昨日自分がどのようにして身体強化した一撃を放ったのか理解できていない。だが、使えることは証明されている。


『いくぞっ!!』

 アシルは全身に魔力を巡らせることを意識して、重い身体に力を込める。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」


 そして、シィルミナに向けて攻撃を仕掛ける。


「――――遅い」

「なっ!?」


 けれど、彼の攻撃に昨日のような速度も破壊力も存在せず、今までの彼と変わらないか、重い身体が影響してか、それよりも遅くて弱い攻撃だった。


『強化されてない!?魔法が使えない!?』

 発動する方法は知っているアシル。彼としても間違ったことはしていない。しかし魔法による身体強化はされていなかった。


『どうしたって言うの?昨日は夢でも見たのかしら?』

 アシルから繰り出される連続攻撃。無鉄砲と言ってもいいほどの力任せの攻撃は、シィルミナが防ぐたびに勢いを弱めていった。

 変化は変化でも今日の変化はまた違ったものだ。昨日はアシルの心が影響していたが、今は違う。身体的に異変が現れていた。


『……………何があったのアシル。体調でも悪いのかしら?』

 このまま続けても、シィルミナに攻撃が届くことはない。彼女も反撃をする気にはなれなかった。「無意味だわ」としたシィルミナは、アシルの攻撃に集中する。

 そして、


「ふっ!!!」


 勢いを失っていく攻撃の隙を見て、アシルの剣に合わせて剣を振るう。

 カチンッ!!!という音ともに、木製の剣同士が弾けて、連続攻撃は止まる。


「どういうこと?」

「はぁ………はぁ……くっ………」

「体調悪いの?」

「かも………しれないな」


 肩を大きく揺らして、時には立っていることも辛いのか、足をふらつかせることがあるアシル。

 そんな状態を見て、「強情ね」とシィルミナは呆れた。


「身体が疲れているのね。今日は帰りましょ」

 

 シィルミナは剣を下ろす。

 彼の身に起きているのは、まさしくシィルミナが言うような“身体疲労”によるものだ。まだ魔法の使い方のわからないアシルは、全身を強化して一撃を放った。しかし、身体が経験したことない力であるため、筋肉痛と同じ状態になってしまった。

 身体強化は人の力を超越できるかもしれない。けれど、身体を動かしていることには変わらない。激しい運動を長時間行った時と同じようなことが、瞬間的に行われるのが身体強化なのである。

 激しい頭痛も、視界が歪んでしまうのも、身体強化によってシィルミナの動きがゆっくりに見えるほど視力が強化されたことの疲労によるもの。


『身体強化できない!?…………まさか、魔力が身体にないからか!?』

 さらに、彼は最初以降、魔力領域へ魔力を補充していない。恐らく昨日使用した際に、全て使ってしまったと思われる。つまり、彼は燃料切れ状態でもあった。


「はぁ……はぁ……」


 回復することも、身体に掛かる負担を軽減することも現状できない。アシルは、自然治癒に頼るしかない。


「身体が治ったら、私のところに来て。そうしたら再開するわ。数日ゆっくりと休みなさい」

「す……すまない。そうさせてもらう……よ」


 “魔法があったとしても、使えるとは限らない”


「一緒に居るのを見られても困るだろうし、私は先に帰るわね」


 “あったとしても、代償がないとは限らない”


 こうして、彼は数日間稽古を休むことを許された。その数日間は彼にとって、剣から目を背けることのできる時間になると思われた。


「……………」


 翌日、窓の外を見ているアシル。まだ目は治っておらず、歪んだり、焦点が合わなかったりすることがあるようだ。


「アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインだよね?」

「あ、あぁ…………」


 自身と向き合える。剣からしばらく離れられると気が抜いていた彼向けて………。


「私と、勝負してくれない??」


 どうやら神様というやつは、それを許さないらしい――――。

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