31.導き出された答え

『これが、俺の答えだ』

 怒りに支配されたアシルは、暴走していると言っても過言ではない。怒り任せに、彼の身体は動いている。

 シィルミナが、彼に向けて何を語りかけても、残念ながら届いてはいない。


「ふぅーーーーーっ」


 彼は深く息を吐いた。

 肩の力を抜いて、目を閉じて全身に意識を巡らせる。人を越えた、前人未到の世界への扉を今、彼は開こうとしていた。


『身体強化』

 アシルは全身に魔力を巡らせる。血液の流れに乗るように、魔力は頭の先からつま先までじんわりと届いていった。

 魔力領域から引き出される魔力は、彼の腕力を、脚力を……、全てを何段階も上へと強化させた。


「剣と向き合う以外、あなたに道はないわ」


 彼がそんな状態になっていることに、気づかないシィルミナは、剣先をアシルに向ける。


「……………」


 アシル自身に考えがあるわけでない。感情に身を任せて、勢いだけで行動しているに過ぎない。言わば彼の本能が、剣術に魔法を組み合わせるという人類最初の一歩を踏み出させたのである。

 彼の身体に起きた変化、まず一番最初に効果が現れたのは、【視力】だ。

 いつも捉えることのできない、シィルミナが攻撃を放つ際の、素早い所作。集中すると、まるでスローモーションを見ているかのように見ることができたのだ。


「シーナより、先に」


 一秒に満たない時間で行われる力強い踏み込みと、重心を低くして両足に力を込める動作。

 オレンジ色の遥か上空にて、世界を望む夕日は厚い雲の中へ消えてしまい、辺りは薄暗さに包まれる。風は髪の毛を揺さぶるほどに吹き始め、剣技場全体は異様な雰囲気と錯覚させられる。

 振りかぶる剣と、相手を威圧する殺意の視線。

 そして―――、


「一撃を入れてやる」


 まだ、攻撃をする踏み込みさえできてないシィルミナに向け、飛び込むように攻撃を仕掛ける。勢いに、怒りという感情を乗せて……。


「…………っ!?」


 手を伸ばせば届くほどの距離まで近づいた時に、アシルは思いっきり彼女の胴に向けて横一線、渾身の一撃を叩き込む。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


 声にならない咆哮とともに、風や音さえも追いつけない程の速度で、アシルはシィルミナの横を通り過ぎてゆく……。

 

「なっ!?」


 アシルの一撃は、残念なことにシィルミナの身体に届くことはなかったが、身体強化された彼の一撃は非常に鋭くて重かったのだろう。繰り出された一筋の剣撃は、彼女が握った木製の剣を、空中へと舞い上がらせたのだ。

 アシルの攻撃自体、さすがのシィルミナでさえも視界で追うことはできなかった。音速さえも追いつくのがやっとの速度を生身の人間が反応しようというのが無理な話だ。

 それでもシィルミナは、今までの“経験”による“直感”を生かして、攻撃の構えに入ってはいたが、アシルが仕掛けてくることをいち早く察知したようだ。

 彼女も思考を通さず、本能によって動いた防御行為だろう。

 アシルによる怒り任せの攻撃は、勢いこそあるが精度はないため、防御の体勢で胴に当たることは回避できたようだ。


「ぐっ…………………………」


 勢いの乗った攻撃であったのだが、とてつもない速度のため、両足の力だけでは勢いを抑えられない。屈むように身体を折り曲げ、理解の追いついていない人物の背中に、自身の正面を向けるように回転をする。

 加えて剣の握っていない左手を地面に着けて、なんとか勢いを殺したアシル。


「あなた……何を……………」


 得体の知れないものを見たかのような、彼女らしくない驚きと、恐怖の混ざった顔で振り向くシィルミナ。

 そこから数秒遅れて、カッ……カランカランッ!!という地面に激突した木製剣の音が剣技場に響く。


「はぁ……はぁ……はぁ……………、俺は…………」


 シィルミナの顔を見て、怒りを忘れて我を取り戻したアシルは、自分が何を起こしたのか理解できていなかった。

 だが、これがアシルをまた一つ、進化させてしまったのかもしれない。


「俺は………何を…………」


 厚い雲に覆われていた夕日が、再び世界に光を注ぐ。驚きと静寂が漂う二人だけの空間はオレンジ色に焦がされるのだ。


「…………………………今日は私の……負けかしらね」

「いや、違うな」


 アシルはシィルミナに向けて、力強く右腕を伸ばす。


「引き分けだ。お互いに、剣がなきゃ決着つかないだろ?」


 差し出されたアシルの左手に握られている木製の剣。一見普通の木製の剣であるが、よく見ると大きく亀裂が入っていた。恐らくアシルの攻撃の破壊力に耐えることができなかったのだろう。

 瞬間、木製の剣は真っ二つに折れ、カランッという音ともに片方が地面に落ちるのだった。


『これが、アシルの真の力つよさなの?』


 アシルが魔法に覚醒した瞬間であった――。

 両者、木製の剣が折れてしまったことにより、稽古は終了となる。

 だが、シィルミナに「負け」という言葉を出させたことは、大きな彼の成長と言えるだろう。

 

「じゃあ、また明日アシル」

「あぁ……」


 シィルミナは、剣技場を後にする。

 剣技場の外に消えていく気高い背中を見届けたアシルは、


「…………っ!!」


 その場に膝を着いて、うずくまってしまう。


「がはっ、か……から……だ……が」


 それは代償か、成長の証か、

 彼の身体に異変が現れる――。


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