30.あなたはアシルじゃない
「魔法の力か」
次の日。
学園での生活は、座学がほとんどという日であった。アルレギオンの歩んできた歴史や隣国との関係やルミナレス国との戦争について午前中に学び、午後は剣術に関係した授業が展開された。
ひたすらに机に座って聞いている授業、一講義が90分もあるため人間の集中力は何処かで切れてしまうだろう。
『魔素は不安定だから左手だけだとして……、安定化させたら何故急に使えるように……』
そもそも、彼の場合は始めから授業に集中できていない様子であるが……。
魔法が何故使えるようになったのか。謎の白い空間との関係性。多くの謎が彼を悩ませる。
「アシル?なぁ〜〜にをずっと考えているんだ?」
昼休みに、ロイとアシルは食堂にて食事をしていた。しかし、ずっとアシルの様子は考え事に浸っているようで、ロイが話しかけたとしても、受け答えは単純なものばかり。
「アシルーー?」
『どうしたらもっと先へ……』
ロイがアシルの肩に手を伸ばす。
『魔法があれば……』
ずっと、思考を巡らせているアシルの肩を掴むと、ロイは前後に揺らす。
「アーーーシルーーー」
「おわぁ、あぁどうした?」
「どうしたじゃないぞ。考えるのもいいけど、たまには頭を休ませるのも必要じゃないか?」
「そ……そうだな」
と、言いつつも結局一日中考え続けていたアシル。どれだけ退屈な時間を過ごしても、有意義な時間を過ごしても、時は動き続ける。
あっという間に、シィルミナとの稽古が始まる時間帯になってしまった。
「ふっ!!」
稽古の開始直後、シィルミナはアシルに向けて攻撃を仕掛ける。対するアシルはそれを受ける形だ。
基礎的な部分は、シィルミナとしては“合格”となったらしく、今はシィルミナが助言をしながらひたすらに剣を交えている。
まだシィルミナは全然本気を出していないわけだが。
『………………。おかしいわ』
稽古となっても、アシルの様子は変わらなかった。変わったことがあるとすれば、
『身体強化以外のことが、できれば………剣なんて』
彼の考える内容の事だろう。“どうすれば先に進めるか”ではなく、“進めれば今の意味が無いのでは”というように、心に揺れが生じていた。
『この稽古に……意味は―――』
シィルミナとの出会い、そして魔法にたどり着く前の彼は、【学園でのアシル】と、【魔法研究者アシル】という言わば裏と表が存在していた。
シィルミナと出会うことがなければ、学園での彼は見習いということを利用して剣を学ぶことに努めるだけで終わっていただろう。あくまで魔法研究のために作られた偽りの自分。
「どうしたの?」
だが、そんな偽りのアシルの前にはシィルミナがいる。
いち早くその変化に気づいたシィルミナは、表情を険しいものにしていく。
『困ったものね』
いつも稽古をしているシィルミナだからこそわかる。アシルの変化……。
しかし、その変化は体調不良なんて緩いものではない。「本当に」とシィルミナは呟く。
『魔法ができれば、剣はいらない………』
魔力をその身に取り込むことに成功したアシルは、大きく心が揺さぶられている。
シィルミナとの稽古の中で、少しずつ成長を遂げて来ている偽りのアシルの中に、『剣と向き合う』、『剣の道を歩みたい。強くなりたい』という感情が生まれ始めていた。証拠に、彼は無意識のうちに剣へ向けて手を伸ばしたり、自主的に剣を振ることがある。
そんな時に、本来の目的である魔法を生み出すことに成功してしまったために、彼の心の中では葛藤が生じてしまっていた。
「あまいわね」
そんなアシルの姿を見て、シィルミナは「はぁ」というため息をつきながら、言葉をぶつける。
シィルミナの連続攻撃が止まり、二人の間に不穏な空気が漂い始めた。
「まさか、最初に戻ったのかしら?」
まるで初めて出会った頃のような、何かを理由にして、それを自分の盾として使う。そうすることで自分から逃げているアシルの雰囲気を彼女は感じたのだろう。
「あなたは、誰………?」
いつものシィルミナとは雰囲気の異なる、冷酷で軽蔑するような言葉。「あなたはいつものアシルじゃない。私の知らないアシルよ」と言う意味が込められている。
その言葉とシィルミナの怒りを纏ったオーラが、アシルの心に深く突き刺さる。
「誰……って?おれは……」
彼は、『何を言ってるんだお前は』と言わんばかりの低い声で、シィルミナに対して、これまでにない程の鋭くて怒りに満たされた眼光を向ける。
閉じられた拳が強く、細かく震えるほどに。
「それでは、たとえ剣を捨てる道を選んでも、腐っていくだけね」
「なんだと?」
彼の怒りに、さらに燃料を加えるようなシィルミナの発言。続けて彼女は、アシルの心を爆発的に噴火させてしまうような言葉を溢した。
「無駄な努力……」
「無駄な努力?」
言葉には意味が含まれている。剣を捨てる道を選んでも、そうでなく剣を選ぶ道でも、今のアシルではどれだけ努力を重ねても無駄であると。
“俺は、もう失いたくない。だから――――”
シィルミナの言葉に対して、心の中で反論をし始めるアシル。
「あなたは、どうしてそうなの?」
シィルミナは構えていた剣を下ろす。
“俺は、憎いんだ”
大切なものを奪った剣に対しての憎しみの心は、そのまま残り続けている。これは決して揺るがないだろう。
「あなたの技術と
“強くなりたいんだ”
確かに、シィルミナが言うように彼の身体は成長してきている。しかし、彼は自分自身で勝手に成長に制限をかけてしまっている彼女は考えたのだ。
「心は、全く成長していないわ――――」
状況を第三者から見たとすると、黙って俯いているアシルに説教するかのように、冷酷な言葉を浴びせ続けるシィルミナの様子だ。
『俺がやっていたことは間違っていたと?』
シィルミナの声を聞いていないわけではない。無言で反論している。黙って自分自身にも聞かせるように。
『魔法研究することが、夢を見ることが無駄な努力だと?』
シィルミナ、いやもっと言えば彼以外の人間は魔法研究のことは知らない。剣を捨てたりする他の道というのは、彼からすると魔法研究に直結するだろう。
無駄な努力という言葉で、彼は魔法の可能性を否定されているように感じ、我を捨て始めたアシルは、シィルミナの言葉を聞くことすらもやめてしまった。
「いいわ。もう一度、その心の弱さを斬って、今日は帰るわ。――――二度と迷わないようにね」
真っ直ぐな目で、シィルミナはアシルを見る。
「ふっ、――――そうか。なら……」
笑うように、口角をあげる彼は、突き刺すような眼光をシィルミナに返した。
“見せてやるよ”
と…………。
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