29.強化魔法
「うっ…………………………」
彼が意識を取り戻すと、そこには何もない真っ白な空間が広がっていた。
何処まで続いているのかわからない白い空間に、彼はゆっくりと立ち上がる。
「ここ……は……」
足下を見ても、影などはない。本当に真っ白で、足を踏み出しても進んでいるのかすらわからない。
足音も、何も聞こえない。
「俺は何を……」
行く宛はないが、とりあえず彼は足を踏み出す。
『…………?』
ふと、彼は後ろに何か違和感を感じる。
ただの真っ白な視界の外、背後から伝わる異様な存在感で、踏み出す足を止めてしまうアシル。
『なんだ?』
彼は恐る恐る存在感のある方へ振り返る。
「ひか………り?」
真っ白な空間の中でも眩しく虹色を放つ存在が、アシルの背後に浮かんでいた。
『こんなところに…………?』
虹色の光は、彼の目だけでなく心すらも夢中にさせた。魅了する力を持つその存在は、アシルに何かを訴えていた。
「……………………」
彼の好奇心が刺激され、無意識の中で右腕がその存在に向けて伸びて行く。
いや、惹きつけられるような感覚だろう。
「いっ…………」
人差し指がそれに触れた瞬間、まるで強い静電気を食らったかのような、チクッとする感覚に襲われたアシル。その指をビクッと揺らす。
瞬間――――。
『うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー』
指先から引きずり込まれる感覚――――。
胸を貫こうとする鋭い痛み――――。
重力が何倍にも増したような身体の重さ――――。
憎悪、苦しみ、絶望…………。
ありとあらゆる感覚が、彼の身に覆いかぶさるように襲いかかる。
「くっ……………ぁぁ………………」
やがて気を失ってしまった………。
「はっ!?」
彼が次に目を開けると、そこには白い空間は広がっていなかった。
木で出来た見慣れた天井、固さを感じる背中。
「はぁ………はぁ……」
額に手を当てると、ヌルっとした水分を感じた。どうやら汗をかいていたようだ。
特に激しい運動をしたわけでもないのに、肌から汗が溢れて、呼吸は荒くなっていた。
「なにが……どうなってるんだ……」
時計の針は午前1時を指していた。
どうやら3時間ほど、彼は床で寝てしまっていたらしい。上半身を起こして見ると、彼の寝ていた周りには、クロスの破片や倒れた椅子が視界に入った。
「思い出せ………俺は水晶を……」
アシルは目を瞑る。
「そうだ…………………………水晶を割って、魔素が身体中を巡るような感覚に陥った。そして白いところで……………」
記憶がない訳では無いらしい。
彼は倒れるまでのことも、白い謎の空間のことも覚えていた。
彼は何度も何度も、魔素という未知を身体に取り込んでしまった。魔素自体は主に腕、局所的に取り込まれたのだが、経験のない人体からすると、それは毒のようなものだ。得体のしれない物が侵入した蓄積と、更に血流に乗って全身に回るほどの、魔力の侵入が重なったことによって、彼の身体は耐えきれなくなり倒れてしまった。
「そうだっ!水晶の魔素……………」
彼の右手近くには、水晶の破片が散乱していた。倒れた際に握っていた右手から外れ、散らばったのだろう。
「魔法はっ!?」
彼の中に取り込まれた魔力はどうなってしまったのか。右手から全身に伝わってきた魔力の感覚は、彼にはなかった。
「ふっ!!!」
彼は、なんとなく近くに割れずに転がっていたクロスを手に取る。そして握った左手に思いっきり力を込めるが、特に割れる様子はなかった。
「仮に魔法が使えるとして…………………………、どうやって使うんだ?」
クロスを握ったまま、アシルはゆっくりと立ち上がる。
「「身体強化っ!!」とか叫ぶのか?……………馬鹿馬鹿しいか」
何回か、彼は左手に力を込める。
しかし、割れる様子などない……。
「想像力……か?魔法が使えることを意識して……左手に集中……割れること想像して…………」
何気ない想像。
全ては仮定で、机上の空論に過ぎなかった。
「わっ!?」
だが、全ての空論は、
ガラスの割れる音と共に、
粉々に砕かれる―――。
パキンッ!!!と、
“奇跡”が、
具現化された………。
「いてっ!!!」
左手の中で割れたクロス。勢いよく握って割れたことにより、そのガラスの破片はアシルの手に浅く刺さった。
「わ…………………わわわわわわわ割れた……」
左手に残る結果が全てを物語っていた。
「ついに!魔法が……」
魔素が人体に、必ず悪影響を与えると誰が言ったのか。
魔素を取り込みすぎたアシルの身体は、それを拒むことはせずに、受け入れることを選んだようだ。それは生物が進化の過程で、環境や毒に耐性を持つのと同じ。謎の白い空間を経験した彼の身体には、小規模ながら魔力領域と魔法演算領域が構築されていた……。
「力が増したよな……」
割れることのなかったクロスが、簡単に割れたことが魔法が発揮された証拠と言える。
彼は、少しずつ自身の身体に起きた変化に、気づくことになるだろう。
「となると」
アシルはゆっくりと右手を伸ばす。
『火とか水とかは………………』
彼は頭の中で想像する。
右手から炎が吹き出してくるような光景を。
「そう………簡単にはいかないか」
右手に意識を集中させても、どんな想像をしても、身体が強化されるだけしかできなかった。
アシルが生み出した魔力は、例えるなら“無属性”なのだ。炎や氷など、様々な現象を起こそうとすると、それは演算領域での魔力変換が必要となってくる。
未熟なアシルでは、そこまで到達するためにかなりの努力が必要となってくるだろう………。
そんな演算領域が、自分に芽吹いているなんて知る由もないアシルは、
「力が増すだけか………、それじゃ使い物にならないじゃないか」
刻一刻と、朝日が顔を覗かせようと迫ってくる。
夜も深いため、彼は寝ることにしたのだった。
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