27.演算領域

「……………う…………ん」


 時は、シィルミナとの稽古から1時間程後。

 月が暗闇の空に君臨する――。

 外は静けさに包まれ、寮の廊下には多くの足音が響く中で、アシルは思考を巡らせていた。


「この魔素を……どうすればいいんだ……」


 太陽のエネルギーを集めることによって生成された微小粒子。そこから生み出された“魔素”と名付けられた可能性の種を前に、進む道を見失っていた。


「制御……制御かぁ………」


 魔の微小粒子から魔素に変換することは簡単だ。魔の微小粒子同士の衝突反応によって生まれてくる粒子が魔素であり、その魔素を集めることによって初めて魔の力として機能をする。

 アシルはその事に気づいてから、何度も何度も魔素を生成しては、自分の身体に取り込ませる。


「腕に取り込まれた魔素は……どこへ?」


 力が何故増加しているのか。

 進む道を見失ったアシルは、まずその疑問について考えることにした。


『血液?』

 まず1つの仮定。

 皮膚から体内に侵入した魔素は、血液とともに血管を巡っているという考えだ。


「でも、それでは全身に効果が出るはずだが……」


 血流で魔素が体内に存在しているのであれば、魔素が入り込んだ最初の腕ではなく、もう片方の手にも同じ症状が出るだろうと、彼は考える。


「やってみるか」


 再び魔素を生成したアシルは、空気中に漂う魔素の集合に左手を伸ばした。そして、彼が用意したのは細長いガラスの管だ。


『同じように……ふっ!!』


 2本のガラスの管をそれぞれの手に、まずは慎重に触るだけ。両方同じような感覚で左右の手を握る。

 これでどうなるのか。


『ん゛〜〜!!』


 パキッ!!と、左手のガラス管は簡単に割れてしまった。しかし、右手の方は割れずに少しずつ力を強くしてもなかなか割れなかった。


「左手だけ……だと?」


 魔素の効果が現れているのは、左手だけであることが判明する。ということは、血流に乗って全身に巡っていることはなく、取り込まれた魔素は左腕に留まっている。

 

『やはり……不安定ということだよな』

 それからアシルは、右手に取り込ませたり、両手に取り込ませたりと、様々な事を試した。

 結果としては変わらず、取り込んだ部分にのみ効果が出ていた。


『まさかっ!!逆なのか!』

 ふと、アシルは閃くのだ。

 “何処に行くのか”を追求していたアシルだが、それは実は逆なのではないか。“何処に行く”ではなく、行き場所がないからこそ、そこにまっているのでないのかと。

 何度も何度も彼は実験を行った………。


「魔素を取り込む容器?容量みたいなものが、必要……なのか?結局制御できないのも……」

 

 実験を繰り返す度に、彼は人体の限界に気付かされていた。

 そもそも魔法は未だかつて誰も触れたことも使ったこともない、人体にとっては未体験のものだ。

 アシルが気づいたように、魔素が人体に与える力というのは、空想世界では“魔力”と呼ばれ、魔力はそれを溜め込む必要がある。“魔力領域”と呼ばれる魔力を溜め込む領域があることで初めて、【必要に応じて取り出す】ということが可能になるのだ。

 しかし、それだけでは不完全だ。魔力を取り出す際に、加減出来なければ際限無く魔力は取り出されてしまう。取り出す量を調節しなければならない。

 加減するのも、魔力というものを使いたいように変換するのも、空想世界で言うところの“魔法演算領域”が人体になければ成し得ることはできない。


「こんなの………どうしろって言うんだ……」


 魔素――――。

 これは魔力としては非常に不安定な物質である。

 生成された魔素というのは、アシルが考えたように、光すらも取り込むほど、全てを取り込もうとしてしまう性質を持っている。

 この魔素を安定化させたものこそが、“魔力”と呼ばれて魔法に繋がるのである。

 不安定な魔素の状態では、人体に魔力領域が存在していても、領域に収まることはない。ある意味暴走状態と言っても良いだろう。

 結果、意図せずに力が増大してしまっている。


「ここまで来て、諦めるつもりはない……」


 魔力領域と魔法演算領域の構築――。

 そして魔素から魔力への変換。

 この過程を経て初めて、魔法というものを操ることができるだろう。

 それがアシルの求める“制御”というものだ。

 彼は諦めることなく、魔素を生成した。


 それが、人体に影響を与えてしまうとは知らずに………………。

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