25.綺麗な戦い未知の剣術
『右、左、上………』
素早い攻撃に、アシルは全力で剣を合わせて防いでいく。
カッカッカッカッという音と、両者の足音が途切れることなく大剣技場に響く。
『やられてるな』
『でもちゃんと防いでいる?』
『たまたまだろ』
攻められているアシルの姿をみる生徒達は、アシルの防御はすぐに崩されると考えていた。
だが、そうはならずに彼は的確に、シィルミナの攻撃を防いでいく。
『右、左、上段』
最初は押され気味だったアシルだが、少しずつ余裕が出てきていた。それには理由があり……。
『まただ……。右、左で上段……これは、まさか』
周りで見ている生徒達の多くからは、その攻撃を間一髪でアシルが防いでいるように見えているが、攻撃を受けているアシルは違った。
『これは、決闘のときと同じ!?』
アシルとシィルミナの決闘。
その際にシィルミナが繰り出した連続攻撃のリズムとパターンが同じであることに彼は気づいた。何より身体が覚えていたため、防御がしやすく余裕ができていたのだった。
『まだ生き延びてるのか、諦めろよ』
『おお、攻められているな』
『無理だよ、無理無理』
そうしている間に、同時に開始した他の試合は全て決着となったらしく、他の試合を見ていた観戦者達も視線を移し、二人の模擬戦に全ての視線が集中した。
『また……また俺は弄ばれてるのかぁぁぁ!!!』
怒りが湧いてきたアシル。
その連続攻撃を止めるために、シィルミナの攻撃に合わせて、今度は防ぐのではなく“弾く”ために、シィルミナの剣に向けて力強く剣を振る。
「…………っ」
カッ!!!という大きな音とともに、シィルミナの剣は大きく弾かれ、アシルはそのままの勢いで剣を横に流す。
『これよ。待っていたのは』
瞬間――。
アシルに大きな隙ができる形となってしまった。
シィルミナはそこを狙って、弾かれた剣を切り返し、すかさず胴体を狙って攻撃を仕掛ける。
『くそっ!!どうする?どうする?』
アシルの胴体に彼女の攻撃が迫る――。
『避けられない、剣では防げない………ならっ!!』
アシルから向かって左から迫る攻撃。
彼は、その攻撃に対して避けることも、剣で防御することもできないことを悟って、思いがけない行動をする。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「アシル!?」
シィルミナも意表を突かれた防御方法を、彼は咄嗟に行ったのだ。
『左手で防ぐなんて!?』
両手で握っていた剣の柄から、左手を外して折り曲げるように胴体に寄せる。なんと、左手手首でシィルミナの一撃を受けたのだ。
『手に当たることは問題ないんだろぉ!?ならくれてやるよ!!!』
驚きのあまり、攻撃の手が止まってしまうシィルミナ。
アシルの左手首に、自分の振った剣が当たっていることを視界に捕えると、思考が止まってしまった。
『ちっ、手かよ』
『無様ね』
観戦していた生徒達からは嘲笑う声や、飽きれた声が聞こえる。
攻撃の手が止まったことで、一瞬だけシィルミナに隙ができる。そこを狙ってアシルは剣を振り下ろす。
『あなたらしいわねっ!!!』
さすがと言うべきだろう。
彼女は心の中でそう叫ぶと、アシルの攻撃に対して、防御を間に合わせてみせた。
カッ!と言う音で両者の剣は再び止まる。
『悪いなシィルミナ。見習いだからな』
驚いて動揺をしているだろうシィルミナに対して、アシルはさらに意表を突くような攻撃をする。
『綺麗な戦いができるほど……』
アシルはその状態のまま、片足を浮かせる。
『強くないのさっ!!!!』
浮かせた足で、シィルミナの両足を引っ掛けてバランスを強制的に崩す、卑怯とも言える手段に出たのだ。
『何だあいつ!?』
『卑怯だわ!?』
シィルミナの身体は、堪らず後ろへと崩れ始める。
彼女は咄嗟に左手を自身の背後に回し、地面に転ぶのを防ごうとする。ただ、彼女はそれだけでなく、同時に右手の剣を目の前に構えて、アシルの追撃を防ごうとする。
『やっぱりそうなるよな。だから!』
アシルは、攻撃が通用しないと感じながらも、崩れるシィルミナに向けて攻撃を繰り出す。けれど、その攻撃は勝ちを狙ったものではなく……。
「いっ……たっ……!!」
剣を握る右手。
彼はシィルミナの右手首に向けて攻撃し、痛みを伴うほどの一撃を当ててみせた。
『綺麗な戦いじゃないけど、これでやっと当てられたぞシーナ』
シィルミナは左手を地面に着けると、そのまま転がるように受け身を取って、体勢を立て直す。
「アシル……」
「「本気で」って言ったのはそっちだからな」
「いいわ、私も本気でやってあげる」
体勢を立て直したシィルミナだが、小刻みな震えと痛みが右手を襲い、剣を握る握力も弱くなってしまった。
『これでお互いに片手だな』
アシルは左手、シィルミナは右手を痛めることとなり、両者片手での戦いになる。
『時間がないわ。一気に決着をつけてあげる』
シィルミナは左手に剣を握る。
握るのだが……、
「なんだと!?」
その姿を見て、アシルや観戦者である生徒達が驚きの声を挙げ始めた。
「逆手……だと!?」
彼女の左手に握られている剣。
それはなんと、逆手に握られていた。
本来、順手で握って振るう木製剣、逆手に握るには少し長いように思えるが、本気になったシィルミナにそれは関係ないのだろう。
「決めさせてもらうわよっ!!」
考える暇も与えずに、シィルミナは逆手の剣を使って、アシルに向けて攻撃をする。
経験したことのない逆手の攻撃は、アシルを激しく動揺させる。
片手とは思えないほどに強くて重い一撃が、少しずつアシルの体勢を崩していく。
「くっ!?がぁぁぁ!?」
今までより素早い剣撃に、アシルは対応ができなくなり、右手に握る剣を大きく弾かれて、胸部に大きな隙ができてしまった。
「楽しめたわ」
振り抜かれたシィルミナの左手。横一線に振り抜かれてはいたが、彼女は左肩の真上に流した剣を離して、瞬時に逆手から順手へと持ち変える。
決着の時が訪れた――ーー。
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
痛む右手を柄に添えて、右胸部を狙った鋭い突きを、アシルは避けることはできなかった。
一撃を食らうと共に、そのまま後方へと突き飛ばされたアシルは地面に転がるようにして倒れる。
『はははっ!無様だな』
『見習いごときが』
『でも、ここまで戦うなんて……』
『つ……よ…い?』
アシルの姿を見て笑う者もいれば、そうでない意見も少しずつ聞こえ始めるのだった。
「本当に剣羽なのか?」
様子を見ていたエリシア先生は、思わずそのようなことを呟いた。
『はっ!?』と我に返ったように、驚いた表情を見せた先生は、
「そこまでっ!!!」
大きな声で模擬戦の終了を告げた。
こうして、模擬戦はシィルミナの勝利で幕を閉じることとなった。両者手首の痛みは試合後、徐々に収まったようで、大怪我とはならなかった。
「くっ……!!」
他の生徒達が片付けをして大剣技場を後にする中、悔しがるように地面を叩くアシル。
「綺麗な戦い方ではなかったわね」
「そんな余裕はない」
座り込むアシルの元に、シィルミナが歩み寄る。
アシルは顔を見せたくないのか、悔しいのか、シィルミナから顔を背ける。
「でも、ありがとう」
「え……?」
顔を背けていたアシルだが、その言葉を聞いて驚いたようにシィルミナに顔を向ける。
「やっぱり、あなたを選んで正解だった」
「なら、よかった」
差し伸べられた彼女の左手――――。
アシルは痛む左手だけでなく、右手でも握って立ち上がるのだった…………。
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