24.約束された敗北

「それでは、始めっ!!!!」


 エリシア先生の掛け声で始まる模擬戦の最終組。

 一番注目されているのはもちろんシィルミナだ。どのような“美しい”剣技を見せてくれるのか、“楽勝”や“負けるはすがない”という考えがほとんどだ。


『所詮は見習い』

『手も足も出ないでしょう』

『あ〜〜可哀想可哀想〜』


 周りの生徒たちの目は冷酷なものばかり。

 開始して早々にシィルミナが攻めに行き、その攻撃を防ぐ事ができずに決着する。仮に防げてもシィルミナの連続攻撃を全て捌くことなんて無理なため、そのまま押し切られて決着に至る。これが観戦者達のシナリオだ。

 先に仕掛けるのはシィルミナだと――――。


『はぁぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!』


 だが、実際は違うシナリオで進行した。

 開始して早々、先制攻撃を仕掛けたのはアシルだったのだ。『とりあえず相手の様子を窺うぞ』と言っているかのような雰囲気で、剣を構えていたアシルから繰り出される先制攻撃。

 攻撃は観戦者からことなく、一歩を踏み込んだかと思うと、一気にシィルミナに向けて斬り掛かっていく。


『シーナから攻められたら終わりだな』


 大剣技場の外で、一人模擬戦のイメージするアシルは、賭けの決断をする。

 

『シーナは、最初に俺の様子を窺うはずだ。それなら一気に詰めるしかない』


 シィルミナとの稽古を思い出す。

 何度も何度も斬り掛かっては避けられ、距離を取られてしまう。しかし、模擬戦では距離を取ることはしてくれないと彼は考えたのだ。

 つまり、シィルミナの方から距離を詰められる状況になれば、巻き返せる可能性は極めて低い。


『チャンスは一度だけ。できるのは開始直後だ』


 開始直後に先制攻撃を仕掛ける――――。

 彼女の意表を突くことができるとすれば、これしかないと彼は感じた。


『稽古と同じ状況なら、斬り掛かった後にシーナがどうするのか予想ができる……はずだ』


 シィルミナがどのように避けるのか、反撃するならどうするのか、最も予測しやすい形であることは確かだ。

 しかし……、


『決め手がある訳では無い。そこから先は賭けになる』


 斬り掛かっても、シィルミナはそれだけで通用する相手ではない。

 その先は、稽古での経験を使って、直感的に攻撃を繰り出すしかない。彼には決め手になるような技も、明確な突破口もないのだから。


「…………………っ!?」


 そうして生まれたアシルの速攻作戦。


『見習いが斬り掛かる!?』

『捨て身ね。シーナさんには通じないわ』


 観戦者達に予想外の展開なのはもちろんのこと、シィルミナも予想していたかった状況らしく、驚いた表情を浮かべながら、アシルの攻撃を受ける。


『考えたわねアシル。でも、それでは稽古と同じよ。何度やっても……』

 

 思ったよりアシルが好戦的だったことを受けて、そんなことを思うシィルミナ。

 シィルミナは、アシルの攻撃に対して、右に身体を流すようにして躱す。

 彼女が、予想していなかった攻撃に対して少しでも驚いたことが、良い効果を生んだと思われる。全く見せたことのない動きや反撃になっていたのであれば、その時点で勝機はなくなっていただろう。


『躱したかっ!!だとすれば』


 右下から左上へと斬り上げたアシルの攻撃は、予想された通りに空を斬る。

 

『ここで俺がよくやるのは……』

『あなたがよく繰り出す攻撃は……』


 “そのまま左に向きながら斬り掛かる――”


 両者、これまでの経験から次の動きを予想する。

 この状態になると、アシルは左に向きを変えながら、振り上げられた剣を斜めに振り下ろす右袈裟斬りで追撃をする。

 両者それはわかっている。だからこそ、アシルは咄嗟に違う行動に移らなければならなかった。そうでなければ、シィルミナに主導権を握られてしまう。


「ふっ!!!!」


 彼は咄嗟に右袈裟斬りではなく、振り上げられた剣を倒して剣先をシィルミナに向ける。その状態で止まることなく、流れるように彼女の心臓へ向けた“突き”を繰り出す。

 躱したことによって、シィルミナから向かって右の方に剣の位置がずれて、心臓部が隙となっていた。アシルはそこに目をつけて、今までとは違った攻撃を行った。


『面白いわね、でもっ!!』


 剣を弾いて防御することは間に合わない。もう一度右に躱すことも、不可能だと感じたシィルミナは、両足を曲げて体勢を低くする。

 すると、アシルの剣はシィルミナの髪の間をすり抜ける形となってしまい、追撃は失敗となった。


『くそっ、だめか。追撃が来る!!』


 突きをしたことにより、アシルの体勢は少し崩れて、さらなる追撃に繋げられない。

 隙を見せてしまえば、シィルミナの反撃が来るとわかっていたため、彼は突き出した両手の方向にわざと体重を乗せる。その勢いを使って地面に向けて飛び込んだ。


「ぐっ…………ぁぁ」


 予想通り、シィルミナは低い体勢のまま、背後を狙って剣を振ってきた。

 アシルは両手を地面につけ、前転しながら背後からの横一文字攻撃を躱す。


『危ない……』


 前転の後、すぐにシィルミナの方に身体を向ける。彼女であれば、低い体勢から斬り掛かって来ることもできたのだろうが、追撃はなかった。

 両者、相手の動きを警戒しながら立ち上がり、再び剣先を向け合う。


『運がいいわね。見習いごときが』

『シーナさんに弄ばれてるだけだろ』


 批判の声は止まることはない。生徒達の中には、アシルが無様に敗北する姿を、楽しみたくて見ている者もいるのだから。


「まだぁぁまだぁぁぁ!!!!!」


 またしても、アシルが攻撃を仕掛ける。

 同じように踏み込み、一気に距離を詰めるが、今度は袈裟斬りではなく上段の構えから振り下ろす真向斬り。


『立ち向かう勇気。それは認めてあげる。でも無駄よ』


 今度は躱すことはせず、剣を横に倒した状態で、アシルの攻撃を防ぐシィルミナ。

 カッという音とともにアシルの剣は防がれ、つば迫り合いの状態になる。


「やる気ね」

「そうさっ!!」


 短く言葉を交わすと、両者後ろに引いてまた距離を置く形となった。

 “もう一度”とアシルは攻撃を仕掛けようと考えるのだが、


「はっっっ!!」

 

 次はシィルミナが仕掛ける。アシルが踏み込むより先に攻撃を仕掛けて、決着をつけようとする。


『さすがにもう通用しないか!!』


 予測をしていたのか、アシルはすぐに防御の体勢でシィルミナの攻撃を受ける。


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