23.一瞬の誤ちが引き起こす

『はぁぁぁぁっ‼‼』

『くっっっ⁉』

 そんな中、試合は少しずつ進行していく。

 すぐに決着となる試合もあれば、最初から両者が出方をうかがう展開になる試合もある。拮抗した試合は観戦者の目を惹くものがあり、模擬戦は大きな盛り上がりに包まれている。

 このティアハイト学園に入学してから、学園生活を共にする仲間達の実力を、初めて見ることができる機会とあって、どの試合にも注目が集まった。今までの授業は座学が多く、剣を握る機会は基礎的な動きや体力作りとして体を動かすことであった。決闘形式であればそれぞれの実力が発揮され、改めて差を感じたり、自身がどの程度にいるかわかるだろう。


『楽勝かな』

 しかし、本来の実力を発揮することもなく模擬戦が終わることもあり、発揮するほどでもない実力者や、わざと実力を隠す真の強者がいることも事実である。


「この次か……」


 大剣技場は大きな歓声に包まれており、それは外にいるアシルにまで届いていた。歓声には波があり、アシルは歓声が静かになる時間を、5組が交代をする瞬間と考えて、自身の順番予測をしていた。

 その予測通りに進行しており、それぞれ5組一斉に開始される試合は同じ5組がすべて終わるまで待ち、終わると次の5組に交代する。


「どこ行っていたのかしら?」


 会場に戻ってきたアシルに声を掛けたのはシィルミナである。

 他の生徒は4番目の5組が模擬戦をしている姿に釘付けとなっていた。その隙に周りを見渡して、彼女は模擬戦相手となるアシルを探していたようだ。


「どうも、この雰囲気は俺には合わない」

「合う合わないじゃなさそうだけれど。もしかして、緊張?」

「してない」

「一応は、大丈夫そうね。本気でやってくれれば文句ないわ」


 シィルミナはアシルに背を向け、4番目の組の中で最後まで拮抗した試合に目を向けた。

 そんな後ろ姿を見ながら、静かに腰の剣に手を添えるアシルは、柄を握るとぎゅっと力をめる。


「面白い試合よ、あそこ」

「面白い?」

「えぇ、見ておくといいわ。なんと言っても……」

 

 他の試合が終わる中、未だに決着がつかない試合――。

 大きな歓声と観戦者に囲まれた中、生徒達の隙間からアシルが見たのは、二人の剣士がお互いの攻めを窺っている姿。


『…………』

『……っ‼‼』

 両者剣先を向け合う中、アシルから向かって右に見える剣士が攻撃を仕掛ける。

 予備動作のない瞬発的な動きと、急加速する剣技の速度。しかしそれは対する相手も負けている訳でではない。その攻めに動揺する素振りはなく、予測ししていたかように、冷静に剣を合わせていく。

 カッカッカッカッ‼と、両者攻撃を弾き合う。攻撃の応酬だが、アシルがシィルミナにやられてしまうような、バランスを崩したり大きな隙を作ってしまうことがない。

 お互いに隙が生じないからこそ、距離ができれば駆け引きが生まれ、縮まれば攻撃の応酬が始まる。


「まるで……、シーナ同士が戦っているような」


 いつの間にか、アシルもその試合に釘付けとなっており、思わずそんな言葉を溢していた。


「だから面白いって言ったでしょ?私と同格の二人、三等剣士同士の戦いなんだから」

「シーナ以外の残り二人の三等剣士……その直接対決か」


 すると、アシルから向かって右の剣士が仕掛ける――。

 右上から斬りかかる、右袈裟斬りを繰り出したかと思えば、剣先は急旋回して、腹部へ水平の左一文字の攻撃へと変化した。対する相手剣士は、一瞬だけ剣先がぶれた瞬間を見ただけで、水平な一文字斬りが本命と的中させ、防御の構えから同じ左一文字を繰り出す。


『――っ‼』

『はぁっ‼‼』


両者横一文字斬りが迫る中、後手に回った剣士は、先に仕掛けた相手が僅かに早いことを悟る。すると、剣先を深く下げながら重心を左に大きく流して、攻撃が腹部に直撃する時間を、可能な限りに遅らせようとする。

 そして地面に対して直角に近いような角度になった剣は、相手の横一文字斬りを直撃する寸前で弾くことに成功する。重心を左に流した際に、剣に体重を乗せていたため加速力は大きくなり、間一髪で間に合うことができた。


『ぁぁぁぁぁぁっ‼』

『くっっっ‼‼』


 重心を乗せた防御は相手の剣を大きく弾き、相手胴体に大きな隙を作る。

 だが、重心を左に流れるとともに、剣に乗せたためバランスを取り戻す必要があった。そのため追撃とはならなかった。仕方なく、勢いのまま一回転して体勢を整えると、剣先を相手に向けて、上段の構えで相手に視線をぶつける。対する剣士は弾かれた後に、追撃を予測して中段の構えでこちらも視線を相手にぶつける。


「攻め方を間違えたわね」

「左の方がか?」

「いえ、どちらもよ。攻撃を仕掛けて相手の意表を突こうとしたのはよかったけれど、右上から左の胴に向けて切り返したのが間違いね。でも切り返しが速かったから、得意としている攻め方かもしれないわね。対する相手、いち早く悟って攻撃に転じたのは素晴らしいけど、あの状態なら頭を狙った一撃が一番早い。それで勝ちもあったわ」


 アシルは首を傾げた。


「わからない……。違う攻撃になることが予測できたことも」

「それは単にあなたの経験不足よ。わかるようになるわ」

「なんか――」

「どうしたの?」

「いや、何でもない」


 横に立つシィルミナの視線から避けるように、アシルは顔を背ける。


「そこまでっ‼‼‼」


 両者が睨み合う中、決着がつかないと感じたのか、エリシア先生は歓声をかき消すかのように、大きく叫ぶ。

 大きな歓声はそれによって一瞬にして静まり、「もっと見たい」という声が聞こえてくる。


「気持ちはわかるが時間切れだ。今回は引き分けとする」


 こうして終わる4番目の模擬戦。歓声が激しくなるほどに、生徒達を魅了した剣士たちは、フィールドを後にして観戦者となる。

 ようやく……、


「刺激になったかしら?本気で来なさいよ。アシル」

「そもそも、手を抜く余裕がない」


 両者、フィールドに立って剣先を向け合う。


『シーナさーーん‼』

『やれやれっ‼』

『瞬殺よ、きっと』


 大きな注目の中、アシルとシィルミナの模擬戦が始まった――。

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