22.イメージと条件

「これより、模擬戦を行う」


 二人一組ができたところで、生徒達はエリシア先生の元に、再度集まる。

 模擬戦と言っても、【所詮授業である】と考える者、本気で取り組もうと思う者、そして異なったの楽しみを得ようとする者……と考えは様々だ。


「では、今回の模擬戦のルールについて説明する」


 模擬戦は、相手との一対一形式で行われる。

 しかし、シィルミナとアシルが普段使用している剣技場と、大剣技場では広さが大きく異なるため、5組が一斉に模擬戦を開始することができる。

 剣技場は真ん中にバツ印と二本の線、周りを囲む線が引かれている円形のフィールドとなっているが、その部分に変更はない。


「相手の【頭・首・心臓・腹部】このいずれかに攻撃を先に入れることが勝利条件となる」


 つまり、急所となりえる場所に攻撃を入れた方が勝利となる。

 逆に腕や手、足は今回の条件に該当しないため、そこの部位に当たることは問題とはならない。加えて例外もあり、相手の顔を狙った一撃は故意でなくとも反則となる特別なルールが設けられていた。理由としては、顔を覆う防具を使用しないため、大怪我となる危険性が高いからだ。

 もちろん練習用の鉄剣の使用は不可で、木製剣の使用のみが認められる。


「どこまで勝負になるかしら」

「それは稽古の結果を踏まえればわかることだろ?」

「さぁ、それはどうかしらね」

「内心、楽しんでるだろ」


 今まで真剣な表情を浮かべていたシィルミナが、少し笑ったように感じられた。


「それでは、それぞれ代表者は前へ」


 二人のうちどちらかが、説明をするエリシア先生の目の前に並び、二人の名前の登録することと、試合順について決定する。


「俺が行って……」

「いえ、私よ。誘ったのだし、私が行った方がいいでしょ」

「お、おう」


 アシルのことを気にしてなのか、シィルミナはアシルの言葉をかき消すように告げて、前に集まる集団の中に向かっていった。

 このAクラスは30人。5組が一斉に試合をすることになるのだが、シィルミナとアシルの試合は最後の5組に含まれることとなった。

 早速、最初の組がそれぞれフィールドに向かい、その他の試合がない生徒達は、周りの壁際や剣技場の外周に設けられた階段状の観戦用スペースで観戦や会話を楽しむ。


「一番最後だから、退屈ね」

「あぁ……そうだな」

「気になったのだけれど、なんでさっき「よろしくお願いします」なんて言い方したの?」

「周りの雰囲気に乗っただけ」


 あの状況で、「よろしく」なんて馴れ馴れしい言い方をすれば、『生意気』と騒がれたことだろう。シィルミナとアシルの関係を悟られないようにする意味も含めてアシルは言い方をした。


「あなたらしいのか、あなたらしくないのか……不思議ね」

「面白がってるな」

「実際、面白いもの」


 微笑むシィルミナに背を向けたアシルは、大剣技場の入り口に向けて歩き始めた。どうやら他の試合を見る気はないらしく、試合の砂埃や木製剣のぶつかり合う音、周りの生徒の声が響く空間から離れようというのだ。


「どこへ行くの?」

「――――ちょっとな」

「そう」

「試合には戻るよ」


 背を向けたまま、シィルミナに言ったアシルは大剣技場を後にする。


『シーナさん‼』

『シーナさんあちらで試合を見ませんか?』


 アシルが立ち去った後、立ち去る後ろ姿を見ていたシィルミナの背中に、取り巻きの生徒達が声を掛ける。このような状況でも、取り巻きとなる生徒は彼女の周りに集まる。

 シィルミナは断る理由もないためか、その誘いを受け入れて、より取り近い場所で模擬戦の観戦しようと向かう。


「シーナは人気だな」


 大剣技場から外に出たアシル。

 外と言ってもあくまで囲われた部分から出ただけだ。どちらも、青空に輝く太陽に直接照らされる場所であることに変わりはない。

 アシルはシィルミナから離れる前に、数人の生徒が彼女を目的として向かってきたことを横目で捉えていた。加えて大剣技場の雰囲気は彼にとって居心地が良くないのだろう。


「模擬戦か……まさかシーナと」


 模擬戦の時点で、アシルにとっては地獄の幕開けのはずだが、運命の悪戯と言えるシィルミナとの模擬戦。

 稽古の時点で、彼女とアシルの間にある実力の差は歴然だ。彼女が本気でないことも彼は感じていた。周りの生徒はアシルの姿を見て楽しもうとしている。完全に見せ物で、相手の空間に染まる中での戦いとなる。

 ただの模擬戦、授業――――。


「………」


 無言で、腰に刺さっている木製の練習用剣に手を近づける。

 太陽の光が当たらない影となる場所で、その柄を握るアシル。


『あなたの動きはわかりやすい。相手に悟られないように無駄は捨てないといけないのよ』

 目を瞑れば、思い出される数日前の光景――。


『私には、剣が握れない人の動きには見えなかったわ。まだこれでも剣が嫌だと?』

 残り続けるシィルミナの言葉――――。

 目を瞑っても真っ暗なはずの世界、しかし広がるのはシィルミナの言葉や表情ばかり……。


【剣を捨てるなんて逃げてるだけじゃない!!!】


 しばらくして、彼は目を開く。

 目の前に広がる世界には、いつの間にか腰から抜かれ、自身の両手に握られている木製剣。


「剣……なんて」


 剣を握る両手に力を込めて、腰を低くして両足に体重をかけるアシル。

 大剣技場の外、陰となる場所、人気のない静かなの空間に、風の音と靴と地面が擦れる音が響く。

 彼の視線の先には、自身の握る剣の先とそのさらに奥には、数本の木や草の地面が広がっている。剣先の向かう先には相手はいない。


「踏み込み、そして悟られない動作。最初の構えから踏み込むまで、足はずらさない……」


 相手など必要なかった。


「はぁぁっ‼‼」


 アシルには、何度も何度も届かせようとしても届かない、相手と対峙した焼き付くほどのイメージ記憶があるのだから。

 そこにいると仮定するシィルミナとの対峙。彼女がどのような躱し方をして、どのくらいの距離を置くのか、追撃を入れてくるのか。頭の中で彼女を動かしてそれに合わせた動きをする。


『ふ~ん、やるじゃん』


 見られてるとも気づかずに……。

 

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