21.陰と陽の組

「二人一組はできたか?」


 アシルとシィルミナがいつも使う剣技場よりも、広くて大きい“大剣技場”と言われる場所で授業は始まった。

 アシルと同じAクラスの生徒たちが集められてはいるが、特に並びの規則があるわけでも、順番があるわけでもなく、エリシア先生の姿が見える場所で生徒は指示を待つ。

 『二人一組』という指示を聞いた生徒達は、それぞれ周りを見渡して相手を探し始める。

 ジャリジャリという靴が地面に擦れる音と砂埃が足下に漂う。


「お〜い、アシル」

「ロイか」


 そんな集団の隅で、「はぁ……」というため息をつきながら、地獄とも呼べる指示に対してどうするか悩むアシル。

 そんな彼の肩を叩くのは、同級生のロイだ。ロイは困っているアシルの姿を見たのか、それとも困っているだろうと予想したのかは定かでないが、指示が出た後に周りを少し見渡して、アシルの元に歩み寄った。


「『ロイか?』じゃないだろーー」

「二人一組か。ちょうど困ってたところだ」

「そう言うと思ったぜっ!!!俺と……」


『俺と組もうぜ』

 言葉の途中で、ロイは言葉を発することを中断する。

 彼は笑うような表情と、ため息をつくように軽く肩を上下させ、『そうか』と心の中で思う。


「いや……、やめておくよ」

「どういうことだ?」

「先客がいるみたいだからな」

「先客?」


 ロイはアシルの目から視線を外し、アシルの背後に視線を向ける。

 アシルは、そのロイの視線の先が自身の背後だと気づくと、視線を追うようにして振り向く。

 そこには……、


「………」


 何も言わず、ただ真っ直ぐな視線をアシルに向けているシィルミナの姿が彼の視界に入る。

 一方のアシルは、彼女がいる驚きのあまり視線を返すだけで、言葉が出てこなかった。数秒間だけだが、一秒が数倍にも長くなったようにも感じられる瞬間であった。


「じゃ、アシル……頑張れよ」


 アシルの耳元に顔を近づけて、小さい声で言ったロイは、アシルの元から立ち去る。ロイはすぐに他の生徒に話しかけて、あっさりと二人一組を完成させてしまうのだった。

 もうアシルに残された道は――――、


「――――私と組みなさい。アシル」


 この誘いを受け入れるしかないということになる。

 エリシア先生からの指示があった後すぐに、シィルミナの周りにクラスの三分の一くらいの生徒が集まった。シィルミナと戦えるチャンスと考える者、ただ二人一組でシィルミナと組むことが目的の者、いつもの取り巻き達がシィルミナに近寄る。


「ごめんなさいね」


 そんな生徒達に、彼女は冷たい一言だけを放ってすべてを断る。

 堂々と険しい表情を浮かべながら歩くと、生徒達の囲いはシィルミナ避けるように崩れていく。彼女は切り開かれる日の先に佇む目的の人物に向けて、迷うことなく歩く。そうしてアシルの前にたどり着いた。


『シーナさん!?そんなやつじゃ相手になりませんよ!!』

『後悔しますよ!!』

『私の方が!!』

 

 予想される通り、彼女の取り巻きを中心にして批判の声が挙がる。

 しかし、そんな声はシィルミナの耳に響かなかった。正確には全く聞く気がなく、目の前にいるアシルに真剣な眼差しを向ける。

 鋭い眼光を受けて、アシルはある出来事を思い出した。


 それは、彼女が今のと同じように真剣な眼差しをアシルに向けた、入学初日の出来事だった。


『その間違った考え、剣に対する恐怖心、見習いを逃げ道にしているその弱い心……すべて……』


 シィルミナは片手に握っていた剣に左手を添えて、剣先をアシルの目の前に突き立てる。

 アシルが驚いた表情で顔を上げると、


『私と決闘しなさい!!!!迷いのすべて………、私が断ち切ってあげる!!!!』


 宣戦布告を受けたあの時と変わらない雰囲気を漂わせるシィルミナ。

 もちろんその表情に笑顔など存在しない―――。

 二人の状況を見た周りの生徒は、本気のシィルミナの雰囲気を感じ始める。


、まだ怒っているんじゃないのか?』

『お怒りね。あの表情は』

『思い知らせる良い機会ですものね』

『はははっ、痛い目見るぞ。あいつ』


 次第に批判の声は、異なった考えと意見に変わってしまった。

 アシルが無礼を働いた事件についてシィルミナがまだ怒っており、アシルに対して『思い知らせてやろう』と思っていると生徒達は捉えたらしい。

 思わせるためにわざと真剣な雰囲気をしているのか、授業だからと言ってもアシルと組めば稽古と状況は変わらないから真剣なのか、彼女にしかわからない考え方だがそれが良い方向に向かっていた。

 おかげで、二人が組むことに対して疑問や反対する者は消え行く。


『面白そう!!』

『差を見せつけてくださいシーナさん!!』

『そういうことなら、見習いに譲ってやるよ』

『二度とその澄ました顔できないくらいに』


 ”見習いが三等剣士の彼女に勝てる訳がない”という考えが、アシルとシィルミナの組み合わせを促す形となる。

 気づけば周りには、アシルが手も足も出ず、無様に負ける姿を楽しみたいという感情が溢れていた。

 そんな周りの雰囲気、そして断ればより批判は強くなる。今後の視線がさらに鋭くなり居場所が失われてもおかしくない。加えてアシルには他に相手となってくれる生徒がいない。彼が”見習い”という事を気にしないのはロイくらいだろうと彼自身も感じている。面白がってでも組もうものなら、他からどう見られるかわからないからだ。”今”だけでなく”今後”ずっと距離を置かれる存在になってしまう可能性もあるため、誰も彼と組みたがらない。

 したがって、アシルの返答はひとつだ。


「了解。よろしくお願いします」


 こうして、アシルとシィルミナの組み合わせができてしまった……。

 

 

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