20.想定外は訪れる
「力が増している!?」
無惨にも折れてしまったペンと、自身の右手を眺めるアシル。
彼の右手は違和感がないのに勝手に力が増幅されているようだ。違和感がないということは、無意識に身体強化されているということ。
「でも、これでは」
『無意味だ』
彼はそう思うのだ。
彼だけではなく、誰しも思い描く“魔法”というのは、都合の良い時に力が増し、頭の中にあるイメージを具現化できなければ意味がないだろう。
「制御できなければ、魔法とは呼べないな」
炎・氷・水など、自在に出現させて、操ることが思い描く魔法だ。力であっても、増幅させたいときに増幅させ、不要となれば無効にできなければならない。
今の状態では、力として人間の限界を超えることが出来ていても、その効果がいつ切れるかわからない。いわゆる不安定なのだ。
「あの黒い霧のようなものが吸い込まれて力が増した。ということはその吸い込む量や質によって持続時間、力の強さは変わるのか?」
アシルの疑問は増えていくばかり。
『量で持続時間が変化するとしたら、それは何処に溜め込まれるんだ』
増幅の原因は黒いモヤであることは明白だ。
そこで、吸い込む量・その質によって増幅に変化があるのか、さらに吸い込まれた黒いモヤは身体の何処に
この力を使いたいときに引き出し、不要になったら無効とすることができて初めて“魔法”と言えるだろう。
「ただ……光は見えたな」
彼は生み出された『微小粒子』や『謎の黒いモヤ』を“魔の微小粒子”と魔法の素となることから“魔素”と名付けて、さらに研究を続けることにした。
その後、月が顔を覗かせるまで研究を続けたが、彼の研究に進展はなかった。
「あ〜〜〜〜」
一日研究をしていたため、疲れたのか彼は身体を伸ばす。
研究中は座ってることが多いため、身体を動かすこととは違った疲労が襲ってきているだろう。
「ん?」
気づけば夕食の時間だ。
それを知らせるかのように、部屋の扉が小刻みに揺れながらコンコンコンと音を鳴らした。
「ロイか?」
机に並べられた研究道具に、アシルは大きめの布を被せる。仮に部屋に入られた場合に見られたくないからだろう。
「今開ける」
研究道具が隠されていることを確認し、扉に近づくと、カチャッと鍵を開けてドアノブを回し、ゆっくりと扉を開ける。
「飯の誘いか?」
時間的にその誘いであることは間違いない。そしてアシルの部屋に来るのはロイしかいないと来客の想像はできていた。彼はドアを開けながら、心の中で『夕食に行くか、それか断るか』という選択肢に迷うのだった。
「そうね。夕食の誘いよ」
「――――――っ!?!?」
ドアを開けると、そこにはロイ…………ではなく、青白い綺麗な髪の女子生徒。
「な…………なんで」
「なんでって、夕食に行こうと思ったのよ」
「違うっ!!どうして堂々と俺の部屋の前にいるかってこと!!」
「部屋なんて調べればわかるし、別に男子寮に女子が入ってはいけないというルールはないはずよ」
「そ………そうだけど……」
アシルを夕食に誘いに来たシィルミナ。
男子寮に女子が、女子寮に男子が入ってはいけないという規則は設けられていない。だが、男子が女子寮に入ることはかなり勇気が必要なことで、“
「お邪魔だった?それなら帰るけれど……」
「いや…………、そんなことはないよ」
アシルは警戒するように廊下を見回す。
そんなやり取りをしている間に、廊下でシィルミナの姿を見た男子たちが集まってきていた。シィルミナのことだ、おそらくここに来るまで隠れたりなどしていないだろう。
普段目立つ人間が、こんなところで目立たない訳がない。
「分かった。今日まともに何も食べてないしな」
「決まりね。さっ、行くわよ」
受け入れるか、断るかなんて彼の迷いは、彼女の姿を見ただけで簡単に砕かれた。
わざわざシィルミナが男子寮に入り、誘いに来たという時点で拒否権などほぼ無いだろう。
『お、おい!シーナさんがいるぞ』
『なんでこんなところに?』
『見習いとなんか話してるぞ』
『あれだろ?この前の事件で怒ってるんだろう』
幸いなことに悪い噂は出ていないようだ。アシルとシィルミナが仲良くなることなんてありえないという考えが、植え付けられているのだろう。二人が接触しているのは、この前の事件関係だろうと思われているらしい。
「人が集まってきてるわね」
「そりゃ、シーナがこんなところにいればな」
「不思議ね。わざわざ見に来る意味なんてないでしょうに」
「いやいやいやいやいや……………」
小さい声でそんなやりとりをすると、シィルミナは食堂に向けて歩き始める。
アシルはシィルミナに悪い噂が立たないように、一歩引いた位置で歩く。
「そんなこと……気にしなくてもいいのに……」
シィルミナはそう呟く。
アシルに聞こえることはなかった。彼は周りからの鋭い視線に対して、目を逸らすことに集中していたからだ。俯いてシィルミナの足下を見ながら一歩引いた位置を保つ。
「アシル、アシル?」
「ぬぁ?………あ、すまない」
「もういいわよ。ここまでは来ないでしょ」
彼が色々気にしているうちに、気づけば寮の外に来ていた。
廊下や自室とは違って、冷気を纏った風が肌を撫でる。空には星空が広がり、半分欠けた月がこちらを見つめていた。
「取り巻きとか、大丈夫なのか?」
「えぇ、問題ないわ。昨日もお昼も一緒に食事したもの。先に食堂へ行ってもらったわ」
「お……おう」
寮専用の食堂。
男子寮と女子寮から歩いて5分とかからないほどに近い場所にある。大きさはそこそこと言ったところで、場所によっては、ガラス張りになっているため外から混雑状況を外から確認することもできる。
メニューは日替わりで、毎日変わる6種類から選択する。
雰囲気は“癒やしの空間”ということで、暖色系の明かりに包まれている。1200人は入れるように席が用意されているとのことだ。
「で、なんでわざわざ俺を誘いに?」
「理由が必要?たまには違う人と食事をしたいと思っただけよ」
「そういうことにしておく」
「それに、あなたって誘われないとこんなところ来ないと思うし」
「返す言葉がありません………」
そんな会話をしながら、二人は料理で飾られた食器を順番に受け取っていく。
「みんな、いないようね」
シィルミナはいつもの顔ぶれがいないことを確認し、食堂の中であまり人目に付かないような場所を探す。
「アシル。場所は……」
「大丈夫だ、探せるよ」
「なら、先に行ってるわね」
アシルが飲み物を準備している間に、先に料理が揃ったシィルミナは先に席に向かっていく。
シィルミナの後を追ってもいいが、変な噂となってもいけないため、アシルはあえて回り込むようにして、比較的人目の少ない隅を目指して歩く。
『シーナさんだ!』
『話してみてぇなぁぁ』
『やめとけ、お前が行っても蹴飛ばされるだけだ』
視線はシィルミナに行くか、友人たちとの会話に夢中な人が多く、アシルに視線が集まることはない。その隙に、食事が終わり片付けに向かう人々間を縫ってシィルミナの場所へ向かう。
「相変わらず、大注目だな」
「そうね。良くも悪くも噂をされるのは、私は好きではないのだけれど……」
「それは、解決できない悩みだな」
シィルミナが選んだのは少し影となっている場所。
壁があるため、視線はそこまで集まらない。わざわざ見に来ることや、端の方に座っていないと見えず、シィルミナの姿が見えなくなった後は、騒いでいた生徒たちも各々の会話に戻った。アシルが近くを通ることや入っていくことには、誰も注目などしていなかった。
「視線を気にしないといけないなんて、お互いに大変ね」
「シーナと俺じゃ意味が違うだろう」
「ふふっ。そうね」
シィルミナとアシルの会話は稽古の話が主であった。授業について、休日の過ごし方も少し話題になったが、アシルは……、
「読書をしていたよ」
「少しは身体を動かそうと思わないの?」
「授業と稽古で十分だ。休みたいときもあるさ」
と、研究のことを誤魔化したのだった……。
翌日――――。
「よ〜し、みんないいか?これから二人一組を作ってもらう」
エリシア先生の声とともに、
「これより、相手との模擬戦を始める!!!!」
「は?今……なんて……」
アシルにとって地獄の時間が訪れる―――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます