19.人体の限界値

「夢だった?―――そんなはずは」


 アシルはもう一度、寮の裏手にて石に太陽光を集中させる。

 やはり、昨日のように表面は焼け焦げる。

 自室へと戻り、その表面をキョゾウ機で覗いてみると、


「いたぞ。こいつか………、一体なんなんだ」


 肉眼では捉えることができない微小粒子。

 そしてわかったこととして、まず微小粒子は動いているということだ。空気の流れで動いているわけではない様子で、自ら震えるように動いていた。

 さらに、その全身は黒く、黒よりも真っ黒だ。


「光をも吸い込むのか?お前は」


 小刻みに動くいくつかの微小粒子を見ながらそんなことを呟くアシル。

 最後に不思議なことは、時間が経過すると1つ残らず何処かへ消えてしまうことだ。


「消滅してしまうのか?」


 考えられるのはふたつ。

 時間とともにその全身は消滅してしまうのか、空気中に散ってしまい見えなくなるのか……。


「……………」


 紙とペンを取り出すアシル。

 時間が経つと消えてしまうのであれば、キョゾウ機を覗き込んで、ひたすらにその微小粒子について観察してやろうと彼は考えた。


「……………」


 ――――時間は過ぎて行く。

 一時間、二時間と時間は過ぎていき、結論へと繋がる確信的な動きがあったのが、開始から三時間後だった。


「浮いた!?」


 そう、結論としては空気中に散ってしまうということだった。

 この微小粒子は恐らく、太陽の放射エネルギーを倍増させることにより空気中の結合によって生まれ、今回は石の表面に現れた。

 表面に現れた微小粒子は、吸収するような特性を持っていると考えられ、それによって光をも吸収するために真っ黒に見える。

 やがて石の表面から離れると、空気中に散って消えてしまう。


「それはいいが、これをどうしろと」


 相手は微小粒子だ。キョゾウ機でないと見ることはできないし、触れたところで感触など感じない。


「せっかくだ。色々試してみようじゃないか」

 

 ここまで来て、他の研究といっても手掛かりはない。だから、アシルは試すことにした。この微小粒子が何なのかを――――。

 微小粒子が存在することを確認した上で、さらにそこに太陽光を集めてみたり、その石に水をかけてみたり、炎を近づけてみたりと………。

 結果は……、


「――――変化しない」


 特に真新しい変化が起きることはなかった。

 そんなアシルには、もうひとつだけ考えがあった。


「空気中に分散するなら、集めてみようか」


 生み出した微小粒子の存在する石の上に、透明ガラスの容器を上から被せて少し時間を置く。

 こうすることで、微小粒子は空気中に分散するが、あくまで容器の中での話。

 肉眼では見えないが、微小粒子が溜まったであろう容器をひっくり返して、彼はガラス棒を使ってかき回してみた。

 考えとしては、微小粒子同士を合体できないのかということだった。


「お?」


 ようやく、彼は“変化”に辿り着いた。

 透明ガラスの容器には黒いモヤのようなものが現れる。

 本来光を透過するはずの透明ガラス容器だが、表面は黒く染まり、中は真っ暗な世界に包まれてしまう。とても光を透過しているようには見えず、むしろ逆とも言えるだろう。


「かき混ぜることで、大きくなったのか?」


 彼はこのとき気づかなかった。かき混ぜた目的はひとつひとつが合体して大きくなるのではないかという考えだが、正確には他の現象が生じた。

 現代では、『エネルギーは質量と光速度の二乗をかけ合わせたもの』と定義されるは、物体同士の衝突による反応だ。

 かき混ぜたことによって、微小粒子同士は衝突し、融合や衝突時に生じたエネルギーが生まれ、今度は新たな粒子が誕生することとなったのだ。


「なるほど」


 その様子を、ペンを握って記録する。

 記録している間に、容器から黒いモヤは少しずつ外に漏れていた。

 

「容器の外だと、見えない!?」


 透明ガラス容器の中は、少しずつモヤは消えていくのに、空中ではそれは見えなかった。

 しかし、一つ偶然が起こっていた。

 窓から差し込んだ光が、机に寝かせて放置された手鏡に反射していた。

 その反射した光の先に溢れたと思われる黒いモヤが漂っており、アシルは肉眼でそれを見ることができた。


「光を透過しない……やっぱり吸収してるのだろうか」


 彼は何を思ったのか、取り憑かれるように、惹き寄せられるように、そのモヤに向かって手を伸ばし、触れようとしてしまった。


「はっ!?」


 すると、その右手にモヤは吸い込まれるようにして消えてしまった。

 やってしまったと、アシルの心は焦り始めたが、身体や腕に異変は見られなかった。

 痺れが現れるわけでも、痛みを感じることもなかった。


「はぁ……。わからないな」


 【まだまだ謎ばかりだ】と、アシルは記録するためにペンを握る。

 そして、書こうとした瞬間だった。


「おっっと!?」


 バキッ!!という音とともに、握ったペンは折れてしまった。


「嘘だろ?全く力なんて」


 いつものように…………いや、いつもより少し弱めの力で彼が握ったなのに、ペンは簡単に折れてしまったのだ。


 まるで、手の力が何倍にも増幅したように――――。


「まさか、これは……」


 それは、まさに奇跡の類。

 人類の限界を超えた領域――――。


「身体強化されている!?」


 遂に彼は、奇跡への道を見つけてしまった。

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