17.希望が見えた

「駄目だ」


 帰ってからは魔法研究………、のはずなのだが全く進まない様子のアシル。


「全然考えられない……」


 きっと彼の中にあるのは“悔しさ”なのだろう。

 シィルミナとの稽古の結果が自分の中で納得出来ていないのか、それとも彼女に対しての嫌悪感があるのか。


「剣なんてなくていいのに……」


 心の声なのか、それとも自分に無理やり言い聞かせている言葉なのか、彼は数回『剣なんて』と呟いた。


「研究は未だにきっかけがないし、剣は……」


 視線を立て掛けてある木製の剣に向ける。見れば見るほど今日のことが思い出され、だんだん渦の中に吸い込まれていかれるような感覚に襲われた。


「あんな実力差見せつけられて、成長できるかよ」


 結局アシルは研究を諦め、眠りの世界へと向かった。


 次の日――――。

 学園の授業では、剣やこの国の歴史、剣術の基礎を学ぶ。まだ始まったばかりで、対人をしたりまともに剣を握ることはしていない。一日2時間程度といったところだろう。

 それはアシルにとっては幸いなことなのだろう。


「さて、昨日の続きね」


 夕方は剣の稽古。

 告げられたのは昨日と同じ内容だ。シィルミナはやると言ったら最後までやることを貫くらしい。


「また当ててみろと?」

「そうよ。当てられるまで終わらない。次には進まないわ」

「…………」


 視線を落として何も言葉を発しなくなったアシルを見て、シィルミナは言った。


「投げ出したい?それもいいわね。約束破っても私は構わないわよ」

「安心しろそんなことはしない」


 その言葉を聞いて安心したのか、それともそう言われると元々わかっていたのか定かではないが、彼女の表情には微笑みがあったように見えた。


「そうこなくてはね」


 また始まる二人の稽古。

 と言っても、昨日からの今日。状況は変わらずにシィルミナはひたすらに躱し続け、アシルは躊躇うこと、立ち止まることがありながらもその姿を追う。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 変化が起きたのはその30分後。

 シィルミナからすると『体力の限界が訪れて終わるだろう』という考えだったが、それどころか彼の鋭さは増してくる。


「(剣、剣、剣、剣、剣、剣、届かない、届けっ!)」


 アシルの心がだんだん制御不能となってくる。考えに考えた結果、思いに思い込んだ結果、だんだん渦巻くように乱れ始める。

 だが、それは彼の剣術を何段階も押し上げることとなった。

 踏み込み、速度、追撃とシィルミナが距離を取れる余裕と、今まで縮まることのなかった二人の間隔が縮まっていた。


「剣なぁぁぁぁんてぇぇぇぇぇ」


 やがて、彼は進化を迎えた。

 まだ強さと呼べるには程遠いだろう、奇跡のたぐい。だが、もしそうだとしても結果があることは事実。


「…………っ!!!」


 彼女が離れる余裕を無くし、飛び込んだ後に追撃、追撃と連続で剣を振る。


「とぉぉぉぉおどけぇぇぇぇ!」


 彼は我武者羅だった。

 我を忘れているほどに『届かせたい』という一心でとにかく攻撃を繰り出した。例え形が悪くとも、かっこ悪くとも、構わないと必死に。

 結果、アシルの剣はシィルミナに届くこととなった。彼女は途中から目を閉じることを諦めて、アシルの動きを見る。しかし、それでも躱せずに『仕方ない』というように、剣のつかを右手で握り、腰から引き抜く。

 ガッ!!!!という木製の剣同士がぶつかった音とともに二人の動きが止まる。


「できるじゃない。剣を使わないって言ったのに使ってしまったわ」

「はぁ、はぁ……俺……は……」

「私には、剣が握れない人の動きには見えなかったわ。まだこれでも剣が嫌だと?」


 アシルの剣が降ろされる。

 視線を自分の握る剣に向けると何か思い詰めたような表情をする。


「剣……なんか………」

「なかなか強情なのね、まぁいいわ」

「……………」

「じゃあ、次よ」


 この日も夕日が沈むまで二人の稽古は続いた。

 シィルミナがアシルに教えるのはすべて基礎の段階。剣を振り下ろす、斬り上げる、払う、踏み込む……そして素早さ。

 一つ一つを磨き上げることで手にできるものが“強さ”だとシィルミナは言った。


「肩が……」


 自室に戻れば魔法の研究。

 と言ってもなんのきっかけも掴めずに止まっているのが現状だ。さらに稽古の疲労は痛みとなってアシルの身体に現れる。

 最新の道具があっても、魔法に繋がる手掛かりがなければ進展がない。今までに行った実験はすべて外れであり、アシルの考えも限界に達していた。


「せっかくの道具があるのに……」


 ふと、机の引き出しからを取り出すアシル。

 それは水晶を加工し、埋め込んで作られた細工品であった。


「綺麗だ……」


 微小粒子を見ることのできる超高倍率にしたキョゾウ機でその水晶の表面を見ると、この国の細工品の出来栄えにそんな言葉を呟いてしまうアシル。

 表面を彩る繊維というのだろうか。その一つ一つが整えられ、傷らしき深い溝もなく、表面の粗さが滑らかであることがわかる。


 この水晶の細工品を何処で手に入れたかと言うと、それは魔法研究のきっかけ、父親の部屋に入ったときに箱の中に仕舞ってあったものだ。


「あ゛ーーーーだめだ!!!!」


 椅子の背もたれに寄りかかり、天井へと目を向ける。

 心を落ち着かせようとした彼の頭の中に蘇るのは、シィルミナとの稽古だ。“剣を握ることに努める”という彼の考えとは裏腹に、心では様々な感情が渦巻いていた。


「あっ……………」


 感情の渦に気を取られていたアシルは、突然現実へと戻される。すると、彼の感情に反して自身の右手は立て掛けてある木製の剣に向けて伸びていた。

 座ったまま、伸ばしても握ることのできない距離。それでも彼は無意識に手を伸ばしていた。


「くっ………疲れているな………これは……」


 彼は押し潰して、眠りの世界へ向う。

 次の日も、また次の日もシィルミナとの稽古は行われた。


 そして迎えたのは休日――――。


『何もないなら付き合いなさい。無理にとは言わないわ』

 というシィルミナの言葉によって、ニ日間ある休日の片方は、朝から夕方まで稽古となった。

 学園は空いていないため、少し離れた公園のような広場の人影があまりないところを二人は選んだ。


 だが、それは稽古の後に訪れた。

 ――――帰る前に疲労を抱えた二人は、広場の草むらに並んで座っていた。

 すると……、


「ねぇ、アシル」

「どうした?」


 シィルミナは何を思ったのか、まだ沈んでいない夕日に向けて手を伸ばす。


「あの太陽って、不思議よね」

「不思議?どこがだ?」

「こうやって手を伸ばしたら掴めそうなのに、掴めない、届かない」

「あぁ見えるけど俺たちじゃ信じられないほど、離れているからな」


 アシルは草むらに背中を付けて、オレンジ染まる空を見る。


「輝いているものって掴んでみたくならない?そしてこんなに暖かい」

「気持ちはわかる。でも水を差す用で悪いが、掴めるなんて規模じゃないぞあれは。そもそも暖かく感じることができるのは、こんなに距離が………距離が……あっ………て………」

「ん?どしたの?」


 その瞬間、アシルは立ち上がる。

 そして大空をオレンジ色に染める輝く光源を見て、驚いた表情を浮かばせる。


「膨大なエネルギーを…………もって……いる……もの……」

「アシル?」

「シーナすまない。用事を思い出したから先に帰る」

「うぁあ、あっ、ちょっとっ!!!」


 アシルは何かを思い出したかのように、走り出してしまった。


「どうしたのかしら?」


 寮に向かって走るアシルは思考する――――。


「そうだ、なんで今まで考えなかったんだ。試してなかったんだ!!!試してないことが……こんな身近にまだあったじゃないかっ!!!!」


 彼は、大きなきっかけを手にしたのだった。

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