15.視線
「な……なるほど」
魔法研究と言っても、最新の道具たち。
アシルが今まで使っていた道具の中で生き残っているのは中倍率のキョゾウ機のみ。その他ガラス容器は、割れや欠損があるため寮に持ってきていないのだ。使ったことのない道具も存在したため、寮生活初日の研究は使い慣れるだけで終わったのだった――。
「おはようアシル」
次の朝。
アシルが自分の部屋から出ると、そこにはロイが待っていた。
「待ってたのか」
「だってお前、待ってないと一人でさっさと行くだろ?」
アシルの部屋は寮の3階に位置する。アシルの部屋から、さらに2部屋分奥に行ったところがロイの部屋である。
昨日、帰ってきて別れた際にお互いの部屋が近いことを知ったロイは朝からアシルが出てくるのを待っていた。
「いや、言ってくれれば待つよ。いつから待ってたんだ?」
「20分前くらい?」
「やれやれ」と小さく呟いたアシルは、部屋の鍵を閉めてロイと並んで学園を目指す。
目指すといっても、学園と寮との距離は歩いて10分ほどだ。学園の敷地自体が大きいため、隣に寮があったとしてもそのくらいの時間は掛かってしまう。
寮は男子生徒と女子生徒寮と分かれているが、食堂は共通になっている。
「アシル、お前昨日夕飯の時姿見えなかったけど。というか部屋ノックしたのに出てこなかったし」
「あぁ、すまない。疲れて寝ていた」
「まぁ初日だしな……それに、注目の人になってるみたいだし?」
昨日起こったシィルミナとの出来事。それは見習いがシィルミナに対して飲み物を零すという無礼を犯したとして広がっていた。噂は広がりロイの耳にも届いたのだろう。
「そうだな」
「まぁ、お前も大変だな」
「どうだかな」
「なんかあったのか、ほんとにやらかしちまったのかはわからないけど、その――――、あまり気にするな」
教室へと着いた二人。ロイはそう言ってアシルの肩を叩くと自分の席に向かっていた。
『あ、あいつだあいつ』
『ほんと、信じられない』
『よく普通の顔して来られたな』
朝からアシルに鋭い視線が向けられる。皆、アシルに聞こえないように言葉を発しているのだろうが、残念ながらアシルの耳に届いていた。
「……………」
だが、彼は全く気にしなかった。
元々見習いな時点で悪く言われるのは変わらないし、そもそも見習いだとか三等剣士だろうが興味がないからだ。
そういうやつらと目線を合わせないようにしていたアシルは、ふと教室の中央列、前から3番目の席に目を向けた。
「……………」
そこには、何も言うことなく、周りのことも全く気にせずにいるシィルミナの姿があった。
(馬鹿ね)
彼女は心の中でアシルに対してそんなことを思う。
アシルはその様子を見て満足したのか、昨日のように窓の外に視線を向ける。
アシルが登校して来た時間が、少し早い時間なため、窓から見下ろす景色には、多くの生徒たちが歩いて来ている様子が広がっていた。
「シーナさん、ごきげんよう」
「ごきげんよう」
シィルミナの周りにも、昨日のように数人の生徒が集まり始める。
「稽古……か……」
窓の外、桜の花びら達が地面に向かって散っていく様子を眺めながら、彼は呟いた。
やがて、エリシア先生が教室へと入ると、学園での学びが始まった――――。
「こんなところで何しているの?」
それは昼休みのことだった。
ロイと食堂へ行ったアシルは、ロイより早く食べ終えて、人気のない廊下の窓で外の景色を眺めていた。
そんな彼の背中に声をかけたのはシィルミナであった。
アシルが振り向くと周りの取り巻き達の姿はなく、彼女だけが視界に入った。
「まぁ、これと言って理由はないな。ただ人が多いのも居心地が悪い」
「あなたは有名人だものね〜」
「シーナに言われたくはないな。それに俺の場合は悪い意味だ」
「そう……ね。――どうにか出来ればいいのだけど」
肘をついて、窓の外を眺めるアシルに対し、そのの隣で壁に背中を預けて、話しかけるシィルミナ。
「シーナが気にすることじゃないだろ。こうなることはわかってやったんだし。ところで、いいのか?こんなところで俺と話していて」
「大丈夫よ、まだみんな食堂にいるはずだから。たまたまあなたがひとりで出ていくのが見えたから終わらせてきた。話さなければならなかったし、あなたと」
シィルミナはそう言っているが、本当の彼女の計画としては早めに食べ終えて、食堂でアシルを話に誘うことだった。
しかし、彼が予想以上に早く出ていったため、計画変更してそれを追ってきたというのが真実だ。
「話?」
「えぇ、そうよ。まさか忘れたの?」
「稽古のことか?」
「覚えてるじゃない」
「あんなことがあって、そう簡単に忘れるかよ」
壁に背中を預けていたシィルミナは、壁から離れて外を眺めるアシルの横顔を見ながら言ったのだ。
「今日の夕方からやるわ。いい?」
「俺は構わない」
「決まりね。場所は決闘の時と同じよ」
そう説明するシィルミナに対して、アシルが視線を合わせることはしなかった。振り向かず、耳だけ傾けてずっと窓の外を眺めていた。
「あぁ、わかったよ。って……」
数秒後。
アシルがそう言って振り向く。そこには彼に対して背を向け、廊下の続く先へと向かうシィルミナの姿があった。
「――――それだけかよ」
やがて昼休みが終わり、午後の時間が訪れる。
太陽は止まることなく西に向かって進み、そのうち約束の夕方となる。
アシルは剣技場へと向かうのであった。
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