14.道具
数年経った今も、アシルは自分なりに、『魔法』という未知の神秘を追い続けていた……。
「結局……どうやってどうすればいいか……」
アシルが着目したのは、物体の力。
物体が動くために必要な素である『エネルギー』から何かできないのかと彼は考えていた。
これまでにアシルは、水の形状変化や物体の発熱・発光から何か起きないかと研究を進めたが、魔法に繋がりそうな有力な手掛かりは得られなかった。また、使っていた研究の道具もそこまで優れておらず、限界があった。
母親によって半ば無理やり入学させられたティアハイト学園であるが、アシルが剣に抵抗がある中で完全に拒否することなく従ったのには隠された理由があった。それは学園資料に目を通した際に、寮ではある程度希望が通るという部分だ。もしかしたら研究道具も最新のものでできるのではないかと彼は考えたのだ。それが今、目の前の現実となっていた。
「しかし、これは凄いな……今まで使っていたものとはレベルが違う……。これだけのものを揃えてもらったんだ。なんとかできれば……」
目の前に並ぶものは学園側に希望を出して揃えてもらった実験道具たち。実家の部屋で使っていたものより最新でより質のいいものが揃っている。
まず液体を入れるための容器『クロス』と呼ばれるものは、そのすべてが透明ガラスで出来ており、現代の実験で使われるビーカーによく似ている。
そのクロスにさしてあるのは、同じ透明なガラスでできた棒だ。これで容器の液体や粉末を混ぜることができるだろう。
他にも、針金のような鉄製の糸で作られた三脚で支えられているフラスコのようなガラス容器、木製の穴の空いた台に挿さっている試験管や細長く加工されたガラスにゴム製の小さな袋を付けたピペットのようなものなどがある。
「これが、最新のキョゾウ機か……」
街では、砂や鉱物を使用した細工品の制作が盛んに行われている。特にアルレギオン王国の細工品は他の国を凌駕するほどの質と精度を誇っており、もちろん透明度も一級品ばかりだ。
例えば鉱物を使用したものとして、水晶を使用したネックレスや指輪が街で売られている。
ガラス細工も豊富に作られていることもあり、アシルの使用している実験道具にはガラス品が多い。
その中でも一際目立つのが『キョゾウ機』と呼ばれるものである。
このキョゾウ機というのは、アルレギオン王国の鉱物・ガラス細工品が急激に発展を遂げた革命の一品である。
70年ほど前に、王国の技術者は平たく薄い円盤状のガラスを制作した。現在の王国において眼鏡のレンズとして使用されているガラスと同じものだ。そのガラスを重ね合わせたり、物体とガラスとの距離を一定にすることで、ガラスに映る物体が小さく見えたり、大き見えたりする事を発見した。そして物体を拡大できる点に着目して作られたのがキョゾウ機だ。
円盤状のガラスを使用しているが、そのガラスは横から見ると平面ではなく少し膨らんでいる。凸レンズと似た形だ。これを重ね合わせ、歯車の噛み合わせで上下する『歯車機構』を使いガラス同士の距離を調整、そして二枚目の対物用ガラスの下に台を設けて物体を乗せる。こうすることで上から一枚目の接眼用ガラスを覗き込むと台に乗せられた物体の表面が拡大される。これがキョゾウ機と呼ばれる装置で、顕微鏡とよく酷似している。
キョゾウ機が制作されたことにより、今まで見ることのできなかった鉱物の表面を捉えることができるようになった。細かい作業や、完成度を評価することが可能になるとして、細工品を作る職人たちの間にキョゾウ機は広がり、結果鉱物・ガラス細工品は大きく発展を遂げたのだった。
それからもガラス細工の品質・精度が向上するとともに、キョゾウ機の性能や規模も向上していく。開発当初は高倍率にするほど暗いという問題があったが、鏡によって外部の光を当てて補うように改良されたりもした。
今では細工品以外でも、剣を作る鍛冶屋でも使われ、新品のみならず、ある程度使い込まれた剣の刃こぼれ状態を評価することにも使用されているほどに、大きさも倍率も進化している。
しかし現在でも問題となっているのは、倍率は一台一台固定で、より高倍率で見たい場合には新しいキョゾウ機を購入しなければならない。近年、開発が進んだことにより、最新のキョゾウ機は一台で2つの倍率を使用することができるようになったが、それ以上はまだ開発段階だという。
「たしか、これは微小粒子を見れるほど性能が高いとか」
アシルが普段使っているものは、倍率は固定で中倍率ほど。今回用意してもらったのは高倍率と超高倍率という最新のキョゾウ機だ。
スライド機構が搭載されており、スライドさせることにより対物用のガラスが高倍率用と超高倍率用に切り換わる仕組みだ。超高倍率は現代でいうところの『マイクロメートル』単位で物体を捉えられる。
「入って正解だったな……」
これがアシルの裏の顔と言える魔法研究。
代償として、この学園に在籍し続けなければ、最新の環境が使えなくなってしまう。少なくとも学園内では剣術の学び避けることはできないため『見習い剣士アシル』として生活し、裏では剣を否定しようとする『魔法研究者アシル』として過ごさなければならない。
「大変ではある―――、まぁ思ったよりは問題はなさそうだな」
剣術を否定する裏の顔を持つアシルに対して、アシルに剣術を叩き込もうとするシィルミナ。この出会いがアシルに何らかの化学反応を起こすのかもしれない――――。
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