8.奪われた国

「アルレギオン王国に敗北した隣国、ルミナレス国の連中よ」


 戦争によって領地を奪われた国――――。

 その領地を取り戻そうと、ルミナレス国は影で動いていたのだ。


「反抗勢力の犯行に見せかけたりすることもあるわ。だから騎士軍もすべて対処はできないのよ。ルミナレス国の連中と関われば、最悪戦争へと繋がりかねない」

「それだと、ルミナレス国の奴らはやりたい放題じゃないか」

「そうでもないわ。ルミナレス国向こうだって王国と戦争すればまた敗北を見ることになる。だから大事件は起こさない」


 かつて、宣戦布告をしたルミナレス国が見た敗北。

 戦争によってさらに領地を失った結果から、今の状態では再び戦争を起こすことは自滅行為である。

 より敵の情報を掴み、勝算を見出さない限り勝利を得ることはできないと考えたルミナレス国は、スパイのように、自国の兵士を潜入させているとのこと。


「ということは………」

「さっき言ったでしょ?見せかけてるって。ほとんど同じことをしているのよ。剣術の学園に潜入しひたり、時には襲撃する」


 イグヴィスと同じ行為をして、引き起こしたのをすべてイグヴィスの仕業にしている。潜入していることがバレていても対処しにくくするためだ。

 国防騎士軍は知ってはいるのだが、によって見分けることができない。原因は、すべての民の情報を把握することができないからである。いつ、何処で起こるかわからない事件に、対処して結果争いとなれば自国の一般市民を盾にされかねない。

 そうなって、犠牲を厭わず事を解決してしまえばいくら強大な戦力があっても、勝利をしても、民からの信用は失われ、やがて国は崩壊へと向かうことになる。

 次に戦争となれば間違いなく崩壊するルミナレス国――。

 潜入を許してしまっている以上、国民を人質とされる可能性が高く、対処が難航している王国――。

 戦争は起きていなくても、情報戦は常に繰り広げられている。


「ルミナレス国は、学園を崩壊させ将来有望な生徒を狙っているってことか?」


「そういうこと。国防騎士軍、ましてや王国に真正面から挑んでも潰されるだけ。やつらは優秀な生徒を狙って、人質にしたり、最悪は洗脳して仲間にしようとする。そうしてこの国の未来を壊そうとしている」


 イグヴィスも、ルミナレス国も考え方はほとんど同じなのだ。噂では双方が手を組んでいるのではないかと言われているほどに。

 将来的に戦力を削ぎ、有望な人材を手に入れることができれば、未来はどうなるかわからないという結論を出したらしい。


「じゃあ、もしかしたらあいつはルミナレス国の?」

「違うわ。あれは去年に除名となったやつだもの」

「色々知ってるんだな」


 シィルミナの家系は貴族であるため、多くの情報を手に入れることができるのだろう。今回の侵入者は、強くなりたいことを求め過ぎた結果、闇に手を染めて除名された生徒である。


「もちろん。これでも貴族ですもの」

「でも、シィルミナは強いのになんで脅されていんだ?」

「あ……それね………。あと、シーナでいいわ」


 入学したばかりとはいえ、シィルミナは同世代に3人しかいない三等剣士だ。いくら歳が上であっても劣ることはない。

 証拠に、先程は圧倒的にシィルミナの方が強く、反撃の隙すら与えていなかった。

 そんな彼女がなぜ、抵抗できなかったのか、


「簡単に言うと麻痺毒を食らったの」

「麻痺毒?」

「本当は動けなくするつもりだったんでしょうけど、誤算だったようね。分量を間違えたのかしら。なんとか立っていられることはできたわ。あなたに助けられた時もずっと麻痺状態だったの」


 彼女の身体は麻痺状態。

 本来なら動けなくなるはずなのだが、彼女が規格外強さだったのか、動くことはできたらしい。しかし、剣を振ることのできる力を出すことはできなかった。

 侵入者も事を大きくしてしまえば捕まってしまうため、完全に麻痺状態にできなかった以上、不可解なことはさせないようにしたらしい。結果、あのような光景となった。


「普通に振る舞っているのがやっとだった。さすがに抵抗はできなかったわ」

「だからあのとき……」


 アシルが窓越しに見た時に、彼女の身体から一瞬、力が抜けたように見えたのはその麻痺が原因だろう。


「小剣も背中に突きつけられてたみたいだしな」


 アシルは飲み物を零した騒動の中で、シィルミナの背中に15cmほどの小剣が突きつけられていることに気づいた。


「あら、良く気づいたわね」

「たまたまだ」


 だが、小剣は背中を貫くことはなかった。

 アシルの行動がこれまた想定外だったことと、人の視線がアシルに集まり、となっている隙に逃げて作戦を立て直すことを優先したかったのだろう。人気が多い廊下にて騒動を起こせば多勢に無勢、最悪命を奪われかねないだろう。


「そう」


 シィルミナは再びアシルの方を向く。


「助けてもらった後にあなたを追って来て、様子を見ていたら、やられそうになっていた人がいたということ」

「悪かったな……弱くて」

「麻痺が切れるまで時間稼いでくれたのは助かったわ」


 シィルミナが来なければ確実に殺されていただろう。仮に優勢でもシィルミナに突き付けていた小剣を取り出される可能性すらあった。


「褒められている気がしないな」


 アシルの表情は少し落ち込んでいるように見えた。シィルミナの今までの言葉が心に引っ掛かっているのだろう。

 話を断ち切るかのように、昼休みが残り少ないことを告げるチャイムが聞こえる。


「あ、やば」

「休みも終わりね。いい?夕方…………決闘よ」

「あぁ、わかったよ」


 すれ違いながら二人は言葉を交わした。

 アシルは、足早に教室へと向かう。

 そんなアシルの後ろ姿を見つめながら、


『アシル・ヴォーグ・ド=リグスタインか…………』


 教室に向かう背中を見ながら、誰にも聞こえないほどの小さな声でシィルミナはそう呟いた。

 そして、彼の後を追って教室へと向かったのだった。

 やがて――――、


「さぁ、見せてみなさいアシル。あなたの力を!!」


 青空から夕日に染められていく景色の中、アシルとシィルミナの決闘が始まるのだった――――。

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