9.決闘
決闘――――。
学園の中にある剣技場と名の付いた一対一専用の場。砂混じりの茶色の地面に大きな円と線が二本、中心にはバツ印が描かれている。
両者、手に握るのは刃の付いた剣や練習用の鉄剣でもなく、木製の決闘用に作られた剣だ。
これであれば、相手を深く傷付けることはないだろう。
「来ないの?」
アシルの身体は動かない。何かの圧によって封じられているかのような感覚に陥っている。
「…………攻められれば苦労しない」
「なら、私から行こうかしらっ!」
シィルミナが強く剣を握りしめる。そして左足を引いて、右足を半足前にずらす。腰を落として後ろ手に剣を構える。
「…………ッ!」
「くっ!!!!」
アシルの方に飛び込むようにして距離を詰めるシィルミナ。そのまま右下から左上に向けて剣を振るう。
アシルはすかさず腰を落として腕に力を込める。振るわれる剣に対して防御の姿勢で受けるのだった。
「なるほどね」
『流石にこれは防げるか』と言わんばかりに、一撃目が防がれたシィルミナは、アシルの剣に対して滑らせるように上へ剣を振り上げると、上段の構えをする。
勢いが乗った一撃を防いだことで、身体の重心がずれる。
「はやい…………」
流れるようなシィルミナ動きに、ついて行けるのは思考だけで、剣を握る両手は追いつかなかった。
そこでズレた重心を利用し、そのまま横へ倒れ込む。右手を地面に着けて背中を丸め込むようにして回転する。
同時にシィルミナの剣が振り下ろされる。
「……………………………っ!!!」
隙を与えてはいけないと、アシルはすぐに立ち上がる。
空を斬った剣を、今度は横一線に振り払うようにして振るシィルミナ。
身体の向きは変えずに、片腕で振るった剣がアシルを襲う。
「なっ!?」
辛うじて防御を間に合わせるアシル。
身体に触れはしなかったが、予想外の攻撃と体制が整っていなかったために、後方へと飛ばされる。
「あ゛〜〜っ!!!!」
負けじと空中で体勢を直し、地面に剣を突き刺すことで勢いを殺す。
それを見たシィルミナはさらに追撃を加えようとアシルに向かって突き進む。
「強い………」
次々と繰り出される攻撃、そして一撃一撃の重さ、全てがアシルを上回っている。
アシルが立ち上がっている間に一気に距離を詰め、再び剣を振るう。
「……………………………」
攻撃を受けるたびに声を上げるアシルとは反対に、冷静かつ無言で攻め続けるシィルミナ。
上段、中段、下段と様々な構えから技を繰り出していく。
アシルも辛うじてではあるが、その攻撃を防いでいく。
「……………………………????」
ここで、アシルは変な違和感を感じ始めた。
シィルミナは次々と剣術を繰り出して攻めているが……。
『まさか……ただ打ち合っているだけ……か……』
彼女の実力なら、終わらせようとすればすぐに終わるだろう。
だが狙っているのはアシルの身体ではなく、アシルの握る剣にわざと当てていると考えたのだ。
一撃一撃に重みは感じる。だが、最初のような素早さとリズムが違うことに気が付く。
『左、右………上段で………、やっぱり』
上段の構えからすぐに振り下ろしてこない。まるで相手が防御の構えをすることを待っているかのように。
『俺は……
「なんだよっ!!それはぁぁぁ!!」
弄ばれていることを感じたアシルの剣には、怒りが込められていく。
上段の構えからの真向斬りを防ぐと、怒り任せにシィルミナの攻撃を押し返えすことに成功したアシル。
その反撃が予想外だったのか、シィルミナは驚いた表情を浮かばせる。
「これでっ!!!」
押し返した勢いで剣は頭上へ、それを右へと切り返すと、横一文字の攻撃を繰り出す。
「どうだっ!!!」
入ったと思ったその瞬間に――――。
「っ!!!」
それは……、昼休みでの戦いと同じ感覚である。
父親と過ごした日々、約束と悲しみ…………。
すべてが頭の中に渦巻いて、剣を振るう手を妨げる。
アシルの攻撃は、また標的に届くことはなかった。
瞬間、シィルミナはアシルの握る剣を弾き飛ばすようにして剣を振るう。握る力が弱っていたのか、剣は弾き飛ばされていく。
「……………なんで………」
アシルの怒りは、もはや心の暴走のようになってきていた。
すると――――。
「拾いなさい」
シィルミナは剣先を下ろし、睨みつけるような眼光を向けた。
「それがあなたよ。それで?……何ができると?」
「……………………………」
返す言葉が出ない模様。今視界に捉えているものが現実ということは、アシルが一番分かっている。だからこそ、弄ぶシィルミナに怒り、弄ばれる自分にも怒りを覚えるのだ。
怒りとともに、地面に転がった剣を握る。
「次は……俺から行くぞ」
相手を睨むアシルの目付きは、今までにない鋭さと溢れんばかりの怒りが込められている。
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