孤独の理由

孤独の理由

　彼女は、常に一人だった。

　それに加えて、学校における彼女の表情は一日中変化が無く、教師と会話をしているところも見たことがない。

　この学校で彼女のことを知った人間ならば特段気にすることもないだろうが、数年前から彼女のことを知っている私にしてみれば、それは大きな変化である。

　数年前の彼女は人々に囲まれ、その中心で笑顔を振りまいているような人間だったが、今の彼女は、その状況とは真逆ともいえる。

　何故そのような態度に変わったのかを問おうとしたが、

「これからは、私に接触しないでください」

　私と同じ学校であることが判明したときにそう伝えられていたゆえに、口を利くことは憚られた。

　彼女が己の意志で選んだ道ならば私が口を出すべきではないのだろうが、以前の明るい姿を知っているために、今の彼女が自分の人生を楽しんでいるとは考えられなかった。

　さらにいえば、本来の彼女ならば人々の評判も良かっただろうが、今では陰口をたたかれるような人間と化してしまっている。

　その様子を見ていると、心が痛んでしまう。

　ゆえに、私は、以前のような彼女を取り戻したかった。

　そのためには、彼女が何故変わってしまったのか、その理由を探る必要がある。

　彼女の力ではどうすることもできないことが理由なのだろうかと想像し、私は彼女について調べることにした。

　その結果、微力ながらも力になることができるのならば、私は喜んで彼女のために動く所存である。

＊＊＊

　彼女が変化した理由は、即座に発見することができた。

　それは、彼女の恋人だった。

　彼女に交際相手が存在することを知り、その人間について調べたところ、自分以外の異性と喋るだけで嫉妬するような人間だということが分かった。

　異性のみならず、他者そのものとの接触を禁じたことについては、私の想像ではあるものの、その他者を通じて彼女の良さが異性に伝わることを避けたかったということが考えられる。

　もしくは、接触する相手を自分だけに限定することで、他の人間との交流に飢えさせ、その欲求の捌け口を自分に向けることが目的だという可能性もある。

　真の理由は彼女の恋人に訊かなければならないが、私の想像は間違っていないだろう。

　私は彼女の恋人に接触し、その理由を問うことにした。

＊＊＊

　彼女の恋人の日課が、駅前の喫茶店で珈琲を飲むということも調べていたため、私はその時間に話しかけた。

　見知らぬ人間に声をかけられ、彼は警戒心を露わにしているが、彼女の名前を口に出した途端、それは怒りへと変化した。

「私以外の人間が、彼女の名前を口にすることは許さない。何の目的があるかは分からないが、彼女に近付けば、ただではすまないことを覚えておくがいい」

「他者との接触を禁ずるのならば、自宅に閉じ込めておけば良いだろう」

　私の言葉に対して、彼は、ばつが悪そうな表情で、

「そこまでのことをすれば、彼女の自由が無くなってしまうではないか」

「彼女から恋人以外の人間を奪っておいて、何を言っている」

　私は大きく息を吐きながら立ち上がると、店の外を示しながら、

「きみにとっての正解を見せてやるから、共に来るがいい」

＊＊＊

　彼を自宅まで連れていき、地下へと案内する。

　訳も分からずに私についてきた彼は、地下室の人間を見た途端、目を見開いた。

　震えながらその人間を指差すと、私に問うた。

「あれは、どういうことなのか」

「きみが彼女にすべきことである」

　地下室の人間は、私の恋人だった。

　虚ろな目をした恋人の首輪は、鎖によって地下室の柱に繋がっているため、この場所から逃げ出すことはできないのである。

　ゆえに、襁褓を装着させている。

　恋人のためならば、排泄物を片付けることなど、気にならなかった。

　私は彼の肩に手を置きながら、

「きみの気持ちはよく分かる。だが、きみのやっていることは、中途半端なのだ。真に恋人を己の支配下におきたいのならば、ここまでのことをする必要があることを覚えておくがいい」

　彼は化物を見るような目を私に向けながら、

「きみは、異常だ」

「そうかもしれないが、きみも、此方の世界に足を踏み入れているようなものだ。この未来を彼女に強いるか、もしくは己の嫉妬に目を瞑って彼女の自由を認めるか、今が分かれ目である」

＊＊＊

　翌日から、彼女は他の生徒たちに挨拶をするようになった。

　声をかけられた生徒たちは困惑した様子を見せていたが、彼女の本来の姿を考えると、それが変わる時間は即座にやってくるだろう。

　そんなことを考えていると、彼女は突然、私に頭を下げてきた。

「これまで冷たい態度を取ってしまい、申し訳なく思っています」

「気にすることはない。何か理由があるということは、分かっていたことだ」

　彼女は安堵した様子を見せながら、

「実は、恋人から他者との接触を禁じられていたのですが、昨日、突然それを許されたのです。どのような心境の変化があったのかは不明ですが、結果が良ければ、それで良いのです」

　笑顔を浮かべる彼女につられるようにして、私もまた、口元を緩めた。