第130話 伝説的な決着
『むぅ……!! ……そうですかい。いやはや、なかなかのやり手が、いたようですな……では、去らば!!』
少年Xから隔離された戦場で暴れる無数の寝狸霧が、うめくような声を上げた途端、霧のように消えてしまった。
「うわ、なんだなんだ!」
「新たなる攻撃……まさか、ここからすべての力を統合した巨大狸が現れるとか……!?」
「いやいや、どう見たってやられた感じでしょ」
突然相手が消失したことによって戸惑う鬼弁組の面々であるが、残念ながらチームの参謀である二霧は一番最初に受けたダメージがたたって、真っ先に戦線を離脱してしまったので、代わりに南向が窘めるような言葉を発した。
「やられた? つまり、終わったということなのかな……です」
「これで霧になって彩雲プランテーションの方に向かったっていうのなら、大した笑い話だが……」
「今までそんなことをしなかったって時点で、その可能性は薄いと思うよ」
消えた寝狸霧の行方を考える一同であるが、やはり今まで戦っている間に、霧のように変身して少年Xと合流しなかったことを考えると、可能性は低いだろう。
「それじゃあ……」
改めて、南向が彩雲プランテーションが戦っている方を向いて言った。
「決着が、ついたってことなのかな」
現在、難易度SSSクラスダンジョン配信として、ばっちりカメラが回っていることを意識した南向の言葉であるが、実を言えば彼女は内心でこんなことを思っていたりする。
(も~!!! なんでこんなに早く倒しちゃうかならー! これじゃあボスの片割れ倒したって功績作れないじゃんほんともうなにしてくれるのさー! あーもう! 配信の落ちどうしよー!!!)
とまあ、勝利を祝うどころか、文句を言うような彼女だけれど、流石にカメラの前でそんな文句を言うわけにもいかない彼女は、それっぽいことを言って少年Xとの決戦上に思いを馳せるような、そんな演技をするのだった。
(あいつ、どうしていいのかわからなくて、それっぽいことしてお茶濁そうとしてるなー)
さて、そんな南向の様子を、意外にも聡い目で見ていた三月は、とりあえず――
(ま、かっこよさそうだし横に並んでよう!)
と、特に何にも考えていない頭で、それっぽい風に乗って決着のついた方角を見るのであった――。
◆◇
幻を操る幽霊の狐という特異極まりなく、厄介極まりない相手を担当していたアメリカ軍所属DSFの面々もまた、突如として消えた弧末那の消失の理由を、決着がついたと判断した。
「いやー、めんどくせー相手だったぜ!」
こちらは配信者組とは違い、録画している映像もあくまで戦闘記録用。戦闘終了とともに寛ごうが、機密をべらべらと喋り散らかそうが、大した問題にはならない。
だからと言って、敵が消えたその瞬間に、二人の支援型冒険者の手によって作られた空に浮かぶ氷の戦場の上で、横になってくつろぐというのは如何なるものなのか。
「メイヤー。一応、警戒は続けろ」
「やだやだ。今更ゴーストバスターズの真似事してやったんだから、少し休ませろよ。俺はこういう変なのあんまり好きじゃないって知ってんだろ」
「あれ、この前はでかくて一撃が重い奴は大っ嫌いだって言ってなかったっけ」
「こいつが何が嫌いなのかなんて誰も知らないよ」
リーダーとして怠惰な姿勢を見せるメイヤーを諫めるピープスであったが、しかし他の面々も気を抜き始めたのを見て、大きなため息とともに武器をしまった。
事実、今回の敵は幻を操るということもあって、なかなかに気を使って戦わないといけない相手だった。彼らの気疲れもさもありなん。
幻を使って同士討ちをさせられる可能性があった以上、若者同士の即席グループである配信者組よりも、軍隊としての統率が取れたDSFが適任であったため、めんどくさがろうが気疲れしようが、その手のプロフェショナルとして、彼らは全力で臨んだ。
まあ、そんな全力に答えた弧末那が、相応の強敵であったのは確かだった。
それこそ、篝が弧末那、寝狸霧を少年Xと共に戦わせてはいけないと警戒していた理由がわかるほどには、弧末那という狐は厄介だった。
ともすれば、それを冒険者として使役する少年Xの力を、恐れさえした。
「……不穏分子だな」
くつろぐ仲間をしり目に、遥か上空から、おそらくは決着がついたのであろう地上へとピープスは目を向ける。
不穏分子。その言葉が示すのは、やはり少年Xの実力に起因するものだろう。彼らは、ダンジョン災害に関係する世界の未来を憂う部隊である以前に、国に務める兵士だ。
ともすれば、凶悪な戦闘能力を保有する人間を、警戒して当然である。
スキルや武器の効果が現実に反映できないとはいえ、ダンジョンがこうして外に出て来た以上、その保障も確定ではなくなった。特に、クラス5に到達した二人の少年少女は、要警戒対象だろう。
ただ――
「篝は頑なに教えてくれなかったが、なんとなくクラス5の条件もわかった。問題は、軍部の上層部になんて報告するか、だな」
収穫が何もなかったわけでもない。
「意外とそのまんま報告しても、信用されるかもよ」
「あの堅物連中が、世界が根本からひっくり返るようなことを信じると思うか、ティリス」
「思わないに20ドル」
「賭けになってないぞ」
地上を見下ろすピープスの横に座ったティリスは、くすくすと笑いながらそんなことを言い合った。
冒険者として、彼らは最高峰の強さを持つクラス5を目指している。
そもそも、限られた人間しか知らない話ではあるが、非佐木と同じアメリカの研究所を生まれとするティリスは、元々クラス5――少年Xのレベルに到達することを目的として教育された少女である。
故に、ティリスとしてはどのような理由があれど、クラス5に至れるのならば歓迎するし、可能性があるなら何でもするつもりだ。
そのためだけの存在意義を、果たすために。果たし、憧れの背中へと触れるために。
「憧れは負けたが、お前的にはどうなんだ?」
「冒険者が20人近く集まってやっとって時点で、まだまだ憧れなきゃいけない相手でしょ……」
にやりと珍しく笑みを浮かべたピープスの言葉に対して、どこか不機嫌そうに返したティリスはこう続けた。
「でも、何時か追い抜かす」
クラス5が何だ。自分はクラス6になってやる、と。
子供のようにふてくされながら、そんなことを言っていた。
◆◇
「……倒した、でいいんだよね?」
南向と三月がカメラに向けてかっこつけているそのころ、或いはピープスがティリスの想いを揶揄ったりしているそのころ、霧散した少年Xの体を見届けた芥は、そんなことを呟いた。
やはり、ここはダンジョンでありながらダンジョンではない場所。通常のダンジョンとは勝手が大きく違うようで、ダンジョンボスである少年Xを倒したところで、ドロップアイテムは落ちなかった。
しかし、ダンジョンさながらに、倒した少年Xの体は霧となって消えてしまったため、どうにも倒した実感というモノがわかないのだ。
まあ、これで倒した少年Xの遺体なんてものがあったとしても、あまりにも痛々しすぎて、配信で写せたもんじゃないし、倒した実感どころか、倒してしまった罪悪感でそれこそ芥がつぶれてしまう。
そんな結果にならなかったことを、心の底から安堵したところで、あ、と芥は気付いた。
「そういえば配信は!?」
「倒した後にあーしがそれとなく終わりの宣言をしといて、切った。こっからはクリアした奴だけの報酬ってな」
「おー、ナイスみもりん!」
配信をするというのは、完全にミルチャンネルの意向なのだが、芥としても配信者のトップランカーになるという非佐木が約束してくれた目標を果たすためには、望むところであった。
もちろん、かつてのSSクラスダンジョンの一件を見れば判る通り、今回の配信はミルチャンネル、鬼弁組合わせてmetube含めた各種配信サイトの急上昇上位を独占。
10年前よりもワールドワイドになったネットワークを伝って、彼彼女らの活躍は、間違いなく世界一となった。
トップランカーに、なったのだ。
今もなお、更新するたびに増えていくmetubuチャンネルの登録者をにやけ顔で見送った未若沙は、しかし万全の配慮をして配信を終了した。
こちらは南向のような数字主義ではなく、友人主義。こんな友人ができたんだぞと、半年前の自分に自慢してやりたくなるぐらいの思いをもってして、彼女は気を使っていた。
というのも、ここからは芥や未若沙のプライベートが多分に含まれてしまうからだ。
白芥と非佐木との接触。或いは――
「初めまして、麻木さん、非沙美さん」
「……え? ちょっとまってみもりん! それってまさか……」
「この二人、死神の両親だぞ」
「うそー!!?」
突如として現れた二人の正体だったりと、SSSクラスのダンジョンボスを倒した余韻として配信に映すには、プライベートが過ぎたのだ。
「いやー、いいハンマー捌きだったよ芥ちゃん。君は、いい冒険者になるね!」
「い、いやいやいや……え? お二人とも、死んだんじゃ……」
「詳しく話すとかなり込み入っちゃうからかいつまむと……多分、煉瓦君の配慮、なのかな?」
「さぁて、どうだろうな。俺が知ってる限り、そんな優しい奴じゃなかった気がするが……」
非佐木の両親と聞いて飛び上がるほどに驚いた芥は、しかし記憶違いでなければ、二人は死んでいたはずだと思い出す。思い出すというか、そう人伝に聞いていたことを思い出しただけなのだが――
「葬儀は実際になされ、叢雁篝が実際に死体を確認していたのだとすれば、疑問が尽きませんわね」
「あ、なずなちゃん生きてたんだ。よかったー」
「割と限界ですわ……」
「ああ、まってまって。今私が回復してあげるから」
四人で話していれば、遅ればせながら話題に混ざって来たなずなが、芥も抱いている疑問をはっきりと言い切った。とはいえ、あの戦いの中でその耐久性能の低さ故に最もダメージを受けていたなずなを治療することを優先して、いったん話し合いはストップしてしまう。
ただ、回復は両王である非沙美の仕事であり、彩剣王の麻木は特にやることがない。だから、それとなく同じく手の空いていた、というよりも手持ち無沙汰に右往左往していたみ未若沙に答え合わせをした。
「実を言えば、僕たちは本人じゃない。いや、本人だけど、違う。厳密に言うなら本人のかけらって言った方が正しいのかな?」
「……幽霊の切れ端とか、スライムの分裂みたいなもんか?」
「そういうとプラナリアみたいだな! がっはっは!」
説明下手な麻木のせいで余計に混乱してしまう会話だけれど、要約すればこうだ。
「つまり、煉瓦の死体を芥に改変するべく詰め込まれた世界のデータに、あんたらが含まれてて、それが今になって出て来たってわけか」
と、言うわけだ。
未若沙が思い返してみれば、冒険者としての芥の戦闘センスはダンジョン初心者のそれではなかった。まさか、それがベテランもベテランのデータを内に取り込んでいたからとは……。
となると、彼女が槌士を選んだのも、非沙美のジョブが槌士系統のものだからなのだろうか。
まあ、どうでもいいことだけれど。
「そういうことそういうこと! いやー理解が早くて助かるよ。……ちなみに聞くけど、君は非佐木のこれだったり……」
さて、大切な話の合間に、息子の恋愛事情を聞いてくるのは父親らしいというかなんというか。如何にもな小指を立てるしぐさが、果たして今の世代の若者に通じるかはともかくとして。
「だったらよかったんだけどな」
「ほぉう……」
ちらりと、そんな風に答えを濁しながら、非沙美に治療される芥となずなの姿を見て、未若沙は深い……それはもう深いため息をついた。
その様子を見て、にやりと笑った麻木は、自分の息子が隅に置けないような人間に成長したことを悟った。
「そうかそうか! それは是非とも頑張ってくれ!」
「はいはい」
さて、そんな厄介なおせっかいが終わったところで、麻木は治療の終わったであろう非沙美たちの元へと向かった。
特に何をするわけでもない未若沙も、なんとなくその後ろをついて行けば――
「さ、君たちは先に進みなさい」
「先って……どこだ?」
「ほら、あそこに扉があるだろ」
「わ、ほんとだ! い、いつのまに……」
彼女たちの背中を押すように、麻木は三人に、どういうわけか空中にぽつりと浮かんでいる扉を指差した。
これが、噂に聞くSSクラスクリア後に見ることができる扉か、と未若沙は思う。
ただ――
「あんたらは?」
「ここでお別れよ」
「えぇ!?」
なんとなくわかっていた未若沙と、野生の勘とでも言おう直感でそうでないだろうかと気づいていたなずなを置いて、芥が大声で驚いた。
「だって、本来だったら私たち、死んでるからね」
「まったくもって、俺たちがここに居るのは奇跡の産物なんだろうな。きっと、いろんな偶然が混じって、芥君の体の中からはじき出された俺たちが、何とか形を保って居られてるんだ。……ただ、それもここまで」
よく見れば、二人の体が足元からノイズが走るように消えていっていた。それは、話しに聞いていた、煉瓦の最後と同じように。
「ま、そんなわけで俺たちはここまで」
「あるべき姿に戻るだけ。あるべき世界に戻るだけ。だから、君たちも頑張って、取り戻すべき日常を取り戻してね」
最後の言葉を紡ぐ。
ここが、別れの時だから。
「私たちの息子をよろしくね」
「どうせなら、薊のことも聞いときたかったが……ま、非佐木がきっちりと育ててくれてるだろ。二人とも、俺に似ずに聡明な奴らだったからな」
「ふふっ、そうですね貴方――」
そう言って、ノイズが二人をかき消した。
現実味のない消失。死……というのは、少し違うだろう。なんたって、彼らはもうすでに死んでいるのだから。
だから、これは消滅。
唐突に戦場に姿を現したように、彼らは唐突にこの世界から姿を消したのだ。
だから、だから。
「行こう。ひーくんに会いに」
「だな……あ、まな板。疲れてるなら休んでてもいいぜ。戦えもしない足手まといは邪魔だからな」
「はっ、そういうあなたは随分と不意打ちに弱そうではありませんか。世界中のダンジョンの大本がいるのですから、非力は安全地帯で縮こまっていた方がよろしいと思いますわ」
「あ、やんのか?」
「いくらでも」
「ほーら、喧嘩しないの。まったく……」
こんな時でもいつも通りな二人を見て、芥は思わず笑ってしまった。
いつの間にか流れていた涙を忘れて、笑った。
いつも通り。
そうだ、この戦いはいつも通りを取り戻すためのものだったはずだ。
いつも通りの、非佐木がいる日常を取り戻すためのもの。だから、いつも通り行こうと思った。
「さ、行こっ!」
二人の手を取って、芥は扉へと歩いた。
歩き、扉を開けた。
その先に居る、自分の本物と、愛すべく幼馴染に会うために。
すべての決着をつけるために――
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