第129話 伝説的な奇跡


 ……ちょっとだけ罪悪感があった。


 好きな人の想いを無駄にする行為に。


 好きな人を攻撃する行動に。


 幼き彼を攻撃しなければいけない状況に。


 自分が立ち向かわなければいけない戦況に。


 人の不幸を利用するような配信に。


 好きな人を陥れてしまった結果に。


 人に迷惑をかけ続けている現状に。


 世界を巻き込むようなわがままに。


 申し訳なくて、申し訳なくて、申し訳なくて、申し訳なくて、申し訳なくて――


 何もわからなくなる。


 何もわからないのに、罪悪感だけが募っていく。自分のせいで。そう思って、思い込んで、込み入って。


 私が、なにに悩んでいるのかもわからなくなっていく。


 だから、だから――


「BANG」


 私の心臓を狙った弾丸が放たれたその時、ちょっとだけの罪悪感が、ちょっとだけ救われた気がした。


 重い荷物を持ってた時、横からその荷物を取り上げられたみたいな。そんな、身が軽くなった感じがしたんだ。


 胸に潜り込んだ弾丸が、私の体を突き抜けるまでの間に、そんなことを考えていた。


 役割が無くなる、とか。私のわがままに世界が巻き込まれることはないんだな、とか。


 体が楽になっていく。楽な方に転がっていく。ゆるやかに、ゆるやかに、ゆるやかに――


「――なんて……!! 諦められるわけ、ないでしょ!!」


 それは、違う。


 それだけは違うんだ。


 重たいからって誰かに任せちゃいけない。


 だってそれは、みもりんが助けてくれて、南向先輩が背中を押してくれて、なずなちゃんが教えてくれたもの。


 もう迷えない、私の想い。


 何があったって、絶対に手放しちゃいけないものだから。


 どんな罪悪感を背負うことになったとしても、絶対に私は、私は――


「あなたを諦めるために、私はここに来たんじゃない!」


 心臓を貫かれたからなんだ。体に力が入らないからってなんだ! こぶしを握れ。ハンマーを持ち上げろ。目の前にいる彼はダンジョンが作り出した偽物だ。


 本物に会いに行くためには、この偽物を倒さなくちゃいけないんだ。


 だから、だから――


「ああ、そうだ。まだあきらめる必要はねぇぜ嬢ちゃん」

「……え?」


 そのとき私は、奇跡を目の当たりにした。



 ◆◇



 奇跡、とはどういう時に使う言葉だろうか。


 まず、その一つの条件として当てはまるのは、滅多になんて言葉に表せないほどの小数点の先にある確率を乗り越えて、目の前に現れた現象であるということだ。


 次に挙げられるのは……おそらく、それが当人にとって望ましい結果を齎すものということだろう。


 もちろん、たいていの場合は人間の手の及ばない領域によって、まるで神様がそうしたかのような現象、事象などを奇跡と呼ぶのだろうけれど……それならば、その奇跡が悪い方に傾いたとして、最悪の奇跡なんて言葉は使われないはずだ。


 ともすれば、素晴らしい奇跡、や最高の奇跡、なんて言葉があってもいいのかもしれない。


 と、まあ。そんなことを言って、何を言いたいのかと言えば、簡単な話、この奇跡は、まったくもって芥にとって素晴らしいものであったということだ。


 ただし、それは芥にだけ、彩雲プランテーションにだけ素晴らしいものかと言えば違う。それは、画面の向こう側で、この戦いの行く末を視聴している人間にとっての素晴らしい出来事だったのかもしれないし――ともすれば。


「……え?」


 今ここで戦っている、少年Xにとっても、喜ぶべき奇跡だったのかもしれない。


「久しぶりだなァ! っつっても、なんだか久しぶりって感じがしない姿だけど……まあ、いいや。とりあえず……ここは、こっちの味方をさせてもらうぜ、非佐木」

「感動の再会もいいけれど、素敵な女の子たちを攻撃する息子となると、少し叱らないといけませんからね」


 二人の男女が立っていた。


 それは、何もない空間から突然現れたかのように、銃弾で胸を貫かれた芥の背後から現れたのだ。


 いや、そもそも――


「……あれ。死んでない?」


 銃弾で胸を貫かれたはずなのに、確実に心臓が破壊されたはずなのに、芥はまだ生きている。


 ダンジョンにおける死に戻りの基準は、実のところ難しい。ゲーム的なステータスが多く存在するが、しかし唯一、自らの生命力を示したHP、或いは体力と呼ばれる数値が存在しない。


 それは、偏にそのようなステータスを現実的に表記する、或いは外部リソースによる補強が難しいと漆喰が判断したからだ。


 DEFは体表に空気のシールドのような膜を作り出し、攻撃に対する防御力を高めてくれるし、VITは肉体そのものの再生力や新陳代謝を高め、毒や体内に響くダメージに対して強くなることができる。


 しかし、それらがすべて加わったところで、やはりどうしようもない傷はどうしようもない。


 頭が無くなったり、心臓が無くなったり、血が無くなったり、命が無くなったり。そういった、数値では表せないような外傷によって活動不能となってしまえば、やはり死に戻りとなってしまう。


 つまり、心臓が破壊された芥も当然、死に戻りをしてしかるべきなのだろうけれど……しかし、死んではいなし、動けないわけでもない。


 なぜ?


「それは、私のスキルの効果だよ、芥ちゃん」

「え、えと……」


 自慢げにそう話す女性を見て、やはり芥は困惑した。初めて見る顔なはずなのに、どこか既視感のある姿。それは、自分の背後から現れた男性側にも、抱いた感情だ。


 初めて見るはずなのに。ずっとずっと一緒に居たかのような親近感。


 この二人は、いったい誰なのか。


 自分たちのことを知っている風だが――


「自己紹介、した方がいいか?」

「……いえ、それよりも何ができるのかを教えてください。そちらの方が言った私を生かしているスキルも、そう長い間使えないんですよね? なら、今は彼を――少年Xを倒す協力をしてください」

「へぇ、流石だな」


 彼らは誰なのか。そんな疑問が渦巻くけれど、しかし新たなる戦力の参戦を遊ばせておく理由などない。


 どんな理由があれど、どんな状況であれど、ここにきて共に戦ってくれるのならば、彼らが何者かだなんてどうでもいい。


「俺は支援系前衛ジョブ〈彩剣王〉」

「私は特殊耐久型前衛ジョブ〈両王〉」

「わかりました……私は、クラス5ジョブ〈戦神〉です。一撃の威力だけなら、任せてください」

「了解。それじゃあ、まだまだ闘争心溢れるお前らのために、俺たちが道を切り開いてやるよ」


 交す言葉は必要最低限。しかし、今はそれで十分だった。


 なにせ、まだ戦いは終わってないのだから――


「〈極彩園〉発動!」

「ま……まだまだァッ!!」


 謎の二人の登場に攻め手を緩めてしまうほどに動揺していた少年Xであるが、明確に攻撃の意志を見せた男――彩剣王に反応するように、背中に並んだタップダンスを取り出した。


 だが――


「……え?」


 タップダンスを取り出すその空隙。たった一瞬のはずの時間だったはずなのに、目の前にいた三人が消えていたのだ。


 文字通り瞬く間に消えた三人がどこに消えたのかと言えば――


「色彩を操る。それが〈彩剣王〉の力!!」


 消えてなどいなかった。


「ッ!?」


 剣士系統特殊派生クラス4ジョブ〈彩剣王〉。その力は、戦場とした場所にまつわる色彩を操り、自在に魅せる力。


 色を操り、見せたいものを見せる力。それはつまり、見せたくないモノは見せない力でもある。


 〈彩剣王〉を彩る二大スキルの片割れ〈色彩圏〉は、色で戦場を支配する。それはともすれば幻覚のように、三人の姿を視覚的に塗りつぶしたのだ。


「サポートは俺に任せな! んでもって……――」

「私の〈両王〉は死と生をあやつ――っ!!」


 流石は伝説の少年X。カメレオンさながらに姿を消す敵と相対したところで、すぐさま居場所を割り当て両王の頭めがけて銃弾を放ち、見事命中させた。


 彩剣王に比べればなんとも言えない退場の仕方に、唖然とするしかなかった芥であったが――その驚愕は、すぐに塗りつぶされることとなる。


「そういえば、非佐木の前では使ったことはなかったね!」


 しかし、両王は死ななかった。


 頭に銃弾を撃ち込まれてなお、その体を動かして振り上げたハンマーを少年Xへと叩き込む。


 それこそが、〈両王〉の持つルール無用極まりないチートスキル〈戦士達よ泰平を望めヴァルハライズ〉の効果、死に戻り判定の無視&健常状態の維持である。


 多くの制約と、効果終了時の術者の死亡というリスクこそあるものの、ここ一番で得られるリターンは莫大だ。


 戦況を覆しかねないほどに。


「な、なんで生きてッ!!」

「そういうスキル!」


 先ほどとは違う動揺を浮かべる少年Xであるが、それも仕方のない話だ。なにせ、突如として現れたこの二人は――いや、それよりも。


「!?」

「白は無重力の色だぜ、非佐木」

「浮足立つのはいいけど、地に足のついた人間になってほしいかなー……えいっ!」


 二人は、圧倒的だった。


 〈彩剣王〉が誇る二大スキルのもう片割れ〈色彩剣〉が炸裂したと同時に、一時的に動きを止められた少年Xに襲い掛かる両王のハンマー。


 なんとがガードを間に合わせることはできたが、攻撃の余裕すらない連携に少年X、そして彩雲プランテーションの面々が驚愕した。


 たった二人のクラス4ジョブが戦列に参加したところで、果たしてここまで少年Xを追い込むことができただろうか。


 少なくとも、たった三人と一匹で挑まなければならなかった彩雲プランテーションたちは、そうは思えなかった。


 だから――


「みんな、全力を!!」


 この瞬間に、全てを賭けるのだ。


「言われるまでもないぜ、ケシ子! 照射しろ〈マンダラ〉ァァ!!」


 果たして、空へと打ち上げていた衛星砲が煌めいたかと思えば、遥か上空よりすべてを燃やし尽くす業火が降り注ぐ。


 回避の手立てはなく、また受けてしまえば周囲を巻き込んで死んでしまうようなそんな攻撃を、少年Xは襲い掛かる両王、彩剣王を無視してまで対応した。


「〈咆哮汽賊ロード・オブ・ロア〉ァ!!」


 空気を固着させるスキルによって、天蓋を作るようなドーム状の即席の壁が出来上がったかと思えば、それは空から落ちてくる火炎を見事に防いで見せた。


「畳みかけろォ!!」


 しかし、それこそが最大の隙となる。


 彩剣王の声が号令となり、戦場の人間が一斉に動き出す。その中でも、最も速く少年Xへと肉薄したのは、しかし人間ではなかった。


『俺を忘れるなよッッ!!』


 狗頭餅の突進が少年Xへと襲い掛かる。


 AGI任せの突進であるものの、しかし彼の体躯は人を超えたモンスターのそれ。付随する質量はあまりにも暴力的であり、〈自劫自滅ジー・モンキー〉のバフはあれど正面から受け止めることはできない。


 かといって、回避しようとすれば更なる隙を作ることになってしまう。


「くっ……〈処死貫徹ジャンキーマグナム〉!!」


 起死回生の一手。マグナムピストルの形状をした高火力銃の武器スキル〈処死貫徹〉の威力に比例した巨大すぎる反動を使い、危機から離脱すると同時に狗頭餅を攻撃する少年X。


 攻撃と回避の両立は、紙一重のバランスによって成り立ち窮地から少年Xを救い、更には続く狗頭餅の追撃を封じた。ただし、封じることができたのは狗頭餅だけ。


 追撃の手はまだ続く。例えば――


「〈雷光〉ォ!!」

「っ!?」


 なずな渾身の〈雷光〉が空気を切り裂き轟いた。……が、寸でのところでその存在に気づくことができた少年Xは、これもまた華麗な身のこなしで回避する。


 高いAGIに裏打ちされた回避能力。しかし、それは図抜けた周辺認識能力によって支えられたものだ。


 だが、回避に徹することしかできなくなっている時点で、彼は相当に追い詰められている。


 あと一歩。あと少し。


 その要素を埋めるようにして、それは――


「あ」


 少年Xが、足をくじいた。


 なずなの雷光を回避するために空へと高く飛びあがった彼は、しかし今までの戦いで滅茶苦茶になった地形に足をもつれさせたのだ。


 あんまりにもあんまりなミスではあるが……それを見逃せるほどの余裕なんてない。


 強いて、そのあんまりな結果の所以を語るとするならば――


「やぁああああ!!」


 伝説が相手にしていた少女が、〈豪運〉であった、と言ったところだろうか。


 思わずもつれさせた足のせいで膝から崩れ落ちた少年Xの体に、芥渾身の一撃が放たれた。


 それは、今までなんとしてでも受けないようにしていた必殺の攻撃。この戦いの趨勢を、直接決めかねない渾身のSTRが詰まった最強の殴打。


 それは、少年Xが危惧していた通りに、勝負を決める一撃となった。


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