第128話 伝説的な拮抗

 配信のカメラの画角の外。


 随分と遠いところまで吹き飛ばされた芥は、大きなため息をついた。そんな彼女の下に、影が一つ近づいてくる。


「大丈夫ですの?」

「い、一応ね……シールドなかったらヤバかったかも……」

「そう。なら、すぐに前線に戻れますわね」

「うん……!」


 少年Xの注意を復活した狗頭餅が受け持ったその裏で、芥の下に駆け寄ってきていたのはなずなであった。その安否を確かめてから、彼女は芥へとすぐに前線に戻ることを促した。


 ただ、芥の足取りは重い。


「いや~……やっぱり、ひーくんは強いなぁ……」


 人数やステータスの総合値では確実に勝っているはずなのに、それでも決めきることのできない少年Xの牙城。


 果たして、自分たちにあんな怪物が倒せるのか――そんな迷いが、芥の中に生まれてしまったのかもしれない。


「それでも、倒さなければなりませんわ」

「うん。そうだね」


 前を向く。未来を見る。そこに至る道筋を思い描く。


 勝つしかない。勝るしかない。


 如何なる困難であろうと、そうしなければ愛すべき幼馴染を救うことなんてできない――


「まあでも、ここで足を止めるのもなしではありませんわね」

「……え?」


 しかし、ここにきて初めて、なずなが下を向いた。


 初めて。少なくとも、芥が知る限りで彼女がそんな弱音を吐いたのは、初めてのことだった。


 だからこそ、戦うことも忘れて、思わずなずなを見てしまう。


「何をそんなに驚いた眼をしてるんですの。私だって、弱音を言う時だってありますわ」

「あ、うん……そ、そうだよね」


 弱音を言う時もあるとは、何の冗談だろうか。確かに、彼女は非佐木に挑んだ勝負でコテンパンにされることはあるだろうけれど、泣いて逃げるその瞬間も、決してポジティブな姿勢を崩さなかった。


 唯一、非佐木との決闘をした屋上で、弱音を吐いたこともあったけれど、その場にいたのは非佐木だけ。芥は知らない。


 だからこそ、驚いたわけなのだけれど――


「世界に絶望し諦める。それも仕方のないことですもの。無理強いすることはできませんわ。それに……下を向くことでしか、拾うことのできなかったものがあるはずですもの」


 果たして、そこにはどんな意味が込められているのか。少なくとも、一度、配信者としての活動を諦めてしまったなずなにとっては、下を向いて初めて彩雲プランテーションという仲間と出会うことができた、ということなのかもしれない。


 もしくは――


「奇縁、良縁、巡り合わせ。どんな形であろうと、あの時、私のことを救ってくださった方に再会できるなど、誰が思ったでありましょうか」

「……何の話?」

「此方の話ですわ」


 これは誰にも言ったことない事実だけれど、実は彼女は何年か前に少年Xとしての非佐木に助けられた過去を持っていた。


 その時のことを、なずなは今でも鮮明に思い出せる。


 長野の暴走現象に巻き込まれたとき。父親を失ったあの事件で。モンスターの凶刃に殺されてしまった父親を見ることしかできなかったなずなに対して、彼はただひたすらに謝っていた。


 それが、なずなにはどうしても許せなかった。


 なぜ――


「なぜ、私と同じ年の人間が、そんなにまで背負わなければならないのか、と。押しつぶされそうなほどに辛いのならば、いっそのこと背負ったものを降ろして逃げ出せばいいのに、なんて」


 それが、なずなのはじまり。なずなという少女が、前を向く理由。


「私は私に自信を持てる人間になりたい。ならばこそ、憧れとは対等でありたいものですわ。弱みすら見せずに消えるなんて、まったくもって許せない話ですけれど」


 対等でありたい。


 自分と同じ年頃のはずなのに、自分の父親の死のような、どうしようもない理不尽すらも背負おうとしてしまう憐れな少年が、許せなかった。


 そんなにつらそうな顔をする貴方に背負ってもらわなければいけない程、私は弱くないと。


 父親のような、完璧な冒険者の子供なのだと。


 示したかった。


 もちろん、非佐木との出会い。そして因縁はただの偶然であるけれど。


 気づいてしまったのだから、仕方がない。彼が、あの時の少年なのだと。


「ともあれ、それは私の勝手。それに他人を付き合わせるわけにはいきませんわ。ただ」


 続ける。


「ただ、貴方にも立ち上がる理由があるならば、挑戦する理由があるならば、挑み続けるべきでしょう。ここはダンジョン。何度でも、挑戦することができるのですから」


 暴走現象という災害さえなければ、ダンジョンとは何度だって挑戦することのできるアトラクションだ。ただ、なずながその言葉に含めた意味が示すところは違った。


「人生だってそうでしょう? 挫折したとしても、諦めたとしても、また立ち上がればいいんですわ。夢を見るならば、その夢に歩きだす意思が不可欠ですもの」


 絶望しても、前を向く。


 諦めたとしても、立ち上がる。


 挫折したとしても、一歩を踏み出す。


 その先にこそ、夢があると彼女は語る。


「その上で訊ねますわ。あなたの夢は?」

「彼を助けること」

「辛いのならば、諦めてもよろしくてよ?」

「ううん、諦めない。だって、絶対に諦めたくないから」

「よろしい。ならばこそ、彼我の差を見て絶望している時間なんてありませんわ。さ、行きますわよ」

「うん!」


 戦う。悪化した状況の中でも、それでも助けたいから。


 非佐木を、取り戻したいから。


 彼女たちは戦うのだ――


 まあ。


『ハハハハハハハ!!!!』

「ははっ、流石は狗頭餅だ! っていうか、前より強くなってない?」

「そりゃ、今の狗頭餅はあーしの召喚獣だからなァ! 召喚獣を使役するうえで、強化するのは当たり前だろ!」

「へぇー、すごい!」


 中には、ただただ非佐木と戦いたいだけの獣も居たりもするけれど。


 ただ、その獣のおかげで、僅かとは言え作戦を崩された芥たちの落ちかけたメンタルを立て直す余裕が生まれたのだ。文句を言うことはできまい。


 とにもかくにも、芥となずなの二人が戦場に戻ったことによって、第二ラウンドは始まる。


 燃え盛る少年Xを前にした、決死の第二ラウンドが。


「ごめん、遅れた!」

「遅ぇぞ二人とも! だが、狗頭餅が時間を稼いでくれてる!」

「なんという速度……よくもまあ、狗頭餅という召喚獣が、あの速度について行けますわね……」


 AGI特化型のステータスを、バフを重ねて更に強化しているなずなが呆れるほどに、狗頭餅と少年Xの戦いは苛烈を極めていた。


 後衛ジョブ故に伸び幅少し少ないものの、AGIに特化したステータスを持っていた少年X。そこに加わる〈自劫自滅ジー・モンキー〉の過剰バフによって、彼は暴力的な加速を獲得している。


 その代償に、燃えていく体は連続するダメージによって刻一刻と朽ち果てていている。それを支えるのが、彼の右手に持つバイオレンスベヨネッタの武器スキルとは別に存在する、攻撃時に与えたダメージを吸収し、自らを癒す常在効果だ。


 これにより、風前の灯火となった少年Xはギリギリのところで保っている。


 背水の陣極まりない戦いであるが――しかし、それこそが彼らしいともいえる。


 いや、事実追い込まれているのは間違いないのだろうけれど、我が物顔で戦場を横行闊歩するその姿は、まさしく伝説そのもの。


 勝てるビジョンが見えない。


 勝る点を見つけられない。


 それでも――


「戦うよ」

「ええ、もちろん」

「できる限りのサポートはするぜ」


 戦うと決めたのだから。


 世界の命運など顧みず、愛する少年を取り戻すと決めたのだから。


 Xではない。彼に、また出会うために――


「こっちも奥の手だ――〈設置魔法:マンダラ〉加えて発動する――ッッ!」


 さて、ただでさえ高いAGIを更なるバフによって高めた少年Xのスピードは、後衛ジョブの貧弱なステータスではとらえることのできない域へと到達している。


 Sクラスダンジョンのユニークモンスターとして確かな格を持っている狗頭餅の助けがなければ、芥たちが戦線復帰する前に、未若沙は死に戻りによって戦線離脱していただろう。


 そして、狗頭餅レベルの召喚獣でなければ、今の少年Xの戦いに参加することすら許されない。ともすれば、下手な鉄砲とばかりに召喚獣を並べたところで、〈ブレイブアサルト〉から持ち替えて左手に持たれた〈アイアンメイデン〉なるショットガンの流れ弾によって、何をすることもできずに破壊されてしまうことだろう。


 ただ、だからと言って何もできないわけじゃない。


 決して彼女だって、足手まといとしてここに参加したわけではないのだから。


「――〈回路連結〉」


 〈設置魔法〉によって〈蝋王〉の弱点をカバーした完璧なシナジーを発揮する未若沙の固有スキルであるが、しかしそれ等のシナジーはあくまでも、未若沙の強さを語る上でのおまけに過ぎない。


 いや、おまけというには、随分と効果的で汎用的なのだが――まあ、それをおまけに追いやれるほどの意味が、そのスキルにはあるということだ。


 〈回路連結〉


 未若沙という少女の戦闘の中核を担うそのスキルは、これまたシンプルなスキルだ。


 『支配下に置く味方の状態を同調する』


 一見すれば味方ありきの支援スキル。ともすれば、どうやって使えばいいかわからないような意味不明のスキル。


 しかし、その効果は絶大――マイナスという意味でも、もちろんプラスという意味でも。


「駆けろよ二人ともォ!! 終幕の合図だッッ!!」


 空を覆う巨大な召喚獣を携えて、叫ぶ未若沙の号令が戦場へと響き渡る。


 召喚獣〈マンダラ〉。


 使い切り一撃必殺特化型召喚獣。未若沙との合図によって空に浮かび上がったそれは、高く、高く、高く高く高く昇っていく。


 例えるのならば、それは衛星砲。閉鎖空間では使用そのものが不可能な、環境に左右されまくる召喚獣であり、未若沙のデザインする召喚獣の中で最も高い攻撃力と巨体を誇る怪物である。


 その力は、打ち切りのビーム砲。〈蝋王〉の前身である〈火魔法使い〉系統に属する〈火属性魔法〉を集約した、全身全霊の一撃を放つだけの召喚獣である。


 それだけに特化した、召喚獣である。


 まさしく一撃必殺の攻撃を用意しつつ、未若沙が展開した〈回路連結〉の効果が、なずなと芥に触れた。


 触れて、及ぼした。


 『状態の同調』


 それが意味するのは――バフ状態の同調である。


 本来であれば本人にしか効果を及ぼさない強化効果。それを、味方にも伝搬させるというもの。


 本来、未若沙はこのスキルを使い、自らが使役する召喚獣のバフを統合し、列をなす召喚獣全体のステータスを底上げしている。


 ともすればそれは、Sクラスダンジョンのモンスターでも歯が立たないような軍隊を作り出すことが可能な固有スキルだ。


 無論、弱点だってある。ただ、その弱点を無視することができるほどの力が、〈回路連結〉にはあった。


 果たして、そんな〈回路連結〉が繋げたのは二人の冒険者と一匹の召喚獣――


「わわっ、これが言ってたやつ?」

「そうだぜケシ子。だが、気を付けろよ。人数分に分散するとはいえ、負傷状態までそのスキルは同調しちまう……雑魚相手には無敵だが、たった一撃で戦いが終わっちまうような一撃を放てる奴には、むしろデメリットになりかねない力だ」


 負傷状態まで同調する、というのは、本来であればダメージを同調している全員に分散させることで、一撃で受ける被害を減らすというメリット効果なのだが――こと、ダンジョンボスのような相手にはデメリットとして作用することがある。


 ダメージを同調するということは、裏返せば分散したところで受け止めきれないダメージを受けてしまえば、一瞬で並べた召喚獣が潰滅してしまうということ。


 そして、少年Xはその弱点を突くことができる攻撃力を持っている――


 ――とはいえ、だ。


 デメリットばかりに目を向けていてもしょうがない。ここは一つ、素晴らしきメリットについて語るとしよう。


 と、言っても、これに関しては今までのおさらいのようなものだ。


 今現在、同調状態にあるのは芥となずなと狗頭餅。


 彼らにかかるバフ、そのすべてが同時に全員に共有される。


 それは例えば、今までの少年Xを支え続けて来た〈狐狗狸子〉としてのバフであったり、〈雷魔公〉が誇るスロースターターというデメリットを帳消しにする破格の強化効果を付与するスキル〈雷霆流転ライジングダンス〉だったり――


 あらゆるバフを増加させる〈戦神ノ進軍ヴァルキュリア・ヘルガ〉であったり。


 それらのバフがすべてひっくるめて、全員に共有されているのだ。


「これなら……!!」


 〈狐狗狸子〉+〈雷霆流転ライジングダンス〉+〈戦神ノ進軍ヴァルキュリア・ヘルガ


 限りなく積み上げられたバフ効果が二人と一匹の動きを劇的に変えた。それこそ、燃え盛る少年Xに対抗できるほどの身体能力を。


「〈ピンポイントアタック〉!」

「急に動きがっ……ははっ! いいね! もっと激しくいこうよ!」


 一足先に肉薄するなずなの細剣が、メタリックな塗装をきらめかせるショットガン〈アイアンメイデン〉と打ち合う。


 お互いにAGI特化のステータス。重なるバフによって速度差は均され、そして区別を付けられるほどのSTRもない。鍔迫り合いとなれば、拮抗して当然だ。


 しかし、この拮抗を即座に突き崩す力をなずなは持っていた。


 固有スキル〈雷光〉


 未若沙の持つ〈回路連結〉のような破格の効果があるわけではなく、〈設置魔法〉のような革命的な拡張性があるわけでもない。


 ただ、剣先から雷撃を発生させるだけの固有スキル。


 しかし、その発生速度は迅速。魔法のような口語による発動宣言をせずとも起動することができ、あらゆる動作の合間に挟むことができるほどにコンスタントなパフォーマンスを発揮する。


 可もなく不可もない。


 そして、そのスキルはバフの影響を受ける。雷属性魔法×細剣士を両立したクラス4ジョブ〈雷魔公〉が誇る強烈な雷属性強化効果は、〈回路連結〉の効果によって伝搬する〈戦神ノ進軍ヴァルキュリア・ヘルガ〉の効果によって倍化する。


 ただでさえ、一瞬だけ動きを麻痺させる程度だった〈雷光〉の雷撃を、〈雷魔公〉の強化効果によって着弾点を黒焦げにできるような一撃へと昇華されているのだ。


 更に倍。


 放たれる雷撃は、常軌を逸した熱量を携えて、拮抗するつばぜり合いの均衡を崩すために放たれた。


「ッ!?」


 仰け反るようにして雷撃を回避しようとする少年Xがだが、放たれた雷撃を躱すには足りない。


 大太鼓を鳴らしたような轟音が世界を叩き、喝采が如き光明が辺りを照らす。


 放たれた雷は、少年Xを狙い違わずに貫いた。


「まだですわ!!」

「まだまだァ!!」


 足りない。


 雷に貫かれたはずの少年Xは、しかし驚異的な生命力を発揮して耐えた。果たしてそれが、ただの根気なのか、スキルに裏付けされた耐久力なのか。


 後衛らしからぬタフネスを見せる少年Xに更なる追撃を――しかし、〈雷光〉は続かない。


「ッ……!!」


 破格の強化は、しかし本来であれば存在しないデメリットを産み落としていた。


 限りなく強化された〈雷光〉が放った雷撃は、果てしない熱量を保有していた。それにより、細剣の切っ先が融解していたのだ。


 切っ先から放たれる雷は、切っ先が無ければ放つことができない。故に、異常強化による代償として切っ先を失った細剣は、〈雷光〉を放つ力を失ってしまったのだ。


 それどころか、細剣の持つ攻撃力すら――


「〈武器召喚〉ッ!!」


 心配することなかれ。例え武器が機能不全に陥ったとしても、壊れた武器を投げ捨て即座に〈武器召喚〉を使えば破損状態をリセットすることができる。


 ただ――


「〈匣卒アイアンメイデン〉」


 拮抗するAGI特化型の間合いに置いて、失った武器を取り戻すという行程は、あまりにも致命的だった。


 発射される〈アイアンメイデン〉の武器スキル〈匣卒アイアンメイデン〉。近距離でしか使うことのできない一撃が放たれたその瞬間、散弾銃ショットガンの弾丸らしく無数の球体が炸裂する。


 バラけた球体それぞれが〈死神〉の攻撃力を発揮する必殺の弾丸。ただし、それはなずなに届くよりも前に消えてしまう。


「……?」


 消えた弾丸。何もない結果。


 何かが発動されたことを感じつつ、しかし無事である己の状態に困惑するなずなであったが――だが、即座に気づいた。


 AGI特化型らしく、気づくのには早かった。


 自分の周囲に浮かぶ、無数の弾丸の存在に――


「BANG」


 その言葉と共に、宙に浮かぶ弾丸全てがなずなへと向かって飛んだ。ショットガンが放つ面攻撃を超える、逃げ場無き弾丸の檻。


 それは、弾丸らしく音速をもってしてなずなの命へ向けて放たれた――


『浮気かこの野郎ッ!!』

「レオクラウドッ!!」


 AGI特化型の瞬きのやり取りが終わったその瞬間、芥と狗頭餅が戦線に到着した。


 なずなは――


「まだっ……ですわ!!」

「流石!」


 負けず嫌いここに極まれり。


 渾身の一撃に少年Xが耐えたのならば、自らも耐えなければ恥じだろうとばかりの勢いで、彼女は銃弾の包囲網を掻い潜ったのである。


 此方のタフネスの理由は、もちろん根気だ。すべてを受けては流石のなずなもの死に戻りをしてしまう。だから、スキルと技術ともってして、何とか耐え忍んだ形である。


 次いで言えば、デメリットとばかりに想定されていた〈回路連結〉のダメージ分散がそれを助けた。


 おかげで彼女が落ちなかったことによって〈回路連結〉に繋がった〈雷魔公〉のバフ効果はいまだ健在。


 首の皮一枚だが、まだ繋がっている。まだ負けていない。


『ガァアアッッ!!』


 狗頭餅の剛力が少年Xに襲い掛かる。それは、モンスターらしい破格の身体能力が発揮する速度をもってして少年Xを襲うモノの、しかしそれはたやすく回避されてしまった。


『こいつ、さっきより速い……!?』

「は、はははははは!!!」


 自滅を伴う武器スキル〈自劫自滅ジー・モンキー〉は、命を燃やして戦うスキルである。


 そして、炎とは燃え広がるもの。燃料を無際限に食い散らかし、その勢いを増していく――


 それ即ち、〈自劫自滅ジー・モンキー〉は燃え尽きるまでに無際限に強くなっていくのである。


 燃えるほどに。燃え盛るほどに。


 彼は強くなる。


「〈重よく剛を制すアンダーテイカー〉」


 速度のままに狗頭餅の懐へと七歳児らしい小さな体が潜り込む。そして、ゼロ距離から放たれる鉤爪が、狗頭餅の巨体へと突き刺さり、武器スキルの効果が炸裂した。


 ――拮抗が。


 四方八方へと広がる拘束の銃弾は、周辺の地形と狗頭餅を繋げ、その動きを大きく制限した。と、同時に、いつの間にか構えられていた巨大な円筒が狗頭餅へと向けられていた。


 形状からわかる大火力武器。おそらくは命中に難があるからこそ、狗頭餅の速度を上回っていても、わざわざ拘束したのだろう。それほどまでに、当てたい攻撃。


 間違いなく、一撃必殺。


「くっ……!」


 今動けない狗頭餅がそれを受けてしまえば、ダメージが分散して芥やなずなへと伝わってしまう。芥はともかく、瀕死状態のなずなはそれだけで死に戻りしてしまう可能性がある以上、ここは一度〈回路連結〉を解除して、狗頭餅を見捨てる選択をした方がいい。


 未若沙の判断は正しい。しかし、相応のリスクを孕んでいる。強力な効果を持つとはいえ〈回路連結〉も一つのスキル。使用後に発生するクールダウンは当然存在するし、その時間は決して短くはない。無論、長すぎるというわけでもないが――その間、果たして彼女たちは少年Xの猛攻を耐えることができるのか。


 躊躇いのままに判断を遅らせたその時、芥が動いた。


「えぇいっ!!」


 そのハンマーが、あろうことか少年Xではなく狗頭餅へと向けられて当てられたのだった。


『がぁああッ!?』

「くっ……」


 ダメージが伝搬する。辛うじて、なずなは死に戻りせずに踏みとどまることができた。そして、その一撃の衝撃によって狗頭餅は拘束と共に吹き飛ばされ、その場から離脱する。


 肉を切らせて骨を断つとでも言おうか。その咄嗟の判断によって、〈回路連結〉の解除という博打に出なかったことは幸運であったが――しかし、その行為によって、少年Xの狙いが狗頭餅から芥へと向いた。


 ――拮抗が。


「〈加重100%ファットダディ〉」


 発動の直前に攻撃対象を見失った彼は、咄嗟に攻撃したばかりで回避する余裕もないであろう芥へとその銃口を向ける。


 発動された武器スキルは、その効果をいかんなく発揮し、大ダメージの重力攻撃を芥へと仕掛けて来た。


「〈シールド〉!!」


 しかし、何の策もなく芥も吶喊したわけではない。クラスが上がったことで強化された槌士系統特有のスキルであるダメージ無効化の〈シールド〉が、二度目の危機から芥を救ったのだ。


 ただ――


「あっ……」


 流れるようにマグナムを構えた少年Xが、その銃口を芥の心臓へと向けていた。


 ――拮抗が、崩れる。


「BANG」


 銃弾が芥の胸を貫いた。

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