第127話 伝説的な供華


 これは、本人も自覚している勘違いされやすい話なのだが、少年Xこと非佐木が保有するジョブ〈死神〉は、実のところ何らかの特化要素をもってして、ジョブ特有の強みを押し付けるタイプのジョブではないのだ。


 実際、AGI特化と言っても、彼の自慢のAGIは同クラス(同クラスがいればの話であるが)のAGI特化ジョブと比べれば、狗頭餅のバフなしでは遅い部類に入ってしまうほど。


 故に、彼のジョブは本来、芥の〈戦神〉やなずなの〈雷魔公〉の様に、自己バフを積み上げた先にある圧倒的なステータスによって敵を蹂躙するような、自らの有利を相手に押し付けるような戦い方をするようなジョブとは、まったくの対極に位置するものなのだ。


 どちらかと言えば、未若沙のようなジョブに近い。


 〈死神〉というジョブは。


 どちらかと言えば、そのジョブは、理不尽を押し付けるよりも、理不尽に対応することを得意としたジョブなのだ。


 そしてその評価には――


「〈自劫自滅ジー・モンキー〉」


 今までの彼の戦いを支えて来た、固有スキル〈孤狗狸子〉を含まれない。


 無論、〈孤狗狸子〉によって非佐木の持つ戦略の幅が大きく拡張されたのは言うまでもないだろう。


 後衛ジョブとして与えられた貧弱な耐久力を、それなりの基準にまで引き上げてくれる『狗頭餅』のバフ効果は、あまりにも便利過ぎてダンジョン外でも活用しているほどであるし、彩雲ダンジョンの暴走現象時に多くの命を助けたであろう『寝狸霧』だって、小型に分裂することで多くの役割を同時にこなしつつ、必要に応じて攻撃から回復、補助などバリエーションを持った魔法を扱い非佐木をサポートする。


 あまり話題に上がることのない弧末那ですら、確かに出番こそ少ないものの、ここぞという強敵相手には、狗頭餅のステータス増加を得ても心もとない非佐木の耐久力を幻惑によって補助し、同時に幻によって空間を支配することによって遠、中、近距離を縦横無尽に駆け回る非佐木が戦いやすいように戦場を整える、対ボス特化の召喚獣として活躍してるほど。


 篝が懸念するほどに、間違いなく彼らは脅威なのだ。


 だからこそ、狗頭餅がこちら側についたことを喜び、寝狸霧を分身ごと彼方へと隔離し、空に上った弧末那を追いかけてまで戦場から追い出したわけだが……それだけのおぜん立てをしたからと言って、彼らはたかが召喚獣。


 所詮は、非佐木が戦いやすいように補助するだけのスキルに過ぎないのだ。


 少年Xが伝説たる所以。その理由には、まったくと言っていいほど関与していない。


 彼らを戦場から話したのは、まったくの無駄とは言わないけれど――無駄と言いたくなるほどに、少年Xは変わらない。


 何しろ――


「〈バイオレンスベヨネッタ〉〈ブレイブアサルト〉」


 〈死神〉の最も優れた要素は、状況に合わせて使用する銃を選択し、対応する対応力にある。


 結局、彼にとって寝狸霧や弧末那がいないという現状も、サポートを頼ることができないという『状況』でしかなく、それに応じた対応をするだけなのだ。


 対応、出来てしまうのだ。


 それが、伝説なのだから。


「来るぞ!」


 〈自劫自滅ジー・モンキー〉という、一見すれば自滅とも見える火炎放射器の銃口を自分に向けて放つという少年Xの行為を、最大限に警戒した未若沙の声が戦場を駆け抜けたその瞬間、火だるまとなった少年Xの体が消えた。


 消えた、というのは厳密ではない。


 消えた瞬間に、芥の前に姿を現したのだ。その移動は、さながらワープの如く。しかし、間違いなくそれは瞬間移動のような超越的技ではない。


 ただ、走っただけだ。


「〈勇猛なる邁進ブレイブアサルト〉」


  ダンジョンボスやユニークモンスターのから得ることのできる高純度のリソースの塊を、銃へと打ち直したそれらの武器は、元となった魂になぞらえた武器スキルを保有する。


 魂を支配する死神として、少年Xが手に入れた力である。


 武器一つ、銃一つ。〈死神〉が操る魂の力を持った武器スキル以外にも、固有のスキルを持った武器を生産するジョブは多い。ただ、それらには共通して、破格の効果を誇るスキルを持つ代わりに、連続使用と並行使用ができないというデメリットが存在する。


 ジョブ一つに付き、一つの武器種しか使えない様に。


 一時間を超えるクールダウンに加え、武器スキルを同時に二つ以上起動することができないという縛り。しかし、こと〈死神〉は違う。


 それが、〈死神〉がクラス5たる所以。


 武器スキル〈自劫自滅ジー・モンキー〉と武器スキル〈勇猛なる邁進ブレイブアサルト〉の同時発動。


 更に、そこにもう一つ。


「〈狂宴も焚け繩バイオレンスベヨネッタ〉」


 三つ目の武器スキル。


 それこそが、〈死神〉がクラス5たる所以。


 魂の支配者としての威厳。魂を核として作り出した武器たちを、支配する最高峰の技。


 スキル〈死神ノ供華デスサーティーン〉による、武器スキルの多重発動である。


「にゃ……!? む、無理ィ……!!」


 銃剣の付いた長銃であるバイオレンスベヨネッタの一振りを受けた芥が、AGI特化型とは思えない膂力に吹き飛ばされる。それほどの威力。それほどのパワー。


「あ、やば――」


 瞬間移動と見紛うほどの超速の結果の不意打ちということもあっただろうけれど、〈戦神〉のSTR特化型のステータスとも打ち合えるほどに爆発的なステータスを獲得した少年Xの純粋な暴力に圧倒された形である。しかも、その一撃の効果は、芥を吹き飛ばしただけにとどまらない。


「ッ……レオクラウド、カバーしろ!!」

「もう動いていますわ!!」


 スピード×パワーの計算式が導き出した最大限の衝撃によって弾き飛ばされた芥の体が、〈傘連万乗〉の効果範囲外から離脱し、そのスキルの効果が解ける。最悪の展開。


 あらゆるステータス、現象から一つを指定してその効果を二倍にする破格の効果を持つ〈傘連万乗〉であるが、その最大の弱点は起点となる空に浮かぶ傘の下でしか、その効果を発揮することができないことだ。


 そして、傘を動かすためには一度スキルを収納しなければならず、またスキルの効果範囲から芥が離脱してしまうと、強制的にスキルの効果が終了し、再発動にクールダウンが必要になってしまう。


 万能にして破格のスキル〈傘連万乗〉唯一の弱点にして、最大の欠点。故に、クールダウンは限りなく長く、この戦いの中で再発動できるかどうか――いや、それよりも。


(……あくたんよりも耐久力のないあーしやまな板を狙うんじゃなくて、あーしらを支えるフロントから崩す……おそらく、空の傘に気づいた上で、あくたんのパワーの秘密を推測したが故の吶喊だろうが……ふつうやるか?)


 確かに、今の少年X最大の障害は間違いなく〈戦神〉としてのパワーを発揮し続ける芥だ。だが、簡単に倒せないからこそ最大の障害であり、簡単に崩せないからこそ芥は前衛として戦っているのだ。


 それを、戦いながら思考した推論から弱点を導き出し、正しい保証もないのに弱点を突き崩すことに全てを賭ける? 


「ははっ……イカれてる」


 未若沙の腹の奥底から、変な笑い声がこみあげて来た。普通なら、芥の攻撃を何とかいなしながら、耐久力に難のある自分たちを狙う場面。ジョブ的にも、インファイトよりアウトレンジの戦い方を得意とするはずなのに、少年Xが選択したのはハイリスク極まりない選択肢だった。


 なによりも、使用したスキルが命がけが過ぎる。


 命どころか体まで燃やして数分後の絶命を確約すると同時に、莫大なるステータス増加を獲得する〈自劫自滅ジー・モンキー〉。


 そして、態勢関係なく敵へと吶喊する強制移動スキル〈勇猛なる邁進ブレイブアサルト〉に、一撃の威力を高めると同時に、ダメージに比例した自傷ダメージを被る〈狂宴も焚け繩バイオレンスベヨネッタ〉――どれも、一歩間違えれば自滅に繋がりかねないスキルである。


 それらを繋げて、少年Xはあるかもわからぬ芥の弱点を突き、見事その牙城を崩したのだ。


 少年Xに追随する芥のAGIはもう発揮されない。


 未若沙の言葉を借りるとすれば、イカれた判断が生み出した、ハイリターンと言ったところか。


 ただ――


「だよな。それでこそ、あーしの惚れた男だ」


 超えてくる。


 芥のクラス5到達は間違いなく、少年X攻略における切り札である。とはいえ、その程度でかの伝説が崩せるなど、未若沙は思っていなかった。


 別段、仲間を信用していないわけではないのだけれど……もとより、彼女はそういう性分なのだ。不足を感じ、不明を案じ、不敵に笑う。


 笑うことさえできればそれでいい。そのためならばなんだってする。そうなれない可能性が少しでもあれば、未来を確実なものとするために労力を惜しまない。


 それが、未若沙という少女なのだ――


「お前は確実にあーしたちの予想を超えてくる。んなこと最初からわかってんだよ!」


 伝説の男が、ただクラス5ジョブを用意しただけで拮抗できる程度なわけがない。連携の取れた数的有利で倒せるほどに、生易しいわけがない。


 だから、だから――


「あーしは備える。笑うために――さぁ、こいよ〈狗頭餅〉!! あの馬鹿を虚仮にしてやんぞ!!」


 備える。


『ひゃっはぁ!! 待ってたぜこの野郎! 初めてお前についてきてよかった思ったわゲラゲラァ!!』


 万全をもってして。


「〈設置魔法:狗頭餅〉ァ!!」

『ひゃーははははは!!!』


 非佐木の相棒にして〈狐狗狸子〉筆頭の獣が声を上げる。


 それは非佐木から未若沙へと託された獣。


 本来であれば、彼はただ持ち主のステータスを上げる幽霊でしかない。というよりも、幽霊であっても幻惑によって非佐木をサポートする弧末那や、幽霊なのに分身を生み出して実体を持つことのできる寝狸霧がおかしいだけで、本来〈狐狗狸子〉というスキルは狗頭餅の様にただただ主のステータスを増強する外付けのユニットに過ぎないはずなのだ。


 彼だけが、他二体のように召喚獣として使役されないのには、そういった裏話があった。


 ただ、この場においては違う。


『いいねぇいいねぇ! 娑婆の空気は最高だぜぇ!!』


 要するに、狗狸子というモンスターの現在が、お面にとりつくだけの幽霊なのだとすれば、憑依することのできる依り代を作ればいいのだ。


 そんな発想を元に作られたのが、未若沙の〈蝋王〉による依り代。そして、今ここに顕現する怪物こそが――


『忘れたとは言わせねぇぜクソガキ。お前に何度も土付けた俺が相手になってやるよ!!』


 かつて、とあるSクラスダンジョンを支配下に置いていた、数少ない非佐木に土を付けさせたユニークモンスターの一匹。


 狗頭餓異之魔剣くずがいのまけんの復活である。

 

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