第126話 伝説的なジョブ
冒険者の強さを決定する要素は、大きく分けて四つ存在する。
武器、固有スキル、技術、ジョブの四つだ。
そして、この中で最も重要視される要素こそがジョブである。
ジョブ。
クラスという階級によってその能力の強度が区別され、冒険者が扱う武器やステータス、役割などを決定する、重要な要素である。
そしてそれらは現実の役職の様に、その役割の分だけ多くの種類が存在し、クラス1から始まって、千差万別の変化を遂げてクラスと共にその強度を上げていく。
クラスに伴う数字の多寡によって、冒険者としての強さが決定されると言っても過言ではない。
クラス1よりもクラス2の方が強いし、もちろんクラス2よりもクラス3の方が強い。
それはまるで、ゲームの世界のレベル上げの様に、わかりやすく冒険者の実力を上げてくれるのだ。これらは、モンスターが持つウィルスのリソースを、人間というデータに外付けすることで、ウィルスが地上のデータを食べて強くなるように、冒険者を強くする目的をもって漆喰がデザインしたものだ。
とはいえ、そういった強化を人間に施したとしても、やはり限界がある。現在、世界の常識が語るジョブクラスの上限値は4。それを、冒険者たちはクラス4の壁と呼んで、しかし上があるはずだとその壁を超える方法を模索してる。
しかし、ダンジョンの出現と共にジョブが登場してから早数十年。それだけの期間の間、一向に見つからないクラス5なんて存在しない、と思われていた。
少年Xの登場までは。
固有スキルや遺物、技術では説明することのできない理不尽な強さを発揮した彼は、個人が振るうことのできるジョブの限界を明らかに逸脱していた。
そこからくみ取れる情報が、やはりクラス4は人間の限界ではないという結論を生み出したのは言うまでもないだろう。
その予想通り、少年Xのジョブはこの世界にたった一人だけしかいないクラス5ジョブ『死神』というもの。この世界に置いて、ただ一人だけ人間の限界を超えた証明である。
では、どうして非佐木のみがその限界を突破することができたのか。彼よりも多くのダンジョンを潜った冒険者は星の数ほどいる。しかし、なぜ非佐木だけがクラス5という頂きに到達することができたのか。
結論を言ってしまえば、それは白芥の存在によるものだった。
白芥。それは、芥のオリジナルとなった存在であり、そして世界を蝕むウィルスそのもの。モンスターの生みの親であり、漆喰がダンジョンという檻を作り出さなければ、この世界はウィルスに寄ってモンスターに滅ぼされていたであろう。
そんな存在。
それが、非佐木に手を貸したからこそ、非佐木は人間という器に存在する限界を超え、クラス5という力に手を伸ばすことができたのだ。
もちろん、どんな力を非佐木に与えたのかも、どうやって与えたのかもわからない。当時、それを与えた現場に居たのは非佐木と白芥だけであったし、そのころは狗頭餅のような召喚獣も使役していなかったため、知りようがないのだ。
もっとも、自分が何をしたのかも、何をされたのかも、彼らにはわかっていないのだろうけれど。
ともかく、皮肉にもモンスターに抗うために非佐木が得たクラス5ジョブという力は、モンスターの親玉との交流があったが故に手に入れたものだったのだ。
逆に言えば、そうした経緯無くしてクラス5ジョブという力は手に入らない。あのような、明らかに人間の手に余る、怪物染みた力は手に入らない――
しかし、しかしだ。
「もしも、ウィルス側の力を持った人間がいたとしたら?」
非佐木が、非佐木のみがクラス5ジョブに目覚めた理由を探っていた篝は、12月の病室で狗頭餅より白芥の存在を証明されたことによって、白芥の存在こそがクラス5到達のきっかけであると推理した。
白芥。つまりはウィルスによる作用で、クラス5への道は開かれる。さて、では――
「芥君。君は白芥の偽物だ。魂のなくなった煉瓦の抜け殻に、芥君としてのデータを詰め込まれた偽物……だが、逆説的にそれは、白芥の偽物としてのデータも、君の中には含まれているということだ」
「わ、私の中に……えと、ウィルスの因子がある……ってことですか?」
「可能性でしかないが、しかしその可能性は高いはずだよ。だって君は、煉瓦の娘、なのだから」
かなり複雑な経歴を持つ芥は、余人には考えられないような経緯によって生まれている。
その生まれは、もはや人間とも言い切れないようなものだが――それこそが、歓迎すべき異常なのだ。
「そう。君だけだ。この世界に置いて、人間としてジョブを持ちながら、ウィルスとしての因子を持つ君だけが、新たなるクラス5ジョブの扉を開ける資格を持っている」
煉瓦が彩雲プランテーションでなければこのダンジョンを攻略できないと語った理由。
それは、ある意味では随分と単純な理由だ。
目には目を歯には歯を。
クラス5ジョブには、クラス5ジョブを。
「この作戦の成功には、君の努力にかかっている」
果たして――
◆◇
果たして、芥はクラス5へと到達した。
「やぁあああああ!!!!」
今まで芥が扱っていた槌士系統のメインウェポンたる戦鎚は、クラス4ジョブに至るまでの間に少しづつ穂先の鎚頭が巨大化していた。
クラス1のころは握りこぶし大だった鎚頭も、クラス4の〈破城王〉ともなれば、人の頭ほどの大きさの鎚頭を振るう破壊の化身と化していた。
それこそ、クラス1の数十倍に上るSTR2000が発揮するスキルを加えた火力はただの一撃で家屋を半壊させるほど。特に、彼女の場合は〈傘連万乗〉という現象やステータスなどの発揮するパワーを一つだけ倍増させる固有スキルもあってSTR特化型特有の究極的な破壊力を底上げし、更なる攻撃力を手にしていた。
しかし、それはもう過去の話。いまや彼女が持つジョブは、前人未到のクラス5ジョブ。
非佐木の強さからわかる通り、クラス4とクラス5の間には天と地ほどの力の差がある。それこそ、ジョブ単体が出す出力のインフレーションは、芥が振るうハンマーの大きさとなって如実に表れている。
クラス4ジョブ〈破城王〉時代には人の頭ほどの大きさだった戦鎚の鎚頭は、ありえないほどのインフレの波にさらわれて、その大きさを人の胴体と同程度にまで巨大化させていた。
もちろん、そこに付随するSTRも倍の倍。既に一万を超えたSTRをもってして、理外のパワーを芥は発揮する。
槌士系統破城槌士特殊派生クラス5ジョブ『戦神』
それが、死神に相対する神の名前であった。
はてさて、もちろんのことながら、辿って来た経歴通りに〈戦神〉もまた、STR特化型のジョブである。ただ――
「速すぎるでしょ!!」
戦いの中で、少年Xが思わずといった調子で声を上げてしまうほどに、その速度は異常だった。
異常、というからには、想像を超える速度であるのだろうけれど、もちろんそれはAGI特化型のステータスを持つ非佐木からしてみれば、速くはあるが速すぎるわけではない程度のもの。
とはいえ、それはAGI特化型から見たらの話である。
ジョブには、特定のステータスを特化すればするほどに、その他のステータスを捨てなければならないジレンマが存在する。もちろん、千差万別あるジョブの中には、剣士系統のような特化しないバランスのいいステータス配分を、スキルの力で増強して立ち回るジョブだってあるにはあるが、基本的には強みに対して弱点が生まれるのが世の常だ。
そして、大抵のSTR特化のジョブは、その絶大なる破壊力の代償として、AGIを著しく損なっているのだが――いるはずなのだが。
「〈アースクラッシュ〉!!」
「なっ……〈アンダーテイカー〉!!」
肉薄からの交差。想像以上のAGIを駆使した芥の連撃を裁く少年Xであるが、流石の彼もスキル効果の伴った一撃を防ぎきることは難しく、背中に咲く13の花弁を一つ取って回避に徹した。
グラップリングフックを発射する銃〈アンダーテイカー〉の巻き取り機能を使った離脱は、態勢に左右されず危機から離脱する力があり、薄皮一枚のところで芥の攻撃から少年Xを逃がした。
もしもこの判断が間に合っていなければ、きっと戦いの趨勢は大きく彼女たちに傾いていたことだろう。
それこそ、戦鎚が振り下ろされたことによって粉々になったアスファルトの如く、如何に少年Xと言えど、問題ないと言い切れないほどのダメージを受けていたはずだ。
……おかしい。
ああ、そうだ。
もちろん、少年Xも常人からすればチートもいいところな性能ばかりのジョブを身に着けた少年であるのだが、それに輪をかけて芥の強さにはおかしい所があるのだ。
それこそ、AGI特化を追い詰められるほどの速度と、STR特化に相応しき破壊力の両立など、それに加えて肉薄から離脱までの間に、反撃とばかりに打ち出されていたタップダンスの銃撃をものともしない耐久力の両立など、明らかに反比例関係にあるステータスの法則から逸脱している。
あちらを立てればこちらが立たずというジレンマから脱却した芥は、まさしく異常極まりない存在だった。
これは、かの少年Xですら完璧には克服できなかった点だ。無論、AGI特化の後衛ジョブである少年Xも、狗頭餅という相棒の助けによって白兵戦を行える水準までのSTRとDEFを獲得しているが、それは偏に特化ステータスに加えて狗頭餅の力によって増強されたAGIあってのもの。
攻撃は銃士系統お得意の銃撃で、STRに頼らずに高い攻撃力を発揮することができるし、水増ししたDEFや目も当てられないようなVITも、攻撃を受けなればあってもなくても然したる問題にはならない。
そういった誤魔化しの上に、少年Xの戦いは成り立っている。
一見すれば後衛も前衛もできる万能は死神の強さには、そんな種があるのだが――芥は違う。
破壊力、耐久力、速度。そのすべてが高い水準でまとまった彼女は、如何にクラス5と言えど、常識から逸脱したものだった。
それが、芥が新たに手に入れた力の真髄。
〈戦神〉が、クラス5たる所以である。
「もういっちょ!!」
「くっ……!!」
迅速な攻撃から放たれるのは、一撃必殺の破壊力。受け止めることすらもできない攻撃の連続は、まさに戦いの神と言わんばかりの威圧をもって少年Xを確実に追い詰めていった。
まあ、もちろん。
「あくたん! 無理するなよ!」
「わかってるよ! でも、私の力は有効みたいだよ!」
「上々の結果、と言えますわね」
そのパフォーマンスは、何の制限もなしに振るえるような力ではないことは、当然のことではあるのだが――ともかく。
その正体は、少年Xのメインスキルである〈
その名も〈
その効果は単純明快、自らのステータスを増強するバフ効果を二倍にするというモノ。果たして、その程度のスキルが群雄割拠のジョブの中でクラス5たる威厳を持つのかは、疑問の余地があるだろう。文字として読んだだけならば。
これ以上なくシンプルなスキルだ。文面だけで見たのならば。
もちろんのこと、このスキルは単体では大した効果は発揮しない。あくまでも、このスキルは他のスキルを強化する程度のスキル。
ただ――
「〈傘連万乗〉!!」
その強化が、あまりにも暴力的なだけだ。
冒険者には時折、ジョブと固有スキルのシナジーによって、ジョブ単体、固有スキル単体が発揮するパワーを大きく凌駕した力を発揮する冒険者がいる。
少年Xこと非佐木や、未若沙がいい例だ。
少年Xは経験値を消費して弾丸を放たなければいけないという弱点を、通常よりも多くの経験値を獲得するという固有スキルで克服したように、未若沙は準備に時間がかかるという弱点を、準備を短縮することのできる固有スキルで克服したように、ジョブに付随する弱点を、固有スキルで克服した冒険者は一様にして激烈なパフォーマンスを発揮する。
そして、芥もまた、固有スキルとのシナジーによってジョブに付随する弱点――すなわち、STRに傾倒したステータス配分を克服したのである。
〈戦神〉は〈
その名も〈傘連万乗〉。成田ダンジョンにて、芥が初めて討伐したユニークモンスターに起因する遺物スキルである。その能力は『空に浮かべた傘の下にある現象、ないし数値を倍加させる』というもの。
倍化。そう、二倍だ。
そこに加えられるのが、〈
つまるところ、彼女がやっていることを文字に起こしてしまえばこうだ。
たった一つだけとはいえ『ステータスを二倍させるスキル』に、『バフの効果を二倍にするスキル』を重ねている。ただそれだけなのである。
それだけといいつつも、この二つのバフは乗算効果。〈戦神〉由来の自己バフによってムキムキとなった(芥の見た目はさほどどころか微塵も変わっていないが、ムキムキどころかぷにぷにであるが)芥のステータスが、たった一つだけ更なる強化が加えられるのだ。
二×二。
すなわち、四倍の効果が。
果たして。
「連撃ィ!!」
「ッ!!?」
そうして、芥は己がジョブの最大の弱点であるAGIをカバーし、更にはAGI特化型に迫る速度を獲得したのである。
無論、何の代償もないわけではないけれど。無制限に戦えるわけではないけれど。それも、戦いが始まってそう時間が立たないうちに決着がついてしまえば、関係のない話だ。
さて。
「〈アースクラッシュ〉!!」
「三人がかりとはいえ、手加減は致しませんわ――〈稲妻突き〉ッ」
「火属性らしく……〈ドラゴンブレス〉ってなァ!!」
クラス5としての力を遺憾なく発揮する芥に加え、並ぶのはクラス5となった芥には負けるが劣り切らない実力者二人。
自己バフとステータスによって極限まで己を強化した、芥と似ているが、しかしまったく正反対のステータスを持つなずなの稲妻の如き刺突が、空気を切り裂き轟音響かせ、芥に追い詰められた少年Xを捉える。
そんな二人の攻撃から逃げようと足掻く少年Xであるが、その行く手を塞ぐ白き召喚獣たちの壁は簡単には潜り抜けることができなかった。なにしろ、どれも彼の攻撃一つで簡単に壊れぬようにデザインされた、対物理攻撃に特化したDEF特化型ステータスの召喚獣なのだから。
無論、そのためだけに用意されたこともあって、身動きが取れないほどに低いAGIによって、まさに壁としてそこに居座ることしかできず、横に回ればすぐに通り抜けることができるのだが――ここは流石の未若沙である。
動けないのならば、横に並べればよい。袋小路の様に、限りなく横に並べていけば、逃げ道なんてなくなる。
〈設置魔法〉によって大量召喚される壁の如き召喚獣の群れが、少年Xの行く手を阻んだ。
阻み、捕らえた。袋小路へと。
逃げ場のなき戦場へと。
狗頭餅の助力もなく、AGI特化型とはいえ所詮は後衛ジョブでしかない彼の耐久力はたかがしれている。芥の一撃どころか、なずなの一撃ですら倒されかねない程度には、もろいはずだ。
ただ――
「は……ははっ!」
彼は、そこで笑った。
無邪気に、ほほえましく、純粋に。
まるで、この戦いそのものを楽しんでいるかのように。
ああ、そうだ。
彼は伝説なのだ。
「〈
伝説が、この程度の窮地で倒されるわけがない。
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