第125話 伝説的な開戦
「これは仮説でしかないけれど」
某日某所。
幾度となく繰り返された凶月ダンジョン攻略に向けた社内ミーティングの中で、篝はとある仮説を披露した。
「まず、僕たちの目的の根本にあるのは、目下脅威として出現したダンジョンの攻略により、市民に安全性を伝えることだ」
篝としては、麻木の親友としては、そして非佐木の友人としては、もちろんここは非佐木の救出と大手を振って大きな声で言いたいところではあるが、ただ一個人――たとえそれが伝説に謳われる少年Xであったとしても、彼一人を救出するために会社を動かすともなれば、大義名分として役不足だ。
故に、彼はアドベントフロンティア社を上げて彩雲プランテーション並び、凶月ダンジョン攻略を目標に掲げる一団をバックアップするために、それらしい大義名分を用意して会社を動かした。
ついでに言えば、わが社の製品ならば、世界にたった一つしかない最高難易度のダンジョンでも問題なく使うことができる、というPRも計画に含んでいると伝えれば、金を目当てにしている連中を味方にすることもたやすいと考えている。
無論、あのダンジョンの攻略が、ともすれば世界滅亡に繋がるという荒唐無稽な話には口を噤んで。
ある意味では不義理ともとれる隠蔽ではあるが、ここにきて篝が腹を割ってすべてを社員に話したとしても、果たして現実世界を生きる彼らが『この世界はコンピューターの中だった!』なんてSF話を信じるかどうか。半々にすら例えることのできない話ならば、最初からないものとして扱った方がいいだろう。
そんなわけで、会社を味方につけた篝はとある仮説を語った。
「おそらく、ダンジョンに登場するモンスターは、総じて原型がある」
「原型?」
「ああ、そうだ」
聞き返した女性社員の言葉に肯定しつつ、篝は続ける。
「イデア論というやつだ。本質世界……まあ、この場合はダンジョン内にあるバックアップかな。それをダンジョンの中に投影することで、モンスターをダンジョンの中に出現させている、というのが、まあ僕の思うモンスター出現のプロセスなのだけれど」
これまたこの世界の常識を疑うような話ではあるが、ダンジョンと地上を区別して考えている彼らには、特に理解に苦しむような内容ではない。ダンジョンはダンジョン。ありえないような理論が変然と横行している世界であると、半ば諦観のような納得をもってして、彼らはその話に耳を傾けている。
果たして、そのダンジョンと同じように、地上の世界の真実も、彼らにとっては理解を諦めたくなるようなものだということには気づかないままに。
「一つの仮説として、別空間にある本体を、形を変えて投影することが可能であると、僕は考えている」
「ああ、あれですか。確か、一昔前のアメリカの日本人学者が出していた……『キメラモンスター仮説』」
「それそれ。例えば、蛇の
ここで篝は口を噤んだけれど、厳密には蛇という原型に、地上から食い学んだ魚という要素を付けたして、蛇のような竜や蛇のような魚を作っている。
それが、キメラモンスター仮説と呼ばれるものだ。
そこから派生し、派生して――
「モンスターは、ただの投影された影。つまり、いくらモンスターを倒しても、原型として異空間に居る本体には傷をつけることができないってわけだ」
「それはつまり、ダンジョン内でいくらモンスターを間引いても、真にモンスターを絶滅させることはできない、という話ですよね?」
「うん、そうだよ」
ただし、これは仮説だ。篝が思い、そして希望とした仮説だ。
「それじゃあ、ダンジョンはどうやってモンスターの原型をダンジョンへと出力してるんだろうね? ともすれば……その異空間ってやつは、ダンジョンと紙一重の場所にあるかもしれないね」
「……それは、つまりどういうことですか?」
「簡単だよ。もしかすれば、凶月ダンジョン攻略の暁に、僕たちはその原型の住む異空間にたどり着けるかもしれない」
「なんとっ!!」
凶月ダンジョン。これもまた共有されていない事実ではあるが、かのダンジョンは生まれからして他のダンジョンとは全く違う存在である。
世界中にあるダンジョンは、廉隅漆喰が世界にウィルスが顔を出した時に、それを塞ぐための栓としてダンジョンが出現するようにプログラムしたものだ。
しかし、凶月ダンジョンは、おそらくダンジョンという迷宮を使い、誰もが自分たちの住む場所に近づけない様に、白芥自身がデザインしたもの。
つまり、必ずどこかにほころびが存在する。
それこそ、彼女は行動で示してしまっているのだから。ダンジョンという囲いが無ければ、すぐにでも二人のいる場所にたどり着けてしまうと、言葉にせずとも彼女は、ダンジョンを作り出すという行為を用いて、自分たちを世界から隔離したことで、その事実を示してしまっている。
もしこれで、非佐木がダンジョンボスとして現れる様ならば――おそらくは、このダンジョンを攻略した暁には、原型と投影のプロセス。その一端に触れることができるかもしれない。
ともすれば、この世界からダンジョンそのものを抹消することも不可能ではないはずだ。
モンスターが出現しないダンジョン。そんなものを作り出すことができるはずだ。
無論、懸念事項はある。
それは――
(非佐木君が、必ずしも現在の状況で現れるってことじゃないってことなんだよなー……)
ダンジョンに出現するモンスターは、ウィルスが地上世界のデータを喰らうことで消化吸収した情報の集合体である。それらを攻撃的にデザインし、世界侵攻の先兵として作り出したものがモンスターであるのだが――その攻撃的なデザインというモノが、非佐木に適用されない保証はない。
もちろん、非佐木を愛する白芥が、彼に手を加えないという一定の期待をすることもできるのだが――少なくとも、今よりも弱い状態で登場する、なんて期待はできないはずだ。
ともすれば、彼の全盛期。
もっとも才気に溢れていたあの時代の姿を投影することだって、可能なのかもしれない――
◆◇
「〈
そして、そんな何時かの篝の予想は、最悪の形で実現した。いや、もっと最悪なのは、それこそ救出対象である非佐木が、原形をとどめないほどの怪物になって出現し、助けることもできないほどに改造されてしまうことなのだろうけれど――しかし、この場合は違う。
ウィルスが認めたのだ。
非佐木という才能が輝いていた時代こそが、彼の最盛期であると。彼の強さに何かを付け加えることもできたけれど、自分が何ら手を下す必要もなく、この時代の彼が最強であったと。
すなわち――
「〈弧狗狸子〉――」
『第二段階作戦Aだ! 各自、展開しろッ!!』
このままの非佐木で、ここに訪れたすべての冒険者を蹴散らすことができると、この世界を侵食するウィルスが認めたのである。
少なくとも。このダンジョン自体が漆喰ではなくウィルスが作った物であり、非佐木が最終防衛ラインなのだとすれば。
それは、真にウィルスが、彼ならばウィルスが用意する如何なるモンスターをも超える最強であると判断したと言えよう。
「寝狸霧、及び弧末那が出た――っなに!?」
第一部隊に配属された彩雲プランテーションを筆頭とした冒険者は実に19人。彼らを睥睨した非佐木は、勢いそのままに彼らが陣形を組む中心地へと吶喊しつつ、スキルを発動した。
「狗頭餅がいねぇってのになんつー速さだよこいつ!!」
「彼は元よりAGI特化ジョブ……です。ともすれば、この速度が出てもおかしくはないはず……です!」
翼のように非佐木の背中に展開された13種の銃を検分する時間もなく、非佐木の吶喊によって吹き飛ばされたのは、鬼弁組の参謀二霧。サポート性分の彼は、ジョブの都合でAGIが低く、高速で突っ込んでくる非佐木に対応できなかった形だ。
「二霧ィ!」
「ダイジョブだぜ誠也! 速いが……ダメージは低い!」
吹き飛ばされた二霧であるが、そのダメージは吹き飛ばされたという見た目よりも少ないものだった。本来であれば、彼の近接格闘術は狗頭餅によって担保された威力を持っていたが、肝心の狗頭餅は凶月事件の際に非佐木の手から離れている。
故に、その拳に速度はあっても威力はなかった。それこそ、サポート型の後衛ジョブにつく全体的に低いステータスの二霧が軽傷である程度には、その威力は低い。不幸中の幸い、と言ったところか。
ただし――
「〈
銃の威力は据え置きである。
「くっ……〈設置魔法:ハイドラ〉ァ!!」
陣形の内側で弾けた銃弾の雨あられ。しかも、それは単一の銃口から放たれる弾幕ではなく、銃口が靡かせる弾帯に備えられた弾丸すべてが同時に発射されるという奇天烈極まりない挙動を経た攻撃である。
彼岸花の花弁さながらに、四方八方へとその弾丸は放たれる。
不意打ちから立て続けに放たれた攻撃は、脅威度は低いものの、これを受けては陣形の立て直しが不可能に陥る可能性を秘めていた。
故に、未若沙が前に出てそのすべてに対応する。
〈ハイドラ〉
〈蝋王〉の持つ〈制作:蝋人形〉によって作ることができるモンスターであり、用途に合わせて形状からステータスの配分までを未若沙が設定し創造した召喚獣である。
状況に合わせた召喚獣を、自らの手で作り上げることができる。そんな万能性の塊こそが、彼女の持つ〈蝋王〉、並びに創造主系後衛召喚ジョブと呼ばれるジョブの強みだ。
無論、これらは多くのデメリットの上に成り立っており、他では見ることのできないような『-S』という破格のステータス補正を見ることができるのも、このジョブの特徴ともいえるだろう。
しかし、この系列のジョブの最大の弱点である、モンスターのデザインはその場で行わなければならず、召喚までには無視することのできない時間が必要になるというもの。ただ、その欠点をとある固有スキルによって未若沙は解決していた。
そもそも、これらのジョブはあまり普及していない。だからこそ、このダンジョンを攻略するために用意された部隊は七つしかなかったわけだし、召喚獣によって呪いを無視できるという、京都ダンジョン攻略の糸口が発見されるのにも時間がかかったわけなのだけれど。
とにもかくにも、このジョブには弱点がある。欠点がある。無視することができず、許容するこのできないような欠陥がある。
誰しもが、一匹のモンスターを作るのに、どんなに単純で小さな召喚獣であろうと、十分以上の時間を掛けなければならないだなんて……それも、大きさに比例してどんどんと制作時間が増えていくだなんて――更には、その全てをダンジョン内で完結させないといけないようなジョブをするぐらいならば、パッと武器を取り出して、パッとモンスターを殴り倒せるジョブを選ぶというものだ。
即応。つまるところ、状況に合わせた万能性を誇るこのジョブは、しかしそれらに適応するために多くのめんどくさい工程を挟まなければならない。
しかし、未若沙には固有スキルがあった。
固有スキル〈設置魔法〉
その効果は単純シンプル、制作した魔法を保存し、好きな時に発動することができるというモノ。
未若沙は、このスキルを使い、〈蝋王〉が誇る『環境に適応した召喚獣をデザインする手間』をショートカットすることに成功したのだ。
つまるところ、彼女は先に様々な召喚獣をデザインし、〈設置魔法〉によって保存し、状況に応じて即時即応で召喚することができるのである。
しかも、その保存はダンジョンを跨いでも消えない。ダンジョンで制作したモンスターを、別のダンジョンに持ち越せないという弱点すらも、彼女は克服している。
故に、未若沙は万能にして盤石の力を手にした。無論、彼女の本当の強さはこんなものではないのだけれど、これ一つだけでチートと言われかねない力を備えていることは、言うまでもないだろう。
もう一つの、本当の力については――今この場では行わない。戦いの趨勢によっては、登場するとは思うけれど――今はともかく、自分たちの陣形の内側で弾けた非佐木の銃弾を受け止め、何とか陣形を立て直すことに務めなければならない。
「ナイスショーコ!」
召喚獣ハイドラは防御型の召喚獣であり、DEFとVITに特化したステータス配分の大型獣だ。その最大の特徴は、鱗(のようなもの、結局は蝋である)に覆われた太く長い首を利用した防御であり、九つのそれらを自由自在に操ることで如何なる攻撃もしのぐ盾となる。
今回は、陣形の中央に突っ込んできた非佐木を覆い囲む形で首を展開することで、〈
ついでに、非佐木を閉じ込めることも――
「今のうちに、作戦Aの展開を!」
「了解」
作戦A。それは、ただでさえ強い非佐木を補佐する二匹の召喚獣の隔離である。
まあ、何のことかと言えば――
『今お助けしますぞ主!』
『やーん、囚われる非佐木様も素敵~!!』
とまあ、主に遅ればせながら登場した弧末那と寝狸霧の二体を、非佐木と共に戦わせないための作戦である。
弧末那と寝狸霧。彼らは、狗頭餅と同じ固有スキル〈弧狗狸子〉によって召喚される召喚獣だ。
そして、狗頭餅同様に、それぞれがかつてユニークモンスターであった頃の力を有しており、それを利用することで非佐木を様々な形でサポートする――
そして、篝はそのサポートを最も警戒していた。故に、この作戦A――つまるところの寝狸霧、弧末那の隔離プランは、非佐木を打倒する作戦における要として、第一部隊19人の内、16人を起用した作戦として計画したのだ。
寝狸霧を鬼弁組とミルチャンネルが。
弧末那をDSFが担当する形で、戦場から隔離する――
『ささ、とくとご覧あれ! 千変万化と謳われた我が変身の力を――』
さっそく動き出した寝狸霧が、お得意の変身術によって複数体に分裂する。ここから寝狸霧は、分裂した個体ごとに別々の魔法を放つことで、非佐木を支援するのだが――
「アズマ!」
「一ノ瀬!」
寝狸霧を担当する鬼弁組とミルチャンネル双方のリーダーが、作戦通りに動くべき人間の名を呼んだ。
「あいよ!」
「任せてくださいっす!」
彼らは二人してチームにおける遊撃担当。冒険者のチームとして遊撃を担当するというのは、ダンジョンに応じて臨機応変にジョブを変えることのできる人物を指す。そして、彼らはこの作戦に合わせてとあるジョブへとチェンジしていた。
そのジョブの名を、魔法使い系統土魔法使い派生クラス3ジョブ〈土砂魔法使い〉――
「「〈
かけ合わせる魔法の名は土魔法〈アースウェーブ〉。
土属性に類するこの魔法は、地上を波に見立てて、土砂崩れの様に土を動かす大技である。
それを二人分。クラス3という、SSSクラスには力不足かもしれない彼らは、しかし二人の力を合わせることによって、災害とも見紛うほどの土砂の津波を引き起こした。
そして、それは狙いを違えること無く、分裂したばかりの寝狸霧の分体すべてを巻き込んで戦場の遠くへと引き離していく――
「あれでやられるなら、少年Xの召喚獣なんてやってられないはず……追撃、行くよ!」
「待ってました! 俺に続けェ!!」
離れていく土砂の波を見送って、ミルチャンネルと鬼弁組のメンバーが追撃を開始する。
そして、その横では彼らに負けていられないとばかりに、DSFも動き始めていた。
「〈アクアマリン〉」
「〈フロストフィールド〉」
二人のサポーターが放ったのは、どちらも水属性に類する魔法。空中に自由自在に水源を発生される〈海魔王〉の〈アクアマリン〉に、空気中の水を凍結させる〈氷魔王〉の〈フロストフィールド〉である。
どちらもクラス4ジョブに当たる強力なジョブであり、その効果は一目瞭然。
いつも通りに幻惑効果を持つ結界を張るために空に上った弧末那を追いかけるように、氷の階段が出来上がった。
『さぁて、俺らも行くか!』
『久々の実戦だー!』
『はしゃがないはしゃがない……ともあれ、はしゃぐきもちもわからなくはないが』
『ともかく、私たちは私たちに課せられた仕事をこなすだけ。さあ、行こう』
DSF対弧末那。
その戦いは、天空を舞台として行われる。
そうしてこうして、プランAの開始と共に非佐木は彼が使役する召喚獣から引きがされ、少年は裸一つで孤立した。
「っと! ……って、あれ。なんか人数少なくなってない?」
「少年X。あなたの用意した召喚獣の相手をするための人間ですわ」
「へー、そうなんだ。……それじゃあ、あんたたちは」
「見てわかりませんか?」
ハイドラが作った檻を遅ればせながら打ち破った彼は、いつの間にか三人に減っていた彼女たちを見回して不思議そうな顔をする。
その答えをなずなが示したところで、興味なさげな返事を返しつつ、改めて彼らは三人を見た。
ここに残った三人を。
「まあ、示さずともわかることでしょう」
雷光迸るレイピアを構えながらなずなは言う。
「奥の手はまだまだ残してる。お前が同年代最強って話、今ここで例外を無くしてやろうじゃねぇか」
〈設置魔法〉のスキルを回し、次々と未若沙は召喚獣を召喚していく。
そして最後に、彼女は宣言した。
「私たちが相手だよ!」
この日のために特訓を繰り返し。
新たなる力を手にした少女が。
その手には、規格外の大きさのハンマーを携えてそう言った。
「本邦初公開! 史上二人目ってことで、どうぞ彩雲プランテーションをよろしくお願いします!」
さて、彼女は自分たちの戦いが配信されていることも忘れずに、ばっちりとカメラアピールをしてから武器を構えた。
非佐木に教えてもらったことを実践して。自分が配信者であることを忘れずに。
配信者の、トップランカーになるという、非佐木との約束を忘れずに。
借金返済というわかりやすい目標は無くなってしまったけれど、彼女はそれでもケシ子して、配信をしてダンジョンに挑む。
非佐木を助けるために。
「行くよ!」
彼女の名は廉隅芥。
彩雲プランテーションのリーダー『ケシ子』にして――
「ッ!! なっ……速ッ!?」
「へへ、びっくりした! でも、私の新しい力はこんなもんじゃないからね!」
この世界で二人目となる、クラス5ジョブの到達者である。
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