第124話 伝説的な作戦開始


『私ね、外に出ちゃだめだーって言われてるんだ』

『え、なんで?』

『わかんない。お父さんはなんか大変なことになっちゃうから出ちゃだめだって言ってた』

『そうなんだ……なんか、可哀そうだね』

『ううん。今はひーくんがいてくれるから全然さみしくないよ!』

『そうなの? ならよかった』

『ずっといてほしいくらい、大好き!』

『ちょ、芥! 恥ずかしいって……でも、うん。それならさ、僕がずっと居るよ。そしたら、寂しくないんでしょ?』

『ほんと!? うん、全然さみしくない! ひーくんとずっと一緒に居られるなら、私何にもいらない!』

『うん。でも、今すぐはできないんだ。だけど、きっと……僕が大人になって、自由にダンジョンとかに行けるようになったらさ。一緒に居れるから』

『今すぐがいい!』

『ごめんごめん! でも、お願い。ちょっとだけ待って。待っててくれたら、きっとずっと一緒に居られるから……』

『うぅ……わかった。約束だからね』

『うん、約束だよ』

『私、ずっと待ってるから。ひーくんが来てくれるの、ずっとずっと待ってるから!』

『うん。僕も、必ず行くから。大きくなって、芥と一緒に居られるように頑張るから。待っててね――』


 目が覚める。


 どうやら、微睡の中で眠ってしまっていたようだ。


 ふと、無造作に置いていた手に髪が当たった。白い髪。髪だけでなく、全身が真っ白な少女の髪が、手に当たる。


 彼女もまた、自分の横で眠っていたらしい。肩を枕にして、こちらによさりかかったまま、幸せそうに眠っている。


 ずっと一緒に居る。


 ずっと一緒に居られる。


 ここはそのための場所だ。


 そのためだけの場所だ。


 ゆるやかに過ぎていく時間の中で、永遠に彼女と一緒に、ずっと一緒に居られる。


 そういう、場所なんだ。


 ここに居れば、もう誰も死ぬことはない。


 ……あれ?


 僕は、どうして彼女と一緒に居るんだっけ?


 どうして、一緒に居たいんだったっけ……?


「……あ、ひーくん」

「おはよう、芥」

「んー……あれ、どうしたのひーくん」

「ん? どうしたのって……」

「何か悲しいことでもあったの?」


 ふと、彼女が僕の頬に触れた。その指に雫が当たる。どうやら、僕は泣いていたらしい。どうして。


 なぜ、泣いているのだろうか。


 わからない。


 なんでだろう。


「ひーくん! ひーくんにひどいことする人がいるなら、私が何とかするよ!」

「あ、はは……そうだね。でも安心して。ちょっとあくびしちゃっただけだから」

「ほんと?」

「ほんとほんと」


 そうだ。きっと、気が付かないうちにあくびでもして、涙が出てしまったんだろう。


 そうでもなければ、泣く理由なんてないじゃないか。ここに来たのは自分の意志。昔の約束を待るために、来たはずなんだ。


 でも、少し……少しだけ。


 少しだけ、わからなくなってしまうことがある。


 どうして、僕はここに来たのだろう、と。


 わからなくなってしまう時がある――



 ◆◇



「第一部隊ダンジョン侵入!」

『第二部隊から第七部隊も侵入成功! これより、モンスターの殲滅を開始する!』


 難易度SSSクラス『月天魔境』、通称『凶月ダンジョン』と呼ばれるダンジョンを攻略し、非佐木を助ける作戦が開始されると同時に、第一~第七にまで分けられた冒険者部隊が一斉にダンジョンへと乗り込んだ。


 100人規模の人間が同時にダンジョンに乗り込むというのは、通常のダンジョンではまず不可能な行いだ。何しろ、通常のダンジョンならば、クリスタル広場からダンジョン二層へとつながる階段が、広くとも六メートル幅程度しかないからだ。


 しかし、ここは凶月ダンジョン。京都ダンジョンを基盤とし、この世界に現れた例外だらけのダンジョンである。


 その入場もまた、既存のモノとは全く違った。


 というのも、京都市を中心としてこの世界へと展開されたことに起因して、このダンジョンには入り口となるクリスタル広場はなく、県境を跨ぐようにしてダンジョンへと侵入する必要があるのだ。


 おかげで、100人だろうが200人だろうが、同時に侵入することもできるのだが。


 ただ、やはりその特性上、ダンジョンと世界の境界線は限りなく曖昧であり、当の冒険者たちもどこからが凶月ダンジョンなのかを把握するのは難しい。


 とはいえ、一定のルールがあるのか、凶月ダンジョンに生息するモンスターたちは、人間には見えない境界線を跨ぐことはなく、ダンジョンの内部に囚われているのは不幸中の幸いか。


 一応ながら、ダンジョンの体は保っているらしい。


 例外だらけではあるが。


 そして、このダンジョンは京都市南部の全域を、そして北部の一部を呑み込んでおり、ともすれば大阪にもその境界線を伸ばしているほど。


 そんな広大なダンジョンであるが、しかしここに集まるのは腕利きの冒険者たち。卓越したAGI速度を駆使することによって、下手な車両よりも高速で移動することができる彼らには、ダンジョンの広さは苦にならない。


 問題は――


「会敵!」


 問題は、京都ダンジョンを基盤として組み立てられているが故か、そのギミックすらも引き継いでいることだ。


 京都ダンジョンが誇る30年の未攻略未踏破記録を支えたギミックが、そのままに残っているのだ。


 殺した人間を恨み、状態異常となってその憎しみを発露させる悪質極まりないギミックが。


 ダンジョンモンスターを倒さなければ、ボスと会敵することができないダンジョンのギミックとしては、何とも悪意に満ちた仕組みが。


 果たして、状態異常と言ってもどれほどのものなのか。


 それこそ、一つ二つの状態異常だけならば、襲い掛かる不調に耐え苦しみながらでも、戦うことができるかもしれない。


 継続的なダメージを被る『毒』『呪い』『焦熱』『感電』『出血』『裂傷』『頭痛』『感染』『融解』『溺水』『窒息』『分解』のようなものであれば、ともすれば耐え忍ぶこともできるだろう。


 しかし、それが行動阻害を伴うような『硬直』『麻痺』『拘束』『骨折』『損失』『凍傷』『氷結』『誘惑』『洗脳』『疼痛』『熱中症』『怖気』が発露すれば、それも難しくなるはずだ。少なくとも、継続ダメージよりも戦闘パフォーマンスを大きく損なうような結果に繋がってしまう。


 ともすれば、ステータスそのものを低下させる『穢れ』『呪い』『疲弊』『衰弱』『腐食』『災禍』『混乱』『眩暈』『足枷』『飢餓』のような状態異常を受けてしまえば、それだけで弱体化を免れない。


 可能性こそ低いものの、『石化』『即死』『崩壊』『変化』のような、受ければ一発で死に戻り、或いは戦闘不能に陥るような状態異常だってあるのだ。


 京都ダンジョンは、それらを一つ一つランダムに、しかし確実に冒険者に蓄積し、じわりじわりと嬲り殺す。


 悪辣極まりないギミック。そして、凶月ダンジョンはそんな特性を引き継いでこの世にあらわれたダンジョンである。


 対策せずして、攻略することは不可能に近い。


 かくいう伝説に謳われた少年Xも、何の対策もなしに京都ダンジョンに挑んだ際は、あと一歩というところまで行ったはいいものの、敗北したのだ。


 あと一歩。


 さて、対策もなしに挑んだ彼がどうしてあと一歩のところまで、京都ダンジョンを攻略することができたのか。


 そこには理由があるはずだ。対策無くして攻略できないというのならば、何かがあったはずなのだ。


 少なくとも、ギミック系に属するダンジョンは、ただの力によるごり押しなどではクリアできないような仕組みになっているのだから。


 それは、例外だらけの京都ダンジョンとて共通するルールだ。……いや、例外だらけだからこそ、逆に力押しが通用しないということなのかもしれないけれど。


 ただ、彼は……少年Xは、力押しの極みのような、クラス5ジョブの圧倒的な性能によってダンジョンを駆け抜ける冒険者である。


 初見で何らかの対策を立ててダンジョンに挑むという計画性を持つような人間ではない。


 そんな彼があと一歩まで差し迫ることができたということは――それ即ち、彼の戦い方にこそ、何らかの京都ダンジョン攻略の糸口が隠されていたと、考えることができる。


 力押し極まりない彼の戦いの中にこそ、京都ダンジョンを攻略する攻略法が隠れていたのではないだろうか。しかし、それは完璧ではなく、しかも限りなく偶然に近いものであったがために、彼はボスを前にして敗北したわけなのだが――しかし、換言すればそれは、攻略法さえ確立してしまえば、容易くダンジョンを攻略することができる、ということではないだろうか。


 SSクラスダンジョンを。


 攻略できるのではないだろうか。


 しかし、当の少年Xこと非佐木は、神奈川県に住んでいたということもあり、京都のSSクラスダンジョンへの挑戦をそのあと一歩のところで止めて、その後挑むことはなかった。


 そうして、今日この日、最後の最後まで攻略されることのなかった京都ダンジョンであるが――しかし、それらの経歴を踏まえて考えれば、自ずと京都ダンジョンの攻略法もわかってくるはずだ。


 京都ダンジョンの攻略法。


 当時――七歳の悲劇を乗り越えて、八歳の時に仕事で京都ダンジョンに赴いた彼が持ち得た手札の中にある手段であり、また彩雲プランテーションでも再現可能な攻略法。


 しかし、最後の最後で非佐木が敗北してしまったことからもわかるように、その手段は非佐木がメインとする攻略手段ではない。


 かといって、非佐木をボスの前に連れて行くほどには影響力を持ち、メインとはいかずともよく使う手段である。


 そして、それらを統合した上で、非佐木が抱いていた京都ダンジョン攻略の術を示唆する最後のピースは――


『そもそも、獅子雲が来てなければ芥とこいつの二人で彩雲プランテーションになってたはずだったからな』


 何時かの昔。夏特番の撮影が迫るとある日に、彩雲プランテーションへと未若沙を連れて来た非佐木が言ったこの言葉。


 芥からこの話を聞いたことによって、篝の頭の中ではすべてがつながった。


 芥にとっては、そんなことを言っていた程度の思い出であっても、篝にとっては自分の予想予測を確実なものとする言葉。


 つまり――


「ショーコ!」

「ショーコちゃん!」

「あいよ、任せとけ――『設置魔法:蝋巨人キャンドルタイタン』」


 京都ダンジョン、及び京都ダンジョンのギミックを搭載した凶月ダンジョンの攻略法は、冒険者ではない召喚獣を使用して、モンスターのとどめを刺すというモノだったのだ。


 少年Xならば、『弧狗狸子』から召喚される寝狸霧が。そして、彩雲プランテーションならば――


「ぶっ潰せェ!!」


 魔法使い系統火魔法使い特殊派生クラス4ジョブ『蝋王』が使役する巨大な蝋人形の一撃が、鬼のようなモンスターに炸裂する。


 もちろん、一撃必殺に特化したその蝋人形の一撃をもってして鬼は粉砕されたわけだが――死によって放たれた恨みが、果たして未若沙へと飛んでいくことはなかった。


 未若沙ではなく、蠟人形へと。とどめを刺した蠟人形こそが呪われ、その腕が凍り付く結果となったのだ。


 そうだ。そうなのだ。


 このダンジョンにおいては、とどめを召喚獣に肩代わりさせることによって、呪いそのものを肩代わりさせることができるのだ。


「うわぁ、結構派手にやったから敵さんたくさん来たよ~」

「おい、あーしのせいにすんなよミミ! ともあれ、削りは任せたぜお前ら!」

「とどめを刺せないというのが不服で仕方がないが、いいだろう! これもまた試練だ!」


 呪いの肩代わり。もちろん、ただ召喚獣でとどめを指せばいいというわけではないはずだ。そうでなければ、攻略不可能という不動の記録を30年もの間、貫くことなんてできていない。


 とはいえ、そこにどのような複雑なルールがあるのだとしても、見つけてしまったのならば、利用するしかないだろう。


 条件がわからないのだとしても、未若沙のゴーレムが条件を満たすことができたのだから、篝は未若沙の『蝋王』と同じジョブを、或いは同系統別属性のジョブを使える冒険者を揃えた。


 岩のゴーレムを操る『礫王』、氷雪の妖精を使役する『雪王』、雲の怪物を駆る『雲王』などなど、それらを七つの部隊に分けてダンジョンの端からモンスターを殲滅していく。


 それが、篝が立ち上げた凶月ダンジョン攻略の第一段階であった。


 第一段階。


 凶月ダンジョンのモンスターを殲滅する。


 そうすれば、おそらくは。京都ダンジョンで、太歳征君が地上へと降りてくるように、あの凶月を墜とすことができるはずだ。


 類似性から逆算した攻略法。そしてそれは――


『報告! 対象『凶月』の下降を確認! 作戦を第二段階へと移行する!』


 それは、正しかった。


 闇雲にダンジョン内のモンスターを駆逐し始めて一時間が経過したその時、空に漂っていただけだった凶月が急激にその高度を下降させ、地上へと迫った。


 思惑通り、波乱なく作戦は進む。


 凶月ダンジョンにおける作戦は第二段階へと――本番へと恙なく進行した。


 凶月は墜ちる。


 果たしてそれは何のためか。倒された子分の仇を取る為か、それとも地上で暴れる冒険者を強者と認めたからか。


 とにもかくにも、月は墜ち、このダンジョンのボスは姿を現した。


「……やぁ」


 新月作戦第二段階。


 それは、第一部隊によるダンジョンボスの強襲である。


 その裏では、第二部隊から第七部隊は、ダンジョンボスと第一部隊の戦場に、地上を闊歩する有象無象のモンスターたちを介入させないために陣を敷き、第一部隊が後顧の憂いなく戦える戦場を用意する役目を持つ。


 やはり、凶月ダンジョンのギミックを考えれば、紛れ込んだ雑魚一匹を討伐してしまい、それによって被った状態異常によって陣形が瓦解する可能性だってあるのだ。


 だからこその配役。


 そして、ボスを討つのは第一部隊の役目だ。


 この日のために、三か月の時間を修練に当てた彼らの役目だ。


「来たよひー……X!」


 先頭を切る芥が叫んだ通り、落ちてきた月が地上にぶつかり、解けて消えた場所から現れたのは、他でもない虚居非佐木その人であった。


 言いかけた名前を改めたのは、配信を配慮してのことだ。南向と未若沙の現金な思惑によって、このダンジョン攻略は配信によって全国どころか世界中に向けて発信されている。


 そのことを踏まえれば、流石に本名を呼ぶことは阻まれる。それに、彼には呼びやすい別名があるのだから、そちらで呼ぶべきだろう。


 10年前の伝説に敬意を表して、未若沙の予想通りに現れた彼を、少年Xと呼ぶべきだろう。


 しかし、予想から外れて、それは少年Xとして、あまりにもそのままな姿で現れたのだった。


「……少年X?」

「ああ、そうだよ。僕は非佐木。少年Xにして、死神の名を冠する人間だ」


 予想から外れて、というのは、彼の姿が幼かったことに起因する。幼い。幼すぎる。


 果たして、虚居非佐木という少年は、来月には高校三年生になろうという青年であったはずなのに、彼らの前に現れたのは、10歳にも満たないであろう少年であったのだ。


 少年Xであったのだ。


 そんな彼は、穏やかな表情のままに両手に銃を構える。


「さて、それじゃあ……近所迷惑な騒音被害ってことで、来てもらったところ悪いけれど、早々にご退場を願おうか」

「っ……! なるほどな。あれが死神の全盛期ってわけか……!!」


 ああ、そうだ。


 未若沙が推察したそのとおり。


 高校時代の非佐木は、それこそ仕事以外でダンジョンに行くことはなかった。多くても、月に一回か二回。その程度。


 しかし、彼は違う。溢れ出る才覚を遺憾なく発揮し、毎日の様に足しげくダンジョンへと通い、戦いを日常としていた冒険者。


 今の非佐木とは違う、まさしく伝説と謳われた少年。


「芥が、ゆっくりと寝てるからさ。――『死神ノ供華デスサーティーン』」


 彼こそが伝説の少年Xである。


 他でもない。間違えようもない。


 10年前。


 伝説を作った張本人である。

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