第118話 伝説的な仲間



 世界は回っている。


 所謂、自転というやつだ。


 そして、地球は太陽を軸として、その周辺を一定の間隔を保って漂っている。


 所謂、公転というやつだ。


 さて、ではなぜこの二つは起きているのか。……それっぽい仮説は出てくるが、しかしどれも完璧な真説と語るには物足りない。


 何しろ、誰もそのことを証明することができないのだから。


 世界がどうやって動いているなんて、誰にも証明することはできないのだから。


 まあ、だからといって、気にするようなことではない。


 重力のメカニズムも、夢の在処も、月が生まれた要因も――何もかもが、わからない。わからないけど、わからなかったとしても、気にする必要もない些細な問題だ。


 だとすれば、世界が間違っていたとしても、誰もわからないのではないだろうか?


 気づけないのではないだろうか? 


 だって誰も、そんなことを、気にしてすらいないのだから。


 それは、世界が正しく回っている証拠だが、例え世界が正しく回っていなくとも、きっと誰も気にしない。


 問題になるまで、大事になるまで、おいつめられるまで、きっと、気にしない。


「シミュレーション仮説……この世界はあーしたちの思考が生み出す電気信号で出来た、コンピューターのプログラムのような不確かな世界ってやつだったよな」

「流石は未若沙だ。そのとおり。そして、僕が思うにこの世界は、そういった演算の上に成り立った電脳世界である、と仮定する」

「……疑いたくはないが、だがさっきの話を踏まえても、あーしはお前が世迷言を言っているようにしか聞こえないんだが?」

「まあ、仕方ない話だよ。なにせ、この事実の裏を取るためには、SSクラスダンジョンを攻略しないといけないからね」


 ぴっと、未若沙の疑問に答えると同時に、彼はある事実を伝えるために携帯電話の電源を入れ、とある人物へと通話を繋いだ。


 その人物とは――


『ハァーイ! 話は聞いてマーシた! 確かに、にわかにはアンビリバボーなセオリーデースが……うん、真実だね。その話は、私たちアメリカが保証する』

「え、ティリスちゃん!? ……に、してはなんか、雰囲気が違うっていうか……」

「おいあくたん。あーしの豹変を見たんだから、こんぐらいの変化で驚くなよ」

「うーん……まあ、そうだね……」


 篝が真実を示すために、携帯電話越しに呼び出したその人物とは、非佐木同様にSSクラスダンジョンを攻略したアメリカの特殊部隊DSFに所属する少女、ティリスであった。


 いつものように快活な挨拶から始まった彼女の言葉であるが、しかし仕事ゆえか、被った猫の皮を剥がし、その本性をこれでもかと曝け出す。


 なんとなく感づいていた未若沙とあまり興味がなかったなずなはともかくとして、これには芥も驚愕したようだ。


「えーと、つまり? あーしたちは演算世界の住人で、ただの電気信号でしかないってことか……?」

「強いて言うならば、地球という完璧で究極な演算機械によって存在を保証されたデータと言ったところかな」

「地球……!?」


 なんか、話しの規模があっちにいったりこっちにいったりと、あんまりにもあんまりなスケールで、未若沙は頭が痛くなってきた。


「チッ……続けろ」

「そういうものだと理解してくれればいいよ」


 ただ、聞き入れなければ、それが真実であると信じなければ、この先の話に続けることができないと理解しているからこそ、彼女は証明ではなく続くを要求した。


「この世界は、重力という法則から土のひとかけら、人間の呼吸に至るまでが、地球というアルティメットコンピューターによって演算されたものというのが、僕たちの見解だ」

「地球ねぇ……まさか、マントルの熱気は演算による発熱で、海の水はそれを冷やすための水冷装置だってわけじゃあねぇだろうな?」

「その通りだよ?」

「嘘だろ……」


 冗談で口にしてみた未若沙の言葉であるが、しかしあっさりと篝が肯定したことにより、更に彼女は頭を抱えてしまう。


 果たしてそんな言葉のどこに信ぴょう性があるものか。ただ――


「確かに、そう思えば思い当たる節はたくさんありますわね」


 事ここにきて、妙に聡いなずなの本質が火を噴いた。


「いつものことですが、いつもの通りのことでしかなかったのですけれど、私はダンジョンのことをどこかゲームのようだと思っていましたわ。もちろん、現実として存在するわけですから、そんなことはありないと断じるべきでしょうけれど……この世界がデータ上のシステムだというのならば、ゲームの様にスキルがあることも、死に戻りができることも、死体がドロップアイテムに変わることだってありえますわ」

「……ああくそ! 反論できねぇな……!!」


 なずなの理論に悔し気に言葉を漏らす未若沙は、確かにと納得を示す。少なくとも、現実の法則から限りなく外れたダンジョン、そして冒険者関係の出来事は、しかしパソコンのプログラムの中では実現できてしまっている現象の一つなのだ。


 つまり、この世界がそんなパソコンのプログラムの世界だとすれば、そんなことがありえてもいいのかもしれないということ。


 ありえない話だけれど、ありえてしまってもいいと、納得してしまう。


「だが、それだと一つ納得がいかねぇことがある。じゃあなんで、ダンジョンと地上世界はこんなにも違うんだ。いや、ダンジョンがあそこまで異質なんだ?」


 この世界がシミュレーション仮説に基づいた電脳世界であることは、百歩譲って納得しよう。しかし、ならばなぜ、ダンジョンのようなゲーム的なシステムは、世界という基盤に適用されないのか。


『簡単な話だ。世界ってぇプログラムにとって、ダンジョンなんて異物は、不具合を引き起こすウィルスってわけだ』

「ウィルス……って、病気とかじゃなくて、コンピューターウィルスのこと?」

「そうだね、芥君。地球というコンピューターによって稼働する世界というシステム。それを喰らい破壊し増殖するウィルス……それこそが、ダンジョンの……いや、細かに言えばモンスターの正体なんだ」


 要約すれば。


 地球というコンピューターが世界というプログラムを運航していたところ、コンピューターウィルスに感染し、ダンジョンが生まれてしまった、と言ったところか。


「世界に対するウィルスからの攻撃こそが……」

「暴走現象、ってことか」

「そう。そもそも、ダンジョンはこちら側の世界がウィルスの攻撃を抑え込むための封じ込め措置だ、と漆喰が残した日記に残っていた」

「なんだと……?」


 漆喰。それは確か、廉隅煉瓦の兄の名であったはずだ。


「廉隅漆喰。30年前、世界を喰らわんと猛威を振るったウィルスを食い止めた英雄の名だよ」

「あー……とすると、ダンジョンを歩くモンスターがウィルスで、漆喰はそのモンスターたちを閉じ込める檻として、ダンジョンを作り出したと?」

「追記するとすれば、ウィルスが世界を破壊してそのデータを奪い取るように、人間がウィルスを破壊することで、その力を得て自らを強化する――つまり、経験値を得てジョブを強くするというシステムも彼が作り出したものだ」

「そんなことできるわけ……いや、できるんだな?」

「その証拠を出すことはできるかな」


 ひらひらと、篝は二枚の紙を懐から取り出した。


「片方は、煉瓦が作った借用書……だったものだ」

「だったもの?」

「銀行の取引記録を参照してみたが、そんな記録はどこにもなかったんだよ」

「……は?」

「10億ともなれば、どうやったって足が付く。しかし、猿飛金融を含め、煉瓦に融資をした痕跡はどこにもなかった……なのに、何もない所から借金が出来上がっているんだ」


 はたして、何のいたずらか。何もないところから生まれた借金が、芥という少女の人生をいたずらに貶めようとしていたのだ。冗談で済ませられない。


 そして、紙はもう一枚ある。その内容は――


「これは、廉隅芥と煉瓦の遺伝子解析の結果だ。見てわかる通り……二人は、親子ではなく同一人物との分析結果が出た」

「……もうなにがなんだか。いや、今更だな。つまり、この世界には人間を生み出したり書類を偽造したりする力あるって証明でいいんだな。その力で、ダンジョンを生み出し、モンスターを閉じ込めていたって証明でいいんだな?」

「ああ、その理解で構わないよ」


 自分がそこにあるモノとして認識し、決して揺るぐことのなかった地盤が逆さまになったような、そんな感覚に陥った未若沙は、もうどうにでもなれと投げやりに納得した。


 そして――


「さて、じゃあ話を戻そうか。芥君、君の正体だが――まあ、さっき言った通り、データとして魂と肉体に分離させた煉瓦の情報をリサイクルして生み出されたもの、それが君だ」

「……」


 言葉が出ない。


 宣告された内容に、ドクンと心臓が飛び跳ねる。脈拍はどんどん早くなっていっているというのに、滴る汗が温かく感じてしまうほどに体の芯が冷めていく。


 呼吸は浅く、呼気は荒く。ぎゅっと膝の上で握りしめた手のひらに爪が食い込んで、血が流れだす。


 それでも、言葉が出ない。続かない。


「――だが」


 そんな芥を見かねた未若沙が、続く言葉を代わる。


「だが、それはあくまでもそうして生まれたってだけで、どこからともなく出現したってわけじゃないんだろ?」


 自分という存在の揺らぎ。それに対する精神的ストレスを緩和するために、未若沙は芥という少女の過去を保証する。


 ただ――


「残念なことに、どこからともなく生まれたんだ。つい、一年前に」

「……」


 しかし、その気遣いは更なる刃として芥を追い詰める。


「訊ねようか、芥君。君は、自分が辿った学歴と、虚居非佐木という少年との出会いを、教えてくれるかな?」

「わ、わた、わたし、は……」


 確かめる。


「私は、ひーくんと、九年前に学校で出会った。窓際の席にひーくんが座ってたから、声をかけて、それでちょっと仲良くなって……それから……それから……同じ小学校を卒業して、同じ中学校を卒業して、でも中学校からは別々で友達ができたから、あんまり話さなくなって――」

「…………おい、どういうことだ篝」

「聞いての通りだよ。そして、これが真実だ」


 四次元ポケットさながらの篝の懐から、更なる証拠が取り出される。


 それは、未若沙も見覚えのあるもの。未若沙と非佐木が卒業した、小学校と中学校の卒業者名簿だった。


「未若沙。知っての通り、そんな記録はどこにもない。廉隅芥なんて少女は、一年前に彩雲高校に入学するという形で、突然現れたんだ」


 人間というモノは、思ったよりも多くの痕跡を残しながら生きている。こと、日本社会においては、痕跡無くして生きること自体が不可能と言っていい。


 そもそも、経歴が無ければ、学歴が無ければ、高校に入学すること自体不可能なはずなのだが――おそらくは、それも先に言及された書類偽造、或いは記憶改竄によるものだろう。


 だとしても、だからだったとしても――


「じゃ、じゃあ、私は、何のために――!!!」


 今まで芥が頑張って来たのは、自分の父親が残した借金を返すためだった。


 そして、九年来の幼馴染である非佐木ともう一度共に居るためでもあった。


 だというのに、それが全部作られたものだった? 


 この情動も、あの恋慕も、全部、全部――


「私は、何のために生まれて来たって言うんですか!」


 何のために生まれたのか。


 なぜ、煉瓦はそんな方法で芥という人間を作り出したのか。廉隅芥という少女の存在意義は――


「非佐木君を、もう一度ダンジョンに連れ戻すためだよ」


 思い返してほしい。


 非佐木という少年が、再びダンジョンへと向き直った理由を。


 彼が、意識的にダンジョンへと赴くようになった理由を。


 すべては、芥が始まりなのだ。


 すべての始発点こそが、芥という少女なのだ。


「おそらく、かつて非佐木が抱いていた白芥への感情を芥という人間を作り出すことで操作したんだろう。親愛とか、そういうので。記録を操作できるんだ、記憶だって操れるはずだし、さっきの狗頭餅の話にもそんなことがでてきた。ただ、白芥をそのままに作ると、せっかく封じ込めたトラウマまで思い出す可能性があるし、実際、京都ダンジョンの件で白芥と遭遇したことで彼はすべてを思い出したんだろう? なら、白芥としての要素を持ち合わせつつ、似て非なるものとして君を作り出した――」


 舞台装置。


 一か月前、凶月事件が起きる直前に篝の前に現れた煉瓦は、彼女のことをそう言った。


  ああ、そうなのだ。廉隅芥という少女は、非佐木をダンジョンへと連れ戻すためのきっかけに過ぎない。


 そして――


「君は、彼をダンジョンへと再び戻すために、白芥の偽物として生み出されたんだよ」


 利用されるだけの、存在にすぎないのだ。


「わ、私は……」


 続く言葉は――


「何を取り乱しているんですの、廉隅芥」

「……なずなちゃん?」

 

 ずっと、口を閉ざして話を聞いていたなずなに奪われた。


「おかしなことを言わないでくださいまし、廉隅芥。今語られたあなたの身の上は、しかしこれからのあなたの未来を決定する者でもなければ、貴方の過去を無為にするものではありませんわ」


 力強く彼女は続ける。


「そも、貴方の生まれや過去が、今のあなたに何をしてくれますの? 少なくとも、ここに居る廉隅芥は、廉隅芥でしかありませんわ。となれば、貴方が誰の偽物だったとしても、貴方の記憶にどのようないわれがあろうとも、貴方を否定する要素足りえない。拘泥する理由足りえない」


 獅子雲なずな。


 冒険者であった父を持ち、しかしとある暴走現象で起きた事故によって、自らの父親を失っている。


 しかし、彼女は憧れを抱き前を向いて生きている。かつて、憧れた父親と同じ舞台に立つと非佐木に宣言し、そして非佐木を好敵手と認め、百戦負けようと、次は勝つと何度も何度もへこたれずに果敢にも勝負に挑み続けるのが、獅子雲なずなという少女である。


 そんな彼女だからこそ、過去を受け止めた上で、それでも理想を追い、未来を見る彼女だからこそ――


「自信を持ちなさい、廉隅芥。あなたは、自分の足で立っているのだから、自分の道を歩けるはずですわ」


 突き放すように、彼女は激励した。


「その上で問いますわ。あなたは今、何をしたいのですか?」


 そして、訊ねる。


 今の芥は何をしたいのか、と。


 非佐木のすべてを知り、自分のすべてを知り、その上で芥は、何をしたいのか、と。


 自分の存在意義なんて些末なこと。そんなものよりも、優先すべきものがあるだろうと、なずなは力強く語ったのだ。


「ッチ……先、こされちまったな」


 芥を挟んで反対側。病院のベットに腰を掛ける未若沙が悔し気に口を開いた。


「ああ、そうだよ! そこのまな板の言う通りだ! お前が誰かの偽物だったとしてな、それでもお前はあーしの友達だ! きっと、ほしちーやみほりんだっておんなじことを言う。なんたって、芥はそれだけ魅力的な奴だからな!」

「みもりー……」


 友人として、仲間として。未若沙もまた、出遅れた言葉を続ける。


「だから、迷うな芥。彩雲プランテーションの仲間として、お前の友人として、言ってやる。お前は廉隅芥で、あーしの一番の友達だ。それ以外の、なんでもねぇ。いつだって、あーしはお前の味方だ!」


 過去なんて関係ない。由来なんて関係ない。


 人間でなかったのだとしても、この世界そのものがおかしいのだとしても、芥は芥であり、私の友人だと。


 未若沙もまた、力強くそう宣言した。


 そもそも、彼女は過去を顧みない。どれほどの悪評によって自らがさげすまれようと、そのような視線を向けるすべてを虚仮にして笑う。


 ゲラゲラと、ゲラゲラと、彼女は過去を見て笑う。


 だから、だから――


「どんな過去があったって、最後に笑えりゃ十分なんだよ」

「どんな未来が待ち構えているとしても、貴方は自分の道を歩けるはずですわ」


 ここまで言われてしまったら、ここまで言わせてしまったら。


「ありがとう。……私は、ひーくんにもう一度会いたい」


 月の様に過去を照らす少女と、太陽の様に未来を目指す少女の献身が、芥を再び立ち上がらせた。


 だから、涙を拭った芥を見て、篝は改めて訊ねた。


「それじゃあ、訊こうか」


 最後の選択を。


 この世界の行く末を。


「非佐木君は、かのSSSクラスダンジョン『月天魔境』にて、たった一人世界の崩壊を食い止めている。そしてそれは、非佐木君でなければ務まらない義務だ。それでも、君は非佐木君を助けに行くのかな?」







※――

 こっからメタ解説


Q.結局煉瓦って何なの?

A.『廉隅煉瓦』っていうファイル名の中身(魂)だけが勝手にファイルを飛び出して動いてるみたいなもの。好き勝手にパソコンの中を動けるし、内部のデータを改ざんできる。


Q.結局芥って何なの?

A.データ存在になった煉瓦が残ったファイルの名前を『廉隅芥』に書き換えて、近くにあったデータを適当に放り込んで作って、命令を与えただけの存在。ちょうど近くで死んだとあるベテラン冒険者のデータもあって、芥の戦闘センスはここからきてる。


Q.世界がプログラムってどういうこと?

A.シミュレーション仮説のまんま。ただ、今回の場合は地球を巨大なコンピューターと仮定した世界なんで違うと言えば違うかもしれない。

 漆喰がわざとらしくとダンジョンやステータス、ジョブをデザインしたのは、ダンジョンの中に入っても、その事実に気づけない人間を皮肉りたかったからだったりする。


Q.ダンジョンはなに?

A.モンスターはウィルスが生み出した世界を攻撃するための兵器で、ダンジョンはそれを閉じ込める檻。ただ、ダンジョンにも許容量があるから、モンスターがたまりすぎると限界を超えて外に出てしまうのが暴走現象。


Q.白芥って何なの?

A.ウィルスの親玉。自由に暴走現象を起こしたり、モンスターを召喚したりできる。詳しくは次回。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る