第112話 伝説的な符合
『いやーマぁジであのクソガキ、大きな声じゃ言いたくねぇが、バチくそ強かったんだよなぁ、ほんと』
非佐木七歳の話、と行きたいところだが、その前に視点は現代へと戻る。
大阪にあるとある大学病院の未若沙の病室にて、篝の話に耳を傾けていた三人と、そして話者である篝も含めて、突如として挙がった声に目を丸くした。
丸くして、声の上がった方を向いた。
『とはいえよ? とはいえ、俺だってめっちゃ強かったわけでさ、あいつに負けたからって俺が弱ぇーってわけじゃないと思うんよ。実際、あのクソガキを三回ぐらい死に戻りさせてるわけでよ。いやでもあれはねーと思うんだわ。なんだっけ、あの武器13個背負うやつ。あれのせいでよー、マジでなんもできなかったんだわー』
病室の一角。おそらくはお見舞いの品であったフルーツバスケットのリンゴを齧りながら机の上に座るのは、人間ではなく犬の姿をした何かであった。
そう、犬だ。
犬が喋っている。片手間に(片手を使っているわけではないけれど)リンゴを齧りながら、古い時を思い出すかのように犬は喋っていたのだ。
ダンジョンやスキル、或いは凶月事件によって、もう大抵のことでは驚かないと思っていた芥たちであるが、流石に自分たちの会話に割って入った魑魅魍魎の類には言葉を失うほど驚かざるを得ない。
それによって、過去を語る言葉が止まってしまっても、致し方ないと言えるだろう。
ただ、
「ま、まさか……君は、
篝には、どうやらその犬に心当たりがあったらしい。
『さて、この場合はどう返したらいい? 劇画風に言うなら、「そういうお前は叢雁篝なのか?」、とでも言った方がよかったりするか?』
「その答えは、僕の言葉が君の正体を正しく言い当てていると解釈していいのかな」
『もっと簡単に行こうぜ変態野郎。別に、お前を殺しに来たってわけじゃあないんだからよ』
はてさて、物騒な言葉を並べながらもそう語るのは、狗頭餅。
「え、えと……狗頭餅って……ひーくんが付けてたお面のこと?」
「正確には、固有スキル〈弧狗狸子〉が持つ能力の一つだぜあくたん。AGI、STR、ENDの三種にMP依存の高レベルバフを掛ける能力を持ってる」
『そうそう。そして俺はその固有スキルにまつわる遺物に纏わりついた幽霊ってところだ。ほら、お前らも彩雲ダンジョンの時に見たろ、あの狸とか狐を』
思い出してみれば(なずなは気絶していたため当事者として思い出せないが)、確かに戦場に到着した非佐木は、召喚獣を使役していた。
となると、この目の前の犬は、あの時に見た大量のタヌキや天に昇って行った狐のような、非佐木が使役する召喚獣の一匹であるということか。
『非佐木の〈死神〉は所有経験値をMPに変換させる糞スキルがあるせいで、俺の出番が多くって敵わねぇんだわほんと』
「聞けば聞くほどに、都合よく嚙み合ってるんですわね、虚居非佐木のスキル構成は」
『そういう点でいえば、そこの芸人も変わらねぇけどな』
「おい、狗頭餅。どちらかと言えば、あーしは視聴者だぞ」
狗頭餅の登場に騒然とする病室。ただ、そんなことよりも――
「そんなことよりも、僕としてはなぜ君がここに居るのかを訪ねたいんだけど」
なぜ狗頭餅がここに居るのか、が問題であった。
彼は非佐木が使役する召喚獣。つまり、非佐木のスキル由来のモンスターが、何故非佐木のいない場所に出現しているのか、ということだ。
ただ、その問いかけに対する返答は端的なものだった。それが、何でもない事実かの様に、単純なものだった。
『そこの嬢ちゃんに、非佐木が俺を託したんだよ』
「……なんだと?」
『だぁれがお前の倒れてる場所に近場に居るつよそーな冒険者を呼んできたと思ってる。ま、この俺様が、恭しく人間を助けるなんて、そりゃ驚いちまうのも仕方がねー話だとは思うけどよ』
果たして、彼は非佐木から未若沙の救出を依頼されたのだと語った。
『とはいえ、このまま仕事を果たした俺は気持ちよく寝てたわけだけど、ちょっと面白そうな話してたから起きて来たってわけよ』
語った。
『知ってるぜ変態野郎。お前は、あの時の悲劇の詳細を推測でしか知らないってことをよ。あの非佐木の青春を、一ページたりとも読み込んだことがないってことをよ』
その話は、自分の方が知っていると。
『だからこそ、こうして高説垂れるため顕現してやったってわけだ』
自分の方が詳しく語ることができると。
「ならばこそ、聞かせてほしいなその話を」
『嘘だと思ったのならすぐに言ってくれればいい。お前の推測は、俺の話の裏付けになるはずだからなァ』
語る。
『なにがなんでも知りたい話を、なんでもかんでも知ってるぜぇ』
それはまるで、道化の様に。
◆◇
――20XX年
非佐木、七歳の夏。
『あぁ!? なんっ……なんだこれ!?』
「あはは! これね、僕のことを気に入ってくれたユニークモンスターの魂を憑依して、使うことができるって遺物なんだ。まさか、狗頭餅が僕のこと気に入ってくれれるなんて思わなかったなー!」
『あぁ!? 俺が!? お前を!? ふっざけんじゃねぇぞクソガキがァ!!! 早くここから出しやがれおいコラぁ!!!』
罵詈雑言が飛び出す仮面を見てにやにやと笑うのは、他でもない非佐木である。
彼はとあるダンジョンを縄張りとしていたユニークモンスターと激闘を繰り広げ、今見事勝利を収めたところだ。
相手となったのは、狗頭餅――またの名を『
ユニークモンスターが人語を解す例は珍しいものの存在しないというわけではない。ただ、わざわざユニークモンスターと会話をしようなんて奇特な人間が少ないだけで、そう言った存在は確かにいる。
狗頭餅もその一つであったのだが……どうやら、人語を解するという特徴が世間に知れ渡るよりも先に、非佐木の手によって倒されてしまったようだ。
それも仕方のない話だ。
三回。狗頭餅が戦いを挑んできた非佐木を捻り潰し、見事死に戻りさせた回数である。
しかし、四度目の戦闘となる今回、相対する非佐木のジョブは過去三回の戦闘とは違うモノとなっていた。
銃士系統魂銃士特殊派生クラス4ジョブ〈死天使〉。
今までならば、その程度の力であった。
しかし、今回はまったくもって違った。まったくもって、異様だった。
羽のように非佐木の背後に並ぶ13の武器もそうだし、攻撃の度に並べられたスキルの量も、かつてないほど。それはもう、以前とは違うジョブに変えたと言うほかなく、しかしながらジョブを変えたと言うにはかつての死天使と似通い過ぎていた。上位互換だった。
となれば、答えは一つしかない。
「ひーくん! すごい強かったよ!」
「そう? やっぱり、ジョブが進化したおかげかな」
彼は進化したのだ。人類の到達することのできなかったクラス5ジョブへと。
ともあれ、そんなジョブの存在など今の狗頭餅には関係なく、ただただ負けたという事実に対する屈辱と、どういうわけか死してなおお面という形で遺物になってしまった自分の姿に対する恥辱ばかりが彼の怒りを限界まで沸騰させていた。
『……あ?』
ただし、腐っても彼はユニークモンスター。その中でもSクラスダンジョンに君臨していただけはあり、どのように感情の波が揺れ動いていようとも、周囲の観察を怠るような間抜けではなかった。
非佐木と、もう一人。
お面となってしまった自分の周りに誰かがいることに気づいた。非佐木と同年代に見える、真っ白な誰かが。
『おい、誰だソイツ。戦ってるときは居なかっただろ』
先ほどまで怒り狂っていたというのに、随分すんなりと態度を変えたものである。
この切り替わりようには、流石の非佐木もなんだこいつと思わず心の中で呟いてしまうけれど、それはその白い少女を狗頭餅がどのように見ているかを知れば、こうもはっきりと怒りを奥に封じ込めて、それよりもなによりも少女の正体を聞いてしまう狗頭餅の切り替えを理解してくれることだろう。
(なんだよこいつ! な、なんなんだよこいつ!! 俺なんか比じゃねぇ……なんつーリソースをもってやがる!!)
リソース。人間の知らない話であり、知ることのない話であるが、モンスターたちは内部に保有するエネルギーをリソースと呼び、それらの多寡で強さが決まっている。
いうなれば、ジョブにたまる経験値のようなもので、そのリソースが多ければ多いほどに、ジョブでいう高いクラスのジョブに該当するのだが――白い少女が保有しているリソースは、Sクラスダンジョンを支配してた狗頭餅のユニークモンスターとして実力を大きく凌駕するものであった。
それこそ、SSクラスダンジョンのボスすらも、敵わないのではないか。それほどの力を持った存在が、その少女であったのだ。
そんなものが突然目の前に現れたのだ。怒っている余裕なんてないし、怒りすらも忘れて恐れてしまう。
「芥だよ。君と戦ってる僕を応援してくれてたんだ」
「だって、ひーくんすごいかっこいいんだもん……!!」
「そ、そうかな?」
「うんうん! すごいかっこよかった!」
そう言いながら非佐木に抱き着く芥を見て、狗頭餅は思っ――
◆◇
「――ちょちょちょちょっと待ったぁあああああ!!! ストォーップッ! ストップぅうううう!!!」
『あ? なんだよ』
「いやいや! おかしいでしょ! なんで私がダンジョンに居るのさ!」
『知らねーよ……あーそういやお前、芥と同じ名前だったな。ん? 本人か?』
回想シーンの途中で悪いが、語る狗頭餅の言葉を遮って話を止めたのは芥だ。
どうやら、というかやはりというか、突然話に出てきた己の存在に混乱しているらしい。困惑しているらしい。
なにせ、非佐木七歳の時代となれば、芥の記憶にある出会いとは一年も前のことになる。そも、自分は非佐木に連れられて彩雲ダンジョンでぼこぼこにされた初配信の時以前に、ダンジョンに潜入した経験などないのだ。
「しかし、あーしが見たあいつは……」
『凶月事件だったか? 芸人。お前の考え通り、今俺が語った芥で間違いねぇぜ』
「……あーしの名前はまあいいが、ややこしいから白芥って名前で語ってくれるか?」
『んー……まあいいか。白い方に比べて、こっちの方は地味だし特徴ねぇしな』
「ちょっと!? 今私、さりげなくディスられた!?」
未若沙が確かめたのは、凶月事件の最後。彼女自身が見た非佐木の隣に居た少女が、狗頭餅の回想に出て来た少女と同一人物なのかという話であるが、狗頭餅はその言葉に同意した。
肯定した。
「10年経っても姿が変わってないようだが?」
とすればおかしなことが幾つかある。その中でも最も大きいな違和感は、10年前から白芥の姿が変わっていないことだ。
ただし、その疑問には狗頭餅ではなく篝が答えた。なんでもないかのように。
「簡単な話だよ未若沙。彼女は人間じゃない。そうでしょ、狗頭餅」
『どうやら、なんとなく芥の外形を掴んでいる奴はいるようだな』
「まあね」
篝の言葉に、狗頭餅の犬面がにやりと笑みを浮かべる。
「一応、君も知っているようだから、僕の見解を述べ、それが正しいのかを確かめたい」
『どうぞ勝手に』
「ならば勝手に。あの少女は、そこの芥君とは同一人物であり、同存在ではないのだろう? 赤の他人よりは遠く、兄弟よりも近いのだろう?」
「……何言ってんだお前。ベロの出し過ぎで頭壊れたか?」
日々をベロロ軍曹として生活している篝の頭がついに壊れたかと思った未若沙であるが、しかし別に篝の頭が壊れているわけでもなければ、篝が言葉を間違えているわけではない。
むしろ、壊れているのは世界の方だし、間違えているのは常識の方だ。
世界と常識がおかしいのだ。
こと、芥と白芥の関係を語るのならば。
語らなくとも、ではあるけれど。
ともかく、どちらかと言えば、その責任は世界に在り、そして芥の父親である廉隅煉瓦にあるのだ。
「まあ、その答え合わせはあとにしよう。おそらくは、彼の回想と僕の回想を続けていけば、その真相には近づけるはずだし、明かせるはずだから」
『今はともかく、ここに居る芥とは別の芥がいるってことだけを覚えて黙って聞いてればいいんだよ。どうせ地味芥の方は登場しねーしな』
「地味って言わないでよー!」
「……納得はいかないが、了解した」
あまりにも異常で理解不能な謎が出てきたまま、しかしそれが解明されることなく、謎のままに会話が続けられることに不満気な未若沙は、納得のいかない表情のままにうなずいた。
「ともかく、転機は――」
『――10月24日。その日、あいつは親と喧嘩したんだったな』
ともかく、ともあれ。
『その日、クソガキの常識は塗りつぶされた』
「あらゆる意味で、あらゆる形で」
その物語は終幕へと向かっていく。
「すべての始まりはそう、廉隅煉瓦という男が非佐木へと接触したことが始まりだった」
『すべての終わりはそうだな。白芥が非佐木のことを好きすぎたことだ。大好き過ぎたことだな』
回想の始まりは、運命の日よりも一週間前。
「な、なんか他人なのにこうも自分とおんなじ名前で好きすぎたとかいわれると……ちょっとなぁー!?」
狗頭餅の直球的すぎる言い回しに赤面するばかりの少女を置いて、全ては語られる。
過去に縛られた少年の過去に、一体何があったのかが、語られる。
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