第111話 伝説的なお守
――二年後。
「てぇや!」
「ノールックからのヘッドショット……なんともまあ才能に溢れた子供だことで。こういうところは麻木似かな?」
「うれしいことを言ってくれるじゃねぇか篝!」
20XX年。
非佐木五歳の春。
二年前の忠告の日から、休日を作る余裕のできた篝は時たま非佐木の様子を見に来ていた。
そして今日は、待ちに待ったダンジョン攻略の日。この日、非佐木たちは難易度Dクラスのダンジョンへと来ていた。
「ねぇ! 今の見てた?」
「おう、見てた見てた。やっぱりお前はすごいぞ!」
「へへん! 伊達にパパの息子やってないからね」
今年で晴れて五歳となった非佐木は、めでたく待ちに待ったダンジョン探索の権利を勝ち取った。
それからは毎日のように近場のダンジョンに狩り出ており、子供特有の成長の速さと言おうか、幼いながらもめきめきと非佐木は冒険者としての腕を磨いていた。
そもそも、こうしてモンスターと戦うよりも以前から、非佐木は篝に隠れてこっそりと武器の練習を――この場合は、銃士が扱う拳銃の的当て修練を三歳児のころから繰り返していたこともあり、その命中精度は大人顔負け。
それこそ、どこぞの国民的アニメの眼鏡に匹敵するのではないかというのが、親ばかな麻木の意見である。
さて、非佐木がダンジョンに行きやすいように、BクラスダンジョンとDクラスダンジョンへのアクセスが容易な彩雲町に移り住んだような親ばかの意見がどれほどの精度を誇るのかはさておいて。
「にしても、五歳児とは思えない身体能力だね。やっぱり、ステータスが齎す恩恵は計り知れないか」
ステータス。それは、ジョブを身に着けることで増加する外付けの身体能力だ。
武器やスキルがダンジョンの外では使い物にならないのに対して、こちらは本人の肉体にのみ効果を及ぼす故か、ダンジョンの外であろうと問題なく効果を発揮する。
ダンジョンに関係する法整備を厄介にさせている事案の一つだ。
ステータス一つが、ジョブのクラスが一つ変わるだけで、けた違いな身体能力を得られる以上、スポーツ界隈では大きな問題となった。
それに、その身体能力を使った犯罪が横行したとなれば、更に問題だ。ただ、一番の問題はそれらの犯罪を抑止することができないということか。
故に、一時はダンジョンに潜入したスポーツ選手は大会出場の資格をはく奪される、なんて騒動にも発展した。
それほどの価値が、ステータスにはある。そして、そのステータスさえあれば、五歳児が数メートルを跳躍しモンスターの攻撃を軽やかに躱すなんて常識はずれなことをしても、幾分か納得できるはずだ。
そこに何かの問題があるとすれば――
「なんか、レベルあがるの速くない?」
「あー……だな」
非佐木のレベルアップスピードが、常識を遥かに逸脱していたことだろう。
非佐木がダンジョンに潜る様になって早二か月。毎日とはいかずとも、母非沙美の手を借りて月に20回以上はダンジョンへと赴いている非佐木である。
もちろん、数をこなせば、というのもあるが、そんな彼の現在レベルはクラス3ジョブの82レベル。条件さえ達成できていれば、すぐにでもクラス4ジョブへと至ることができる速度である。
「実を言えば、あいつは天性の固有スキル持ちだったんだよ。まあ、かなり尖ったスキルだったけど。おかげで、変なジョブが生えちまったわけだし」
天性の固有スキルとは、遺物やユニークモンスターを経ることなく、冒険者としてジョブを獲得した際に既に獲得していた固有スキルのことを指す。
天性の固有スキルの保持者に共通項はなく、どういう条件の元、そう言ったスキルが芽生えるのかすらわかっていない。そして、その能力にも共通性はなく、とある少女の〈豪運〉のような効果がはっきりとしないようなものもある中で、非佐木の固有スキルは効果がはっきりしていながら、あまりにも尖り切った性能をしていた。
その名も固有スキル〈大喰らい〉。
倒した相手のあらゆるリソース――ここでいう、ドロップアイテムなどの、本来であれば経験値とは別に獲得できる要素をすべてレベルアップに消費するというものだった。
ともすれば、ドロップアイテムから武器をカスタマイズし、銃弾を作り、さまざまな戦いに対応するという銃士の特性を完全にデメリットへと変化させるようなスキルに思われるが――
「まさか、それをレベルを消費して弾丸に変えるジョブで対応するとは、俺もまったくもって想像していなかったけどな」
銃士系統は、使用する銃から弾丸までを好きなようにカスタマイズする汎用性を持つ代わりに、他のジョブよりも多くのドロップアイテムを要求する特殊なジョブだ。
一応、そういった素材がなくとも無限に供給される弾丸もあるが、限りなく威力が低く使い物にならない、射撃練習用の代物だ。
そして、場合によっては供給量を消費量が上回る時もあり、素材管理などの難易度から何かと忌避されがちなジョブであるのだが――非佐木がたどり着いた銃士系統魂銃士特殊派生〈死銃士〉は、自らの持ち得る
ただ、それに合わせて大きな問題も付きまとうことになる。
それは、銃士が弾丸を作るためにモンスターを狩るように、非佐木はレベルを保つためにより強力な敵と戦わなければいけないということだ。
経験値を多く獲得する〈大喰らい〉と、レベルを消費して弾丸を打つ〈死銃士〉のシナジーは素晴らしいものの、限界がある。
やはり、高い難易度のダンジョンであれば手に入る経験値も多く、自らの実力よりも難易度の低いダンジョンだと得られる経験値も低い。
そのため、非佐木は難易度の高いダンジョンを巡る必要があった。
「そこで頼みたいんだけど、非佐木のダンジョン巡りに付き合ってくれねーか!」
「……君の仕事に付き合わせればいいんじゃないかな?」
「いやー……最近はダンジョンよりも後継育成だったり、ダンジョン用のアイテムの試験に付き合ったりと、行く回数が少なくなっててさー」
「今は煉瓦とそんなことしてるの?」
「これでも大人気冒険者だからな! がっはっは!」
大人気冒険者、と麻木が自らのことを語るが、間違った話ではない。漆喰の差し金とはいえ、彼は日本における高難易度ダンジョン攻略のさきがけの一人であり、非沙美と合わせて名の知れた冒険者である。
二人とも人当たりもよく、たいていのことは何でもこなしてしまうこともあり、様々な企業や冒険者からダンジョン関係の仕事を頼まれているのだ。
故に、虚居夫妻は二人そろって多忙の身。
ついでに言えば、第二子となる薊は非佐木の様に早い段階でダンジョンには触れさせない教育らしく、篝の忠告通り五歳、六歳ぐらいを目安にする予定とのこともあり、薊を連れてダンジョンに行くことはできない。
更に付け加えれば、難易度の高いダンジョンに非佐木を連れて行くとなれば、ただのヘルパーには荷が重すぎる。
薊の面倒を見るには十分だろうけれど。
そこで、篝に白羽の矢が立ったというわけだ。
「まあ……いいよ。暇じゃないけど、余裕はできてきたから」
子守は篝の本分ではないけれど、虚居夫妻を多忙にした要因の一つは篝に在り、さらに言えば自社製品の試作にも実地試験をしてみたいと思っていたところ。
暇ではないけれど、自分の仕事に合わせて様々なダンジョンに非佐木を連れまわすことならばできるだろう。
「とはいえ、それは非佐木君の了承が無きゃ――」
「篝おじさん。僕の力が必要なら何時でも言ってくれていいんだよ」
「……親に似て、厚かましい限りだ」
五歳児と言えば、親元を離れるだけで泣き叫ぶぐらいは覚悟していたのだけれど、むしろ非佐木は親元を離れてでもダンジョンという世界に浸かっていたい様子だった。
それが果たして親子の関係として正しいものなのかはさておいて、彼自身が望んでいるとなれば、篝が断る理由もない。
「わかった。ただ、僕は優しくないよ」
「利益の中に優しさを見出すことができるのが、俺の知ってる大親友の篝君だぜ」
「都合のいいことを……」
ともあれ、こうして篝は非佐木のお守のような立ち位置を任されることなったのだが――
「よろしくお願いします!」
「……まあ、今後共は」
その実は、まんざらでもなかったりする。
◆◇
まあ、まんざらでもなかったりしたとはいえ、使えるのならば利用するのが篝という男だ。
思い付きで何でもやらかす男が煉瓦ならば、面倒見のいい正義漢が麻木なのだとすれば、合理的に論理的に思考し、損得の取捨選択を繰り返す男こそが篝という男なのだから。
彼にかかれば、友人に任された育児にすらも効率を盛り込む。
「非佐木君。まずはこれとこれとこの装備を付けて、あのダンジョンを二時間以内にクリアしてこれるかな?」
「すごい理不尽! ふふん、朝飯前だよ!」
とまあ、こんな風に無茶ぶりにも近いダンジョンアイテムの性能テストを非佐木に頼み込むことなど日常茶飯事。
Aクラスダンジョンを指差して二時間で攻略して来いなんて、虐待もいい所な所業であるはずが、しかし非佐木はこれに目を輝かせながら答えた。
これは篝が『非佐木が付いているジョブはAGI特化』であることを知っての無茶ぶりであるのだが、だとしても急がせ過ぎだ。
無論、初見のダンジョンを二時間なんて超スピードで攻略できるはずもなく、非佐木は死に戻りによって一層のクリスタル広場に帰還した。
それは、ダンジョンに潜入して四時間が経過したころの話である。
「やっぱりダンジョンは階層を跨いでも電波が安定してるね。三十層は離れていてもラグなしで通話対応ができる……さて、それで非佐木君。またやるかい?」
ダンジョンから戻ってきた非佐木を迎えた言葉は、非人道的と言って差し支えない言葉だ。
どう考えても、それは友人の息子に向ける言葉でもなければ、五歳児に向ける言葉でもない。
人を人として見ていないような、或いは実験道具の一つとしてしか見ていないようなその瞳は、ある意味では篝という人間の持つ人間性の表れともいえるだろうけれど――
「また行ってきていいの!?」
「あと10時間は対応可能だよ」
「やった! じゃあ、行ってきまーす!」
自分すらもその効率の中の一環として見ているであろう篝の機械的な返答を、非佐木は手放しで歓迎した。
どうやら、非佐木の世話を篝に任せた要因はここにありそうだ、と篝は思う。
時間さえあればいつまでもダンジョンに戻っている非佐木と、時間さえあればいつまでもダンジョン関連の試作アイテムの試験をしている篝。
ある意味では、最も相性のいい二人ともいえる組み合わせを、麻木は見ていたのだろうと、篝は思った。
ただ、だからと言って五歳児をずっと親元から離しているわけにもいかない手前、篝は考える。
「ねぇ、非佐木君」
「んー? なに?」
「映像記録、撮って見ない?」
「なにそれ」
さて、その提案は篝のやさしさか、それとも効率的な思考の一環か。ともあれ、篝は非佐木に対して、現在自社で開発中のとあるアイテムを見せた。
撮影用ドローン。特に名前も決めていなかったソレを見せて、彼は言う。
「これは撮影した映像をそのままネットにアップロードしてくれるやつでね。映像のブレを抑えてかなりきれいに撮れるようにしたんだけど……これを使って、非佐木君の活躍を家族に届けて見ない?」
と、彼はそう語った。
その言葉に対する非佐木の返答はもちろん肯定。
「面白そう!」
ダンジョン配信。
当時はまだ、テレビという媒体に依存しているダンジョンアイドル業界が、配信というインターネットコンテンツに昇格するためのアイテムの試作は、実はこうして始まった。
今後、一人の少年と積み重ねたデータをもとに安価改良が施された撮影器具が市販されたことにより、大型のテレビカメラや音響機材を持ち込まずとも、それなりの配信環境を整えられるようになって初めて、ダンジョン配信というコンテンツは産声を上げたのだ。
その最大手として、篝が代表取締役を務めるアドベントフロンティア社は更なる躍進を遂げ、その実験に付き合った非佐木は冒険者としての練度を高めていく。
そして――
「また来たよ狗頭餅!」
『ハンッ! クソガキに負けるような俺様じゃねぇぞコラァ!!』
「今度こそは倒すよ!!」
『こいや!!』
運命の年。
非佐木七歳の時代が訪れた――
彼のすべてを変えた、悲劇が。
幕を開ける。
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