第110話 伝説的な初遭遇
虚居非佐木。
虚居麻木と虚居非沙美(旧姓:
年齢は17歳。誕生日は2月19日。身長は平均値から逸脱しない174センチ。体重は65キロ。
部活に所属していないものの、筋肉トレーニングの日課を持つことから筋肉質な体型をしている。
学業とは別にプロの冒険者としての活動もしていて、その手の人間の間では有名な人物である。
「これは、そんな彼が伝説に至る前の話だ」
◆◇
ああ、さっそくで悪いけど、一番最初に話すのは虚居非佐木という少年についてではない。
とはいえ、彼なくして虚居非佐木を語ることはできない以上、最初に話しておくべきなんだ。
廉隅煉瓦の話を。
「わ、私のお父さん!?」
「ああ、そうだ。芥ちゃんのお父さんの話だ」
「そういえば、知り合いみたいなこと言ってましたねひーくん」
「ついでに言えば、僕の友人でもあるね」
廉隅煉瓦。
彩雲プランテーションに所属するケシ子こと廉隅芥の父親に当たる人物であり、またダンジョン配信者というコンテンツの生みの親である。
しかし、その功績は10年前に潰えている。
簡単に言えば、彼の社内で幹部に当たる人間の汚職が次々と発覚していったからだ。倒産こそしなかったものの、ダンジョンアイドル業界を牽引していた廉隅プロダクションは凋落した。
そんな男が、この話の重要人物となる。
さて、話しの始まりは今から27年前。
僕、叢雁篝と廉隅煉瓦。そして虚居麻木の三人は当時君たちと同じ高校生だった時代。
彼には年の離れた兄弟がいた。
名を廉隅
そんな彼は、当時騒動の真っただ中であったダンジョンに関する研究を進めていて、その手伝い――まあ、あれだ。今でいう冒険者の仕事が、僕たち三人に回って来たんだ。
暴走現象さえ起きていなければ死ぬことはないダンジョンの中を探索する。もちろん、報酬も出た。割のいいバイト、そんな感覚で僕たちはその手伝いをしていたさ。
そこから、僕たち三人はダンジョンという世界に対する造詣が深くなっていった。他の人間たちよりも、ずっと。
若いというだけで体の奥底から湧き上がってくる火が、ダンジョンという未知に対する好奇心を限りなく高めたのもあったし、毎週、煉瓦のお兄さんから届く研究資料を見ているだけで、それなりにダンジョンについての知識を蓄えられたしね。
ともあれ、そうして僕たちは高校を卒業し、大学に進学した後も密にダンジョンと関わることとなった。
特に顕著だったのは麻木だ。
どうやら、大学で気の合う友人を見つけることができたらしく、進学後は僕たちとは別でその友人とダンジョンによく潜入していたらしい。
まさか、それが女だとは思っていなかったけれど。ともかく、そうして麻木と非沙美は出会ったわけで、後の虚居家に繋がるわけなんだけど、残念ながらそちらの事情なり情事なりは割愛させていただく。
愛だけにね。
しかし割愛してしまうと、僕たちの大学編はここで終わってしまう。大した事件がなかったわけではないけれど、ここで話すほどの事件があったわけでもないんだ。
漆喰が消息不明になったり、大学の地下にダンジョンができたりと大事件は起きたけれど。大きく語ることではないだろう?
ともあれ、それらの艱難辛苦を乗り越えた虚居夫妻は名の知れた冒険者となり、そして僕と煉瓦はとある企業へと就職した。
それから程なくして、虚居夫妻を見た煉瓦が、ダンジョンアイドルというコンテンツを計画しだすまでは、まあ緩やかな日常が過ぎていったよ。
ともあれ、煉瓦の計画は始まった。彼が大学時代に作った人脈を伴ってアイドル事業を始め、そして僕は行方不明になったはずの漆喰の伝手を使い起業した。
煉瓦のアイドル事業は成功をおさめ、ダンジョンは警戒対象から一気にバラエティーの中心へと引っ張られ、モンスターとの戦いがコンテンツとして消費されるようになった世界の中で、虚居非佐木という子供は産声を上げた。
これが17年前――僕たちが27歳になった時の話だ。
さて、長く続いた前置きはこの辺にして、彼の物語はここから始まる――
◆◇
「へぇ、君が非佐木君か」
「うぃ!」
20XX年。
非佐木三歳の春。
虚居宅へと訪れた篝は、この日初めて非佐木という子供と出会う。
「三年ぶりだな。いつもお前は忙しそうで、こうして来てもらうのが申し訳なくなってくる」
「いやいや、まさか友人の祝い事にこうも遅くなるとは、こっちが申し訳ないくらいさ。結局、君たちの結婚式にも出席できなかったわけだしさ」
「いやいや、本当に篝からのもらい物には助かってるから気にしなくていいって」
この時すでに一つの会社の代表取締役として活動していた篝は、その事業を実現させるために東奔西走しており、一つのところに留まるような……留まっていられるような人間ではなかった。
ただ、それは冒険者たちの先駆けとして様々なダンジョンに潜入している虚居夫妻も同じこと。だからこそ、たまの休日を合わせることも難しく、虚居夫妻の子供である非佐木が生まれたという朗報をメール越しでしか確かめることができていなかった。
故に、非佐木が生まれてから実に三周年が過ぎた頃に、ようやく大親友の子供の顔を見ることになったわけであるが――
「うぃ」
「……似てないね」
「よく言われる」
とても落ち着いた非佐木の様子を見て、篝はとてもじゃないが麻木とは似つかないと口にした。それは当の本人である麻木も理解していることらしく、
「ま、非沙美の方にでも似たんじゃねぇかな」
とまあ、麻木はそんなことを言った。
事実、なぜなに期とも呼ばれるような年齢であるはずの非佐木であるが、てこてこと家の中をたくましく冒険することなく、かといって自分を置いて友人と話すママパパにかまってほしく声を上げることもなく、ともすればそういう人形であるようにしか思えないほど静かにテレビを見ている。
これが昨今語られるテレビの魔力というやつか、と篝は納得した。
納得したのだが――
「なあ、麻木」
「どうした篝」
「僕には今、非佐木君が〈武器召喚〉をしたように見えたんだけど」
「あ、ちょっと非佐木! 家の中で武器出しちゃだめって言ってるだろ」
次に篝の目に映ったのは、三歳児でしかないはずが冒険者のような武器を持っていることだった。一見すれば、そういう玩具かのようにも見えるが……篝は見てしまった。非佐木が、何もない虚空から武器を召喚する瞬間を。
「えぇー? でも、これは周り傷つけない」
「それはダンジョンの中で使うやつだから、使わないときは出しちゃダメだよ非佐木!」
「ぶぅー」
どうやら、非佐木は三歳児にして既に冒険者としての経験を持っているようだ――
「いや、犯罪だからね!?」
犯罪、というのは誇張表現が過ぎるが、ダンジョンを整備する法律の中には満10歳を超えない子供をダンジョン内に入れてはいけないというものもある。
ただ、ダンジョン周りの法整備は10年経った今となっても未だ不完全。年1、2個ペースで増えていくダンジョンと、超人的な能力を持つ冒険者など、対応すべきことが多いとも言われているし、ダンジョンの利益を私的利用したい人間が遅らせているとも言われている。
ともあれ、そんな眉唾物の噂がなくとも、あと数年はかかりそうだと篝は思っているし、実際には数年かかった。
ただ、整備される数年前とはいえ、乳幼児をダンジョンに入場させることは完全なるタブー。子供心にモンスターというトラウマを植え付けることは、常識では悪行に類する行為なのだ。
しかし――
「いやー仕事の時にほっとくわけにもいかなくてよ。煉瓦に頼んでダンジョン広場辺りであやしてもらってんだわ」
「……二層以降に入れてないのか」
「あ、あははー……」
「入れたんだね」
どうやら、非佐木という子供にはその限りではなかったようだ。
「まあ、剣とかもって戦わせたわけじゃなくて、銃士で遠くからバンバン撃たせただけだからさ」
「だとしても……ああ、もう! これだから君たちは……!!」
麻木の言い分によれば、引き金を引くだけで攻撃できる銃士なら、近くでモンスターの襲われることなく戦えるからいいと思ったとのことだが、篝の常識では完全にアウトだ。
アウトなのだが――
「ダンジョン行っちゃダメなの?」
「……ずるいぞ麻木」
話を聞いていたらしい非佐木が、椅子に座る篝の裾を握りながらそんなことを言ってきたのだから、篝は強く言うことができなかった。
そんな様子の篝を見て、麻木は笑う。
「いやいや、俺は何もしてないって」
「……まあいいや。子供から興味の対象を取り上げるほど僕も鬼じゃないし、他人の家の方針に口を出せる程、面の皮も厚くない。ただ、モンスターと戦うのはもう少し成長してからにしてくれ。まだ、ステータスが人間の成長にどんな影響を現すのか、全くわかってないんだ」
「あー……まあ、お前の忠告だ。聞いとく」
後の祭りとばかりに篝は空を仰ぐが、しかし友人として、親友としていえるだけの忠告はしっかりと続けた。
「いや、でもプレゴールデンエイジは3歳からだったっけ? なら、モンスターと戦わずともダンジョン内で遊ばせた方がよかったりするのかな。でもなー、子供の時のトラウマは一生引きずるなんて言うし――」
「相変わらず、お前の話は難しいな……」
「これでも君たちの子供だからね……本当に、生まれてくれてよかったよ」
「……そうだな」
篝がここまで語るのには、虚居夫妻が子供のできにくい体質であったという背景がある。所謂不妊というやつなのだが――ただ、原因ははっきりとしていない。
ダンジョンに深入りするほどに子供を作りにくくなるという噂がまことしやかに囁かれていただけに、そう言った行為を始めてから五年も子供が作れなかったことに彼らは不安を抱いていた。
とはいえ、こうして非佐木が生まれてくれたのだから、その話もどこかの誰かが気まぐれに呟いた風説であることが立証された。
ただ―――
「どうしたの麻木?」
「いやいや、なんでもないさ」
麻木の顔は、どこか暗い影がかかっていた。
「ともかく、本格的なモンスターとの戦闘は五歳ぐらいからかな」
「正直、小学校を卒業するまではやめてほしいんだけど……まあ、英才教育ということにしておこうか」
「助かるよ篝」
「おせっかいなのが、僕の取り柄だからね」
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