第108話 伝説的な終わり
「ああもう! 何だこいつらめんどくせぇ!!」
突発性暴走現象の発生と共に地面から現れた京都ダンジョンのモンスターの数々に舌打ちを交えながら文句を放つのは、非佐木たちとは別行動になってしまった未若沙である。
彼女は、非佐木から伝えられていた暴走現象の予兆に備えて、クリスタル広場のジョブクリスタルからジョブの変更をしようとしていた。
元々、彩雲プランテーションとして活動していた際に使用していたクラス3ジョブの〈贄士〉はあくまでも枷のようなもの。
彼女が彩雲プランテーションに参戦した際に、一人だけ実力が突出しすぎないようにするためのジョブである。
ついでに言えば、芥となずながクラス4に至った現在でも、本来のジョブを使っては明確に実力に差が出てしまうために封印していたわけなのだが、しかし暴走現象となれば話が変わってくる。
普段のダンジョンとは違い、暴走現象では人が死ぬ。故に、配信映えがどうだとか、バランスがどうだとか、その程度のことで人の死を無視することができない以上、未若沙はジョブを変えるために走ったわけだが――それが裏目に出た。
結果として、未若沙は固まって行動していた彩雲高校組からはぐれ、ダンジョンから地上へとテレポートされた際にすぐには合流できない場所に飛ばされてしまった。
まあ、それだけならば問題ない。
広場に集まっていた冒険者たちが皆入り口を目指して走っていてくれたおかげで、ジョブチェンジにはそこまで時間がかからなかったため、暴走現象が起きるまでに本来の未若沙のジョブに切り替えることができた。
『ゲラゲラ』としてのジョブに切り替えることができた。
非佐木が少年Xとして語った、自分が知る限り最も強い同年代という言葉に相違はなく、例えSSクラスダンジョンの暴走現象の中であったとしても、彼女に危機らしい危機が訪れることはなく、なんなら次々と救助活動を行い、人を助けては避難させている。
自らの行動を顧みることのない彼女であるが、そういう常識ばかりは備えているようだ。
とはいえ、それが今後の彩雲プランテーションへの好印象につながるという打算があったのも事実。
SSクラスダンジョンの暴走現象という最悪の災禍の中で、彩雲プランテーションのメンバーに助けられたという声が上がれば、それだけで評判に箔が付く。
倫理や被害者のことを考えず、身もふたもない言い方をすれば、今こそが好印象のボーナスステージなのだから。
……まあ、ここまで語っておいてはなんだが、やはり未若沙の打算の割合は低く、善意の割合は高い。彼女もまた、ゲラゲラと悪役染みた笑い方をしていながら、善性の人間なのだろう。
ともかく、だ。
(モンスターの駆除は順調……やっぱり、ギミック系のダンジョンなだけあって箱根に比べればモンスターが弱いな)
日本に二つ存在するSSクラスダンジョンのもう一つである箱根ダンジョンは、ギミックの少ない根っからのモンスター系。そんな箱根ダンジョンのモンスターたちと比べれば、京都ダンジョンのモンスターは弱い。
不幸中の幸いと言ってもいいほどには、襲い掛かってくるモンスターは弱かった。それが、強者としての視点を持つ未若沙の意見だったとしても、だ。
白のゴーレムが拳を振りかざせば、白き鬼の体がはじけ飛ぶ。白の馬が疾駆すれば、餓鬼たちの群れが悉く踏みつぶされていく。
百鬼夜行に対抗するのもまた百鬼夜行。
京都市中を闊歩するモンスターたちを蹂躙していくのは、白色無地の怪物の群れ。
彼らを率いる少女こそが、未若沙という実力者――
少年Xが認めた、彼を除いて同年代最強格の一人、【蝋王】ゲラゲラである。
召喚獣を使役し扱う未若沙が呼び出した百鬼夜行が、次々と京都ダンジョンのモンスターを駆逐して行く中で、彼女は空を見上げた。
「問題はあいつだな……」
非佐木の言から、空に浮かぶ月の如きモンスターが京都ダンジョンのダンジョンボスであることはわかっている。
そして、暴走現象でダンジョンボスが地上に出てくることは珍しいことではない。それこそ、SSクラスダンジョンのボスであったとしても、だ。
(そういえば、アメリカの奴らが戦ってるのをさっき見かけたな。ボスの見掛け的に、群体型じゃなくて個体型。対群ならあーしの出番だが、もしあの満月野郎が単体だったらちと力不足なんだよな……)
個体型――すなわち、一体のモンスターが強烈なステータスやスキルを伴って襲い掛かってくるタイプの手合いは、生憎と【蝋王】の得意分野ではない。
【蝋王】はどちらかと言えば圧倒的な物量で押し通すタイプのジョブであり、得意とする戦場は対群戦にある。その戦いを知る同輩からは雑魚処理専門とまで言われるほどには、彼女は対群戦に長けた冒険者だ。
ダンジョンの間引きに置いてその雑魚処理性能がどれほど重要な役割なのかはさておいて。
ともかく、厄介なスキルを使ってくる敵ならともかく、かつて芥が遭遇した成田ダンジョンのユニークモンスターの『唐笠連番長』や、彩雲ダンジョンの暴走現象の際に遭遇した『斉天炎大聖』のようなパワーで押してくるタイプのボスを、未若沙は不得手としているのだ。
ただ、この戦場には未若沙のほかにもSSクラスダンジョンを、それもモンスター系の強力なダンジョンボスを打倒してきたDSFが参戦している。
彼らの存在と得手不得手を考慮した結果、未若沙はいつか降り立つであろう太歳征君の対応をDSFへと丸投げし、自分は暴走現象に巻き込まれた市民の救助活動に勤しむことを選択した。
幸いにも、彼女は雑魚処理のほかにも自立行動できる召喚獣を使役でき、それを被災者に同伴させることで彼らを安全地帯まで送り届けることもできる。
そう言った小回りにも長けた自分が、やはり救助に回った方がいいという判断だ。
その判断が、一人の少年が辿る結末を大きく変えたのは、まさしく偶然の出来事だったのだけれど。
ともかく、そんな判断が未若沙という少女と彼を引き合わせたのは、偶然という言葉では語りつくせないほどの運命が働いていたのかもしれない。
だとすれば、未若沙はその運命に唾を吐いていたことだろうけれど。
「死神!?」
救助活動を続ける中、未若沙はやっと知り合いの姿を見つけることができた。
……たった一人で行動する、非佐木の姿を。
おかしい。暴走現象が発生してから、まだそれほどに時間が経過しているわけではない。なのに、芥たちを放っておいて非佐木が単独行動するとは思えない。
もちろん、芥たちの実力を疑っているわけではないし、非佐木がなずなたちの実力を信頼していることは確かだ。
ただ、非佐木の事情を知る未若沙だからこそ、今ここで非佐木が単独行動をしていることに疑問を持ったのだ。
違和感を持ったのだ。
どうして彼は、芥たちを放っておいて一人で活動しているのだろうか、と。
だからこそ――
「おい、お前そこで何やってるんだ!?」
未若沙は自分が抱いた疑問をそのままに吐露した。
肩越しに振り返る非佐木。そして、見つけたときには気づかなかったものの、彼の傍には子供のような人影が一つ存在した。
ちょうど、その人影は非佐木に甘えているようだった。
「誰だソイツ! ってか、無事でよかったぜ死神! 当たり前なんだろうけどよ!」
浮かび上がる疑問符は連なり、語りたいこと、確かめたいことが列をなして脳裏を通り過ぎていく。
余裕のないこの状況で、彼の言葉を待つ時間すらも惜しい未若沙はとにかく語れるだけ言葉を紡ぎ出し、彼からの言葉を待つ。
いつも通りの、二人の会話だ。
「邪魔――」
ただ、二人だけの会話ではなかった。
人影と思っていた子供のそのつぶやきは空に消え、未若沙の前に巨大なモンスターが一瞬にして現れる。
青天の霹靂。そこには、何もなかったはずなのに、何もいなかったはずなのに、突如として出現したとしか言いようのない方法でモンスターが未若沙へと襲い掛かって来た。
「なっ……ッ〈回路連結〉〈ハイドラ〉ァ!!」
しかし、未若沙はその程度で死ぬほどやわな冒険者ではない。
彼女が咄嗟に発動したのは、〈蝋王〉に由来する召喚スキル。これは魔法使いが魔法を使うようにMPを消費して発動し、使役することのできる召喚獣を作り出すスキルである。
基本的にはマニュアルで操作しなければいけないものの、クラス4ジョブともなればある程度に命令を自動でこなしてくれる万能な相棒となってくれる。
そんなスキルによって現れたのは、真っ白な八つの首を持つ蛇のような怪物であった。首長竜のような長く太い首を丸め、召喚獣〈ハイドラ〉は迫るモンスターの攻撃から未若沙を守った。
「〈ヴォーパルバニー〉」
カウンターに発動されたのは、体と同じ大きさの刃の耳を持ったこれまた白い兎の召喚獣。未若沙の手のひらに収まるサイズのその兎は、僅かに開けられたハイドラの首の守りの隙間から、目にもとまらぬ速さで飛び出し、モンスターの首を切断した。
「ッ……死神ィ!!」
何もない空間から突如としてモンスターが現れた。そのタイミングで、死神の傍に居た子供がこちらに目を向けていたことに、未若沙はしっかりと気づいている。
その二つに因果関係があることも、しっかりと。
故に、子供の正体を確かめようと彼女は非佐木の名を呼んだ――
――ッダァン!!
「なっ……」
しかし、その声に返されたのは返事ではなく銃弾。
「なん、で……だよ……」
「悪いな未若沙」
放たれた弾丸は彼女の肩口を抉った。
おかしい。冒険者の武器は、人間には効かないはずなのに――
「これはどういうことだ死神ィ!! ってかマジで誰だよソイツ!!」
子供の正体。死神の態度。肩を抉った銃弾。そのすべてが未若沙に理解できぬ謎として降りかかり、混乱を助長する。
焼けるような痛みに膝をついてしまう。脂汗がにじみ出るし、呼吸だって荒くなる。
それでも彼女は怒り交じりに非佐木を呼んだ。
しかし――
「こうするしかないんだ」
近づいてきた非佐木が、顔を上げた未若沙の額に銃口を突き付けた。
「……何の冗談だよ、これは」
「さてな。ともかく――」
撃鉄は上がり、非佐木の握るトリガーに力が込められる。
装填されているのは、今しがた自分の肩を穿った銃弾だ。そんなものを、額から受けては――
「後は頼んだ」
その瞬間、引き金は引かれた。
音が――
「さあ、行こうか芥」
「うん!」
世界が――
「俺もお前以外何も必要ない。だから、一緒に暮らそう。ずっと、永遠に、一緒に」
崩れていく――
『「ふ、ふざけてぇんじゃねぇぞ、死神ィ!!」』
その言葉はノイズとなって消えていく。
すべてが、再構築されるその時まで――
◆◇
「……は?」
白色四角の部屋の真ん中で、いくつかの機器に囲まれたベッドの上で未若沙は目を覚ました。
ついさっきの記憶は、愛しの幼馴染に銃口を向けられたもの。
そして、気が付けばここに居た。
意味が分からない。訳が分からない。
わからないことが多すぎる。
それでも、ただ一つだけ。
一つだけ分かることがある。
「止められなかった……か……」
あの瞬間、自分に銃口を向けた非佐木の姿を見て、自分に向けるまなざしを見て、未若沙は理解してしまったのだ。
拒絶の意志を。
行ってしまったのだと。
永遠に会えない場所に行ってしまったのだと。
そう、理解した――
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