第105話 伝説の情報交換


「ああ、もう!」


 失敗したと思った未若沙であったが、全ては時すでに遅し。パニックの渦中となった広場を見て、彼女は大きく舌打ちをした。


 そうしている間にも、タイムリミットは迫る。


「……っと、虚居!」

「愛代か! 無事でよかった!」


 そうしている間にも、異変を察知してか死に戻りした冒険者たちを含めてダンジョンからクリスタル広場に戻って来た人間が増え、その中には虚居の友人四人組の姿もあった。


「なんだよこの騒ぎ!」

「冷静になれ十六夜。こういう時は、冷静になるべきなのだ……怖いよぉおおお!!」

「お前が冷静に慣れよぃ十色」


 秋月十六夜をはじめとして、藍井路十色と湯前之前の三人も欠けることなく揃っていることに、小さくはない安堵の息を非佐木は漏らした。


「何が起きてるのかってのは……まあ、見ての通りだ」

「見ての通りって……まあ確かにパニックは起きてるけどさ。何をしたらこうなるのさ」

「突発性暴走現象が起きるって警告した」

「えぇ……?」


 あっけらかんと非佐木が語ったあんまりにも現実味も突拍子もない事実に愛代は呆れかえる。とはいえ、非佐木がそんな性質の悪い冗談をいう手合いではないことを知っている彼は、その話をすんなりと信じた。


「それで? ここは危険なの?」

「ばっちり危険だ。突発性暴走現象時はダンジョンのシステムが麻痺するから、ダンジョン内でも普通に死ぬ」

「マジで危険じゃん……まあ、なんでそれを知っているのは聞かないでおくよ」

「助かる」


 非佐木の過去に何かがあったのをぼんやりと理解している愛代は、深くは踏み込まずに重要な情報だけ抜き出した。


「しかし、突発性暴走現象なんてそう何度も起きたなんて話は聞いたこと無いけど……もしかして、虚居が関係してたりする?」

「そうでないと願いたいところだが……ともかく、話してる暇はないから俺たちも出るぞ」

「あ、うんわかった」


 そわそわと落ち着きのない非佐木から、やはりタイムリミットはそう多くないのだと愛代を含めた面々は悟る。


 問題は――


「逃げると言っても、あれはどういたしますの?」


 出入り口の人だかりだろう。


 ダンジョンからクリスタル広場に戻ってきた冒険者も、この異様なパニック状態に当てられてか、混乱しながら群衆に押し込まれて出入り口に殺到しているこの現状。あの中に飛び込んでダンジョンから脱出するというのも、やはり状況を混乱させるだけだろう。


「だからと言ってここに長居することはできないわけだろぃ?」

「でもでも、あそこにいる人たち全員冒険者だからさ、私ならともかく秋月君とか藍井路君とか、あとみもりーみたいなステータスが低い後衛はもみくちゃにされちゃうよ」

「だな……」


 ステータスが高ければ押し通ることができるかもしれないが、それができない人間もいることを考えなければならない。


「……とりあえず、脱出ができそうだったら呼んでくれ。私は先にジョブを変えてくる」

「そうだな。流石にこの状況で〈贄士〉にこだわる理由はないか」


 仲間内で集まっていた彼らの中から、未若沙が一人で輪から外れた。どうやら、手加減用のジョブである〈贄士〉から緊急時に備えて本来の仕事用のメインジョブに切り替えてくるらしい。


 そんな未若沙を見送りながら、どうにかしてあの出入り口から脱出できないものかと右往左往していた彼らの前に、救世主は訪れた。


 前に、というか出入り口に、であるが。


『さあさどいたどいた! まったく、日本はどこも混雑してるな!』

『逃げ出すなら列をなして逃げなさいと、日本では教えられるはずなのだけれど……まあ、全員が非常時の対応ができるなら、世話ない話か』

『避難誘導は他の冒険者の人たちに任せたから、私たちは先に進むよ』

『了解したぜティリス!』


 彼らは出入り口の人ごみをパワーに任せて突っ切って来た。しかし、それが幸いしてか、出入り口に殺到する人並みは緩やかになり、逆に全員の脱出がスムーズに行われるようになった。


 はてさて、力任せながらも避難に一役買った彼らは何者なのか――英語で会話する彼らは、他でもないDSF対ダンジョン特殊部隊の面々であった。


「ドッグマスク!」

「ティリス!」


 まったくもって偶然であるものの、お互いにダンジョンに携わる実力者として邂逅した彼らは、一先ず合流した。


「助かった! おそらく、これからこのダンジョンで突発性暴走現象が起きる! 至急、ダンジョン外に避難してくれ――」

「助かりマーシタ! 今、新しいダンジョンが発生したんデース! ドッグマスクがいてくれれば百人力――」


「「――え?」」


 とはいえ、お互いが齎した情報の緊急性は、どちらも一先ずで措いておけるものではなかったけれど。


『おい、ティリス。なんて言ってるんだ?』

『これからこのダンジョンで暴走現象が起きるらしい……「本当なの、ドッグマスク?」』

「経験則上、確定とは言い切れないが、おそらくな」

『さてサリヴァン。あなたは伝説の経験則と、自分の矮小な直感、どっちを信じる?』

『最悪を想定するのが俺たちアメリカの仕事だ』


 暴走現象。その話を聞いたDSFの面々は混乱しつつも、しかしドッグマスクが示す少年Xという肩書の経験則を信じた。


「ダンジョンが発生? こんな非常事態に?」

「そ、それって例の奴だよね……?」

「ああ、あなたは先日の会合を聞いていた……ま、そういうことデースね!」

「ティリスちゃんなんか雰囲気が……それにその人たち誰ぇ……?」

「今はそんなこと気にするな愛代」


 同時に、新たなるダンジョンの発生についての情報について考える非佐木たち。


 波濤のように押し寄せる異常事態の波は、留まるところを知らずに彼らに選択を迫ってくる。


「まず確認だ。ダンジョンが発生をしたのはともかくとして、何故ここにきている?」

「こっちに反応があったからデースね。無論、ダンジョンの中にダンジョンが出来上がるなんて非常識ではありマースが……まあ、元より非常識なことが起こることを前提としてマーシたからね」


 余計な混乱を招かない為か、非佐木との情報のすり合わせにでたのはティリス一人だけ。


 ともかく、そうして得られた情報から、彼女たちDSFが出動した理由が件の謎の予兆を発していたダンジョンにあることを非佐木は理解した。


 ただ、だからと言って今すぐに起きると予想される突発性暴走現象を無視することはできない。


 それに、まだダンジョン内部に人は残っているはず。暴走現象が起きてしまっては、何も知らないダンジョン内で今も探索を続けている彼らは死んでしまう――


 ドンッ!!


 その時だった。


「な、なんだ!?」

「めっちゃ揺れた! みんな、転ばない様に地面に伏せて!」


 急激な縦揺れが彼らを襲った。


 突発性暴走現象の予兆にダンジョンの発生と来て、今度は地震。それも、かなり激しい揺れだった――ここが、ダンジョンという異空間の中にあるクリスタル広場だというのに。


 いったい何が起きているのか。彼らの理解が状況に追い付くよりも先に、畳みかけるように周辺の景色は一変する。


「今度は何が起きた!」

『総員、周囲を警戒しろ!』


 非佐木とピープスの声が響き渡る中、全員が一変した周囲の景色へと意識を移した。


 すると、すぐに気付く。ここが、ダンジョンの外であることに。


「おい、虚居! 僕たちみんな外に飛ばされたぞ! ひ、避難できたってことでいいのかな?」

「いや、楽観的になれるわけないだろこの状況で!」


 混乱する愛代を叱咤する非佐木の言葉も追いつかないほどの速度で、事態は悪化していった。


「おいおいおい……! 全員武器を構えろッ!!」


 クリスタル広場に居たはずの非佐木たちは、いつの間にかダンジョンの外――つまりは、京都市中に移動していた。


 場所は、ダンジョンの入り口周辺。そこには、先ほど我先にとダンジョンから脱出した冒険者たちを含めて、多くの人間が何が起きたのかわからないといった表情で立ち尽くしていた。


 どうやら、京都ダンジョンのクリスタル広場に居た冒険者たちだけではなく、おそらくはこの騒動中もダンジョン内を探索していたであろう人間たちも、ダンジョンの外へと移動してしまったようだ。


 なぜそんなことが起きたのか。


 ダンジョン内の人間が、死に戻りにも似た現象で外へと移動した理由ははっきりとわからない。


 しかし、その理由を悠長に確かめている時間などないと言わんばかりに、それらは非佐木たちから少し離れたところにあるダンジョンの入り口から姿を現した。


『かるま』


「チィ……ギミックが生きてないことを祈るしかない……!!」


 姿を現したモンスターに対して、非佐木が咄嗟に出現させた『シャウトレス』の引き金を引いた。


 その狙いは逸れることなくダンジョンの入り口から姿を現した禊鬼の眉間を貫き、その体を塵へと変える。


 しかし、だ。


「ステータスにデバフはない……が、不味いな」


 ダンジョン周辺の地面が隆起する。それらは爆発するよう砂埃を巻き上げて、地上へと現れる。


「始まったぞ、暴走現象が――」


 難易度SSクラスが誇る凶悪なモンスターたちが、今外界へと解き放たれた。


 

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