第103話 伝説の異変


「……何やってるの?」

「震度計の確認だ。一応、こっちの業務については共有しただろ」

「いや、ピープスって一応リーダーなのになんで下っ端がやるような仕事してるのかなって」

「おいティリス! それはつまり普段からこれ見てる俺が下っ端だって言いたいのかよ!」

「うん」

「うんじゃねぇよぉ!」

「ガハハハハハッ!! やはりサリヴァンは面白いな!」

「どうしてこうも、うちの男連中は騒がしいのかね……」


 非佐木が彩雲プランテーションを引き連れてダンジョンに潜ってる最中、ティリスは同じDSFの仲間であるピープスたちの隠れ家に身を寄せていた。


 彼女としてはドッグマスクの近くで彼の活躍を見ておきたいのだけれど、しかし今日の非佐木は何やら忙しそうな様子。


 話を聞けば、今彼が携わっているプロジェクトの事前演習に行くとのことなので、邪魔するわけにもいかないかと同行は諦めた。


 しかし、そうなるとやることがない。そんなわけで、ドッグマスクと遊ぶ以外には、特に何か深い交友関係を築いているわけではない彼女は暇を持て余したままに、古巣の連中が集まる隠れ家へ来ているのだ。


「そういえば、愛しのドッグマスクと会えた感想を聞いてなかったなティリスゥ……」

「メイヤー、キモイ」


 お調子者のメイヤーが好奇心からティリスにそう訊くが、学校で見せるような快活なイメージのすべてを洗い落としてしまったかのような冷徹な瞳でティリスはその言葉を返した。


「メイヤーが気持ち悪いのは全面的に同意するが、ドッグマスクについては僕も興味がある」

「おいおいリーダー、俺みたいなクールな男を捕まえてそれは冗談きついぜ」


 ただ、ドッグマスクこと少年Xこと虚居非佐木というなんとも二つ名の多い少年に、ピープス、ひいてはDSFに所属するメンバー全員が関心を向けているのもまた事実。


 それもそのはず、彼らDSFは少年Xの代替として作られた部隊である。


 世界で初めてSSクラスダンジョンの攻略報告によって、とある情報を日本が握っているという噂が世界中を飛び回った。


 果たして誰が流したのかもわからない噂であるが、しかし突如として世界中を駆け巡った事実にアメリカは着目した。


 結果、少年Xを手に入れることができなかったアメリカが取った行動が、ダンジョンに特化した特殊作戦部隊の設立であった。


 そうしてできたのがDSFという部隊である以上、その創立のきっかけとなり、そして偉大なる先達として関心を向けるのも当然である。


 メイヤーならともかく、リーダーのピープスにまでそんなことを言われてしまっては口を噤むこともできないティリスは、観念したように口を開く。


「普通の男。憧れるほどの強さを持ったね」

「へぇ、あんたが強いって評価するほどなのね」

「あれ、ヘレナは文京区ダンジョンの戦闘記録は知らないんだっけ?」

「え、そんなのあるの?」

「見て見な、飛ぶぞ」


 それから始まった文京区ダンジョンでの戦闘記録の鑑賞会では、何も知らなかったらしいヘレナとメイヤーの興奮した声が隠れ家に響くこととなった――


「……おい」


 ――なったのだが、しかしその興奮が長く続くことはなかった。


「準備をしろ。出動だ」


 隠れ家の壁に映し出されたスクリーンの後ろから、多くを伝えることなくピープスがそう口にした。


「あいよ」

「了解」

「運命的だね」


 その理由を説明されることなく、彼らはピープスの言葉に従った。


「ダンジョンの発生が確認された。難易度は不明。例の微弱震度に関係している可能性がある。協定通り、我々が先遣隊として突入する」



 ◆◇



 異変は起きた。


 不運と失敗。その二つが運命的な出会いを果たした上に、それは実現したのだ。


 清算の時が訪れたのだ――



 ◆◇



「……おい、何かおかしくないか?」


 そんな言葉を呟いたのは、非佐木の傍で空に浮かぶ凶星を見ていた古畑であった。


 おかしい、というのは些細な気付きだ。


「え、何かおかしいことあったのみほりん」

「いや、普通に考えてだ」


 古畑の些細な疑問の訳を訊ねたのは新波だ。そんな彼女に対して、古畑は自分が抱いた疑問を口にした。


「ダンジョンのモンスターをたくさん倒して、ダンジョンボスに挑むってのがこのダンジョンなんだろ? なら……おかしくないか? あのボスの位置」

「位置?」

「ああ……あの距離じゃ、攻撃が届いちまうだろ」


 そう言われた新波が改めて空に浮かぶ凶星を見上げてみれば、なるほど確かに月と比べれば手が届いてしまいそうな距離に凶星は浮かんでいる。


 ともすれば、銃や弓矢でもあれば攻撃が届いてしまいそうな高さに浮遊しているのだ。


 まあ、ギミック系と呼ばれるダンジョンである以上、あの状態だと攻撃無効という如何にもゲームらしい仕様がありそうだ。


 そんなことを古畑は考えた。


 考えて――


「……ん?」


 気づいた。


「おい、あれ……なんか落っこちてきてない?」

「あ~、ほんとだ~!」


 その凶星が落ちてきていることに。


「って、こんな呑気に眺めてる場面じゃないだろぉ!」


 流石の古畑もこれが異常事態であることはなんとなくわかる。そのため、彼女は非佐木の背中を叩いて緊急事態であることを伝える。


 伝えるが……そこで初めて、空から降り注ぐ異常事態とはまた別の異常に気が付いた。


「おい……どうした虚居!」

「……いや、いや……すまん、古畑。少しだけ混乱してた」

「いや、お前……顔真っ青だぞ! 暗視ゴーグルかけてる私でもわかるぐらい!」


 月明かりもない真っ暗闇だというのに、それだけが輪郭をもってよく見える太歳征君。それらが落ちてくるというのに、空を見ることなく暗闇の中を凝視するばかりの非佐木の頬には、溢れんばかりの脂汗が滲み出していた。


「……影が見えたんだ。白い影が」

「見えたって……目で、か」

「ああ、目でだ」


 非佐木の言葉はおかしい。確かに、非佐木はスキルの効果によって周辺のモンスターを確認しているらしいが、しかし目で見えたとはっきりと言ったことから、それらの拡張された感覚器とは違い、肉眼で捉えたということだろう。


 ならばおかしい。なにしろ、彼らは今明かりを持たずに芥たちの後ろを付けているのだから。


 ただ、それ以上に――


(虚居のこの動揺の仕方。ただ白い影が見えたってだけじゃない気がするが……追求するか?)


 古畑には、非佐木の動揺が白い影が見えたことにあるとは思えなかった。しかし、今は空から凶星が降り注いでいる異常事態。果たして、彼が語らない何かにわざわざ突っかかる必要があるのかどうか――


「みんな! あの上の何! ってか、逃げないと潰されちゃうよ!」

「おい死神! 上からやべぇの降って来てるから逃げるぞ!」

「ここは一つ、誰が一番最初に逃げられるかという勝負をいたしませんこと!」


 そんな思案をしていれば、前を進んでいたはずの三人がこちらに向けて走って来ていた。


 一人おかしなことを言っているけれど、彼女らの言うことにはおおむね同意だ。


「っ……わかった! 古畑と新波は俺が運ぶ! 全員、急いで入り口まで戻れ!」

「入り口まで!? ……わかった! みんな、行くよ!」


 入り口まで逃げろ。そんな非佐木の言葉に疑問を浮かべながらも、彼女たちは従った。


 ダンジョンに侵入してから約二時間。遡るには長い時間と思った一行であったが、その道のりは意外にも短かった。


 やはり、たびたび挟まる戦闘と京の都を取り巻く闇が、ここまでの道筋が長いものであったと錯覚させたのだろう。


 ともかく、迫る凶星が落ちるよりも先に、彼らは始まりの木造建築へと戻り、その戸を開いてクリスタル広場へと戻って来た。


 しかし、だ。


「おい! ここで休むな! 早く逃げろ!」


 非佐木の焦りは、そこで終わらなかった。


「えぇ!? どうしたのさひーくん!」

「おい、どうした死神。お前らしくないぞ」


 非佐木の焦りに改めて事態の異常性を感じる一同。周囲を見て見れば、おそらくは空から落ちて来た太歳征君に只ならぬ状況であると感じ、同様に広場まで戻って来たであろう冒険者も垣間見える。


 そんな彼らが、大声で騒ぎ立てる非佐木を凝視した。


 そのおかげで、彼も頭が冷静になったのだろう。少しばかり取り乱していた自分を改めて、そして――


「……この状況には覚えがある。突発性暴走現象スタンピードの前触れだ。外に逃げるんだ。これが起きたら、ダンジョン内とて安全じゃない」


 静まり返った部屋の中で、全員に聞こえるように彼は仮面を手に取りそう宣言した。


 

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