第102話 伝説の月
夜天に広がる京都の街並み。
月すらも見限った世界の中で、豪奢な鬼が彩雲プランテーションの面々の前に立ちはだかった。
鬼の名は【
京都ダンジョンに散らばる餓鬼のような雑魚たちとは違う、真にSSクラスのモンスターと言える手合いである。
とはいえ、彩雲プランテーションも負けてはいない。SSクラスのモンスターが相手だが、クラス4ジョブに進化した彼女たちが、一方的に敗北することはない――
「体が動かないんだけど!!」
「うっそだろ……!!」
まあ、正常なコンディションであれば、の話であるが。
「廉隅芥! とにかく今は防御を!」
「わ、わかっ――って〈シールド〉!!」
口頭詠唱による強制発動。認識すれば発動できるのがスキルであるが、しかし咄嗟の場面で緊急で発動する際には口頭でのスキル名詠唱によって発動することも可能だ。
他には、意識してスキルを発動することを避けたい場合や、発動に際する思考をする余裕がない時にも利用されるテクニック。
それを使うことで、禊鬼が繰り出した棍棒の一撃をなんとか受けることができた芥である。
とはいえ、その衝撃はまさしくSSランク。普段はBランク、コラボの際はAランクダンジョンでトレーニングをしていた芥であるが、予想外のSTRによって後方へと吹き飛ばされてしまう。
しかし、どちらかと言えばそれは幸運に当たる結果だ。いや、〈豪運〉と言える結果か。
「……やっぱり動けない」
体が動かない。
明らかな異常事態に驚きながらも、持ち前の冷静さを発揮する芥は取り乱すことなく状況を冷静に分析した。
(絶対にギミックに引っかかった影響……何の罠を踏んだ? 拘束系の魔法……にしても、効果時間が長すぎるし、絶対にモンスター由来じゃない)
ここまで散々に何らかのギミックがあることを示唆されてきた手前、これがモンスター由来の魔法や状態異常ではなく、ダンジョンそのものに付随するギミックであることは明白だ。
しかし、そのトリックがさっぱりわからない。
今の今まで遭遇してきた餓鬼たちは、なずなの〈雷光〉から芥の一撃で簡単に葬って来た。それゆえに、今の敵と今までの敵との状況の違いがはっきりとしない。
いったい何のギミックがどう作用して芥の行動を阻害しているのか――
「チッ……緊急事態だ、右腕ぐらいはくれてやる!」
突然の芥の行動不能であるが、だからと言って陣形が崩れたままに全滅するほど、彩雲プランテーションというチームは甘くない。
特に、今まで踏んできた場数でいえば未若沙は圧倒的だ。なにせ、彼女は非佐木に次いで若くして高難易度ダンジョンの攻略や調査を請け負っている、現役のプロの冒険者である。
非常事態はお手の物。前衛を担う芥が崩れた今、すべきことを的確に判断した彼女は、右手を贄魔法の供物として消費することで代替となる前衛を召喚した。
「〈贄魔法〉――おいでませい〈
召喚されたのは、城壁のような漆喰の壁を持った鬼。奇しくも鬼対鬼の構図になりながらも、召喚された大盾童子は未若沙を守るために鬼との間に立った。
「廻れ、廻れ、廻れ――」
禊鬼の攻撃を未若沙が召喚した大盾童子が請け負ったのを見るや否や、阿吽の呼吸で詠唱を開始したのはなずなだ。
スキルの内、魔法系統のスキルは詠唱を挟む都合上、やはり口頭でのスキル名の発動が好ましい。
『っ!!』
流石はSSクラスのモンスターか。禊鬼は大盾童子に引きつけられつつも、魔法の詠唱を開始したなずなにも警戒をしていた。
警戒すべきはどちらか。狙うべきはどちらか。
その判断は的確であり、棍棒の一撃が動きながらも詠唱を紡ぐなずなの脳天を正確に狙う。
「させねぇよぉ!」
『がっ!?』
しかし、それを防いだのはやはり彩雲プランテーションの誇れる後衛魔法使いの未若沙である。
ゲラゲラと笑いだしそうなほどに深い笑みを浮かべた彼女は、得意げに手に持った藁人形と、その胸に深く刺さった五寸釘を見せた。
それは、〈贄士〉に由来する〈制作:藁人形〉からなる呪いだ。その効果は藁人形との状態同期。
つまり、未若沙が持っている藁人形に五寸釘が刺さっている状態が禊鬼の体にも影響を与え、今の禊鬼は体に巨大な針が刺さっているように身動きが取れないのだ。
とはいえ、その効果が続くのは僅か数秒。やはり、SSクラスという格上相手にクラス3ジョブが与えられる影響はせいぜいその程度であるということだ。しかし、そのサポートが生み出した数秒の余白が、なずなの魔法の完成を祝福した。
「廻れ――〈
右手に握る細剣に雷が迸る。
これが、なずなが新たに手にした力。いつの間にか獲得していた細剣士系統風魔剣士特殊派生クラス4ジョブ〈雷鳴公〉の力である。
魔剣士系統の前衛剣士と後衛魔法使いの混成である、魔法を使いながら剣を使い前に立つジョブから、細剣士としての特性をもって派生したAGI、POW特化派生ジョブであり、風魔法から派生した雷魔法に特化した魔法と、従来の細剣士と特性を併せ持った器用なジョブである。
その最大の特徴は、自己バフによる強化を重ねた弱点特攻攻撃。元々細剣士といジョブは、相手の弱点に対して攻撃する際にダメージが上昇する特性があり、それを雷魔法に由来する自己強化によって更に上昇させるというのが、〈雷鳴公〉の力である。
無論、それに伴ってジョブスキルやステータスが個々で発揮する出力が下がっているのが玉に瑕であるが、そんなもの気にならない。
「〈雷光〉」
雷鳴轟く。
〈雷鳴公〉によるバフを最大まで重ね掛けした状態である〈
着弾点は焼かれ、激しい雷撃が禊鬼の体を貫いた。
そして、続けざまに放たれる細剣士に由来する弱点特攻スキル〈ピンポイントアタック〉が、動きを止めた禊鬼の脳天へと襲い掛かる。
激しい雷によって麻痺した禊鬼は、その攻撃を受けることしかできない。
「とどめ! ですわ!」
しかし、それは受けてはいけない致死の一撃。その攻撃は、脳天を貫いた勢いのままに禊鬼の頭を吹き飛ばした。
「危機一髪、ですわ」
「っとにな。あーあ、右腕無くなっちまったぜ」
「左腕もなくした方がバランスが取れてちょうどいいと思いますわよ」
「ハッ! お前の右腕切り取って付けてやるよ!」
敵の沈黙、そして死んだことを示すドロップアイテム化によって戦闘の終了を悟った二人は、相も変わらず喧嘩腰な会話を繰り広げていた。
とはいえ、それも長くは続かない。
「っと、あくたん、大丈夫か!」
「廉隅芥。調子はいかがでしょうか?」
喧嘩するよりも、芥の安否を確かめることが先決だからだ。
「心配してくれてありがとね。でも、もう問題無さそう」
身動きが取れないままに禊鬼に後方へと吹き飛ばされた芥であったが、戦闘終了と同時にその枷からは解放されていた。
今となっては立ち上がろうがどうしようが、何かが自分の体を縛り付ける感覚はない。
「……明らかにギミック、だよな」
「逆にこれがギミックじゃない可能性を探る方が難しいね」
「ふむ……なるほど。つまり、倒した敵に由来するデバフがかかるのが、このダンジョンのギミックというわけですか……めんどうくさいですわね」
「「……え?」」
これから今起きた事実を元にしたギミックの考察が始まるかと思いきや、なんとなずながギミックの種を考察するまでもなく口にしたのだった。
「いや、お前……」
「不思議な顔をしてどうしましたの? こんなもの、ステータスを見れば自明の理ではありませんか」
「……その発想はなかったなー……」
ダンジョン内ならば自由に確認することができる自分のステータス。本来であれば、レベルアップの内容を確認したりすることを目的として使われるそれは、現在自分自身に影響しているバフデバフについても記載がされている。
そして、禊鬼にとどめを刺したなずなのステータスにはこう記載されていた。
『状態異常:穢れ』
「……うっわこれまためんどくせぇのが……ってそうじゃねぇ」
同状態異常が蓄積するほどにステータスに対してマイナス効果を付与する『穢れ』の表記を見た未若沙が思わずそう口走るが、それよりもと改める。
「そういえば、エフェクトも出ずにただ体が動かなくなるって状態異常なら心当たりがあるな。確か、鳥取砂丘にあったダンジョンの奴だった気がするが……ああ、そうだ。『空腹』だ」
「なにそれみほりー」
「おなかが空いて力が出ないってやつだ。空腹度合いによって動けなくなる……なるほど。確かに、餓鬼を倒して呪われたとなればしっくりくるぜ――」
◆◇
「――つまり、倒せば倒すほどに不利を背負い込むと?」
「そういうことだ新畑。千年の歴史を持つ古都京都。その仄暗い歴史を準えたのが、このダンジョンってわけだ」
なずなによって京都ダンジョンのメインギミックの種が明かされたのと同時に、見学組の間でも答え合わせが行われていた。
「そのせいか、ダンジョンに本来備わっている階層テレポートはなし。戦えば戦うほどに呪いを背負っていき、死以外の方法で赤く染めた手を洗い流すことはできない……さて、あと何回会敵したらあいつらはやられるかな」
まったくもって性格の悪い思考回路をしている非佐木であるが、彼の言う通り、このダンジョンの鬼畜度合いは実際に味わってみなければわからない。
ステータスにかかるマイナス補正のほかに、常時継続ダメージや条件付きの禁止行動の発生、周辺環境の変化に会敵率の増加など、呪いの種類は多岐にわたる。
次第に増えていく足枷を数えながら、それでもまだ足りないと地獄の鬼たちが襲い掛かってくる。
「戦い続ける限り、殺した業が迫ってくる。しかし、進むためには戦わなければならない。まさに無限に続く煉獄ってところだ」
「仏教なのかカトリックなのかどっちかにしてくれよ……」
「ま、人間由来の知識を継ぎ足した結果だ。気にするだけ無駄だよ」
呆れた声でそんなことを言う新畑と非佐木は正反対に、静かに、しかし不思議そうな顔をして芥たちを見つめるのは古波である。
そんな彼女は、その不思議の答えを見つけるために、非佐木へと訊ねた。
「でもさ~、それだったら別に倒さずに前に前に進んじゃえば、ボスを倒せるじゃん。それなのに、なんで攻略者が今までいなかったの~?」
もっともな疑問である。
ダンジョンは、基本的に階層やエリアで分けられた先を目指して進み、最奥で待ち構えるボスを討伐することでクリアとなる。
ならば、敵を倒すことなく先に進めば、簡単にボスを倒すことができるのではないか。
抱いて当然の疑問に対して、非佐木は語る。
「ああ、それは――」
ただ、それよりも先に彼は空を見た。
「っと、ちょうどいいな。このダンジョンは特殊では。階層がなく、ダンジョン内を常にボスが徘徊している」
空を見上げた非佐木につられた二人も空へと目を向けてみれば、そこには月とは全く別の、明らかに異質な球体が浮かんでいた。
「ボスっていうか、ボスと推定される怪物ってところだな。その名を『太歳征君』。ボスかどうかも全く不明だが、陰陽道と言えばって名前だろう?」
空を征く
「このダンジョンは四角形に切り出された箱庭の中にある。そしておそらく、箱庭の中であの凶星に匹敵する業を背負う。それが、SSクラスダンジョンに君臨する王との謁見が許される条件だ」
ダンジョンとして語られるルールを根本から否定するダンジョン。
それこそが、超ギミック系と呼ばれる難易度SSクラスダンジョンの真髄である――
「――ん?」
「どうした、虚居」
「いや、今なんか……」
ふと、空を見上げていた非佐木の視界に何かが映った。
白い影が。
「見つけた……?」
白い影が、何かを言ったような気がした――
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