第101話 伝説の夜


 夜天の元、暗闇としか言いようがない世界の奥底から一体のモンスターが現れた。


 ゆるやかに揺れる影を視界にとらえた瞬間に声を上げたのは芥。


「会敵!」


 彩雲プランテーション三人の陣形は、前から芥、なずな、未若沙の順で並んでいる。そのため、最もモンスターと遭遇しやすい芥が、前方からこちらへと向かってきているモンスターの存在を感知した。


「SSクラスと聞いて、どんな化生が出てくるかと思いましたけれど、存外にも普通な怪物が普通に現れましたわね」

「普通な怪物ってなんだよまな板。つっても、ステータスは普通じゃねぇから普通に気を付けろよ芥!」

「了解!」


 もちろん、会敵と同時にいの一番に接敵するのは芥の役目。鈍足な槌士系統ジョブであるが、VIT耐久ステータスが高く、また相手の攻撃を一度だけ無効化することができる〈シールド〉のスキルを所有しているため、総じて高い耐久力を発揮する芥は、彩雲プランテーションの前衛としてふさわしい。


 更に付け加えるとすれば、一か月前に実施されたコラボという名のジョブクラスアップブートキャンプによって、芥も次なるジョブへとステップアップしていた。


 その名も〈破城王〉


 槌士系統重槌士特殊派生クラス4ジョブに当たるそれは、当初一人で出来ることを増やすために選択した〈術槌士〉とは異なる系統に属するジョブだ。


 これは、偏に彩雲プランテーションという仲間がいるからの選択。


 素早い移動と小回りの利いた固有スキルを持つなずな。そして、代償ありきではあるが強力な魔法を使え、サポートとしても高いポテンシャルを秘めた未若沙がいるからこそ、前衛としての道を彼女は選んだのである。


 結果として、〈破城王〉は芥の戦闘スタイルにも、そして彩雲プランテーションというパーティーにも、必要なピースを埋めるように良くなじんだ。


 まず、AGI速度に対する無視できないほどのマイナス補正が芥の持つ〈傘連万乗〉という特定の効果対象の影響力を二倍にする固有スキルによって帳消しとはいかないものの、マイナス要素が限りなく緩和されている。


 その上で、STRに高い補正がかかる槌士系統の中にあって、更なるSTRを求めた〈重槌士〉、そこからより攻撃力に振り切った〈破城槌士〉から派生した〈破城王〉が誇るSTRに対する補正は脅威の『S+』。


 数値に書き直して2000に近づくように伸びあがっていくSTRは、彼女が冒険者としてのスタートラインに立った半年前と比べて60倍近い成長を見せている。


 そして、なによりも〈破城王〉に至ったことで新たに獲得した〈シールドスタック〉というスキルが凶悪であった。なんと、相手の攻撃を無効化するシールドを三個までスタックすることができるのだ。


 これにより、再使用に10分の時間を必要としていたシールドを連続発動できるようになったため、より芥の耐久能力は上昇している。


 無論、デメリットとしてシールドを一枚スタックするのに15分――つまり、シールドを再使用できる感覚が1.5倍になってしまったのだが、些細な問題か。


 そんな芥が、見えた影に接近する。


 前衛として、威力偵察として。慎重に武器が照らす道を進めば、その怪物は姿を現した。


「……鬼?」


 鬼、というにはしかし芥が思い浮かべるそれとは少々形が異なっている。その体は酷くやせ細っており、枯れ木のような腕と足が特徴的だ。しかし、そんな手足とは不釣り合いなほどに醜く膨れ上がった腹を持つそれは、鬼は鬼であれど、日本の文献に伝わる餓鬼に近い姿をしていた。


「牽制いたしますわ!」


 芥が接近し、敵の姿を明らかにした。


 接敵は芥の仕事である。しかし、先制攻撃はなずなの仕事だ。


 彼女が保有する固有スキル〈雷光〉が迸る――


 遺物に由来する固有スキルの傾向として、ユニークモンスター産のスキルは強力である物の尖った性能をしている傾向にある。対して、ダンジョンに生成される遺物由来のそれは、総じて効果は薄弱ながらも扱いやすいものが多いとされ、なずなが振るう〈雷光〉は後者にあたる固有スキルだ。


 その効果は、剣先から電撃を発生させるだけ。


 しかし、これが意外にも強力なのだ。


 というのも、電撃は風属性に由来する魔法で行使することができ、それゆえか〈雷光〉は風属性に連なる電撃を強化するスキルの恩恵を享受することが可能。


 つまるところ、ジョブの欠点を固有スキルで補っている芥とは正反対に、固有スキルの出力不足をジョブによって補っているのがなずなという冒険者である。


 無論、なずなという冒険者の強みがそれだけかと言われれば否であるが、しかしそのすべてを語る前に勝敗は決してしまう。


「とぉ!」


 電撃を浴びた生物は否応なく隙を生む。それはダンジョンのモンスターも例にもれず(もちろん例外も多いが)、餓鬼は動きを止め、その隙をついた芥の槌の一撃によってあっさりと倒されてしまう。


「ありゃ、あっさり倒しちゃったよ」

「拍子抜けですわね」


 難易度SSクラスという冠に緊張感を高めていた二人であったが、しかし思いもよらぬ圧勝に拍子抜けしてしまう。


 ただ、経験でいえば二人よりも圧倒的なたくわえがある未若沙が、気を抜いた二人に――厳密には芥に警鐘を鳴らす。


「芥。ここはギミック系のダンジョン。SSクラスと言えど、流石にモンスター系のダンジョンと比べてモンスターが弱いのは当然だ。それに、ここはダンジョンの浅層。ダンジョンの中でも殊更弱いモンスターが集まる場所だぞ」

「確かに、成田ダンジョンも厄介ではあったけど強いかって言われたら違ったしなー」


 環境型のギミックが配置されているギミック系ダンジョンでは、その環境を利用したモンスターが多数登場する傾向にある。


 豪雨の中のダンジョンなら雨音に紛れて近づく、海を舞台としたダンジョンなら海中から攻撃を仕掛ける、マグマ流れるダンジョンならマグマを攻撃手段として使ってくる、などだ。


 となれば、暗闇という環境が展開されている京都ダンジョンでは、闇討ちを得意とするモンスターが配置されているはず――


「……おかしいな」


 しかし、先ほどの餓鬼は違った。


 此方に襲い掛かってくる様子はあったけれど、しかし暗闇に乗じて攻撃してくるような気配なく、やはりギミック系のダンジョンにしては狡猾さに欠けるモンスターであった。


 とはいえ、ギミックによってはモンスターとギミックが連動していないギミックダンジョンがないわけでもないし、全てのモンスターがギミックに合わせてデザインされているとも限らない。


 だからこそ、どこかおかしな気配を感じながらも、答えが判然としないままに彼女たちのSSクラスダンジョンの初戦はもやもやとした終わりを迎えたのだった――



 ◆◇



 それから、しばらくダンジョンを進む彩雲プランテーション一行。


 武器を提灯にして先に進む彼女たちは、行く手に現れるモンスターたちをばっさばっさとなぎ倒して進んでいる。


 対した戦闘時間もかからずに進んでいるため、ダンジョンを進んでから二時間も経たないうちに50体ほどのモンスターと遭遇し、その上で勝利を収めている。


「うーん、ギミック系にしては弱すぎるぜ」


 やはり、どのモンスターも手応えが感じられず、未若沙が思わずそんなことを呟いてしまう。

 

「そういえば、みもりーっていろんなダンジョンに行ってるんだよね?」

「みもりー……?」

「未若沙ちゃんのあだ名だよなずなちゃん。あ、どうせならなずなちゃんもなずちんとかそういう感じで呼ぶ?」

「ええと、あだ名に関してはまあ好きに呼んでくれて構わないのですけれど……あの蛮族をそのような名前で呼ぶのは憚られますわね」

「あーしもわざわざ高飛車脳筋に呼ばれたくないね」

「はい?」

「やるか?」

「はいそこー! 喧嘩しない!」


 相も変わらず仲のいい二人に呆れながらも、しかし警戒は怠らない芥。とはいえ、ここまで圧勝続きであり、怪我らしい怪我も負っていないこともありその警戒にもほころびが生まれている。


 そんな自分をしっかりと把握しているのか、改めて気を引き締めるためにも、芥は未若沙へと助言を仰いだ。


「それで、話し戻すけどみもりー」

「そうはいっても、Aクラス以上の高難易度のギミック系って、ひねくれてるのが多くてな。あーしはどっちかって言うとモンスター系向きで、言うほど経験が深いわけじゃない」

「でもでも、私もなずちんも経験豊富かって言うと違うしなー」

「まあ確かに、私もBランク以上のギミック系には入ったことはありませんわね」


 ギミック系ともなれば、何らかの仕掛けが――それこそ、今までに如何なる冒険者も寄せ付けないギミックがあってしかるべき。しかし、未若沙も含めて京都ダンジョンの事前調査を非佐木に禁止されていた経緯もあり、そのギミックについて検討もつかない。


 非佐木曰く、『経験してみないと厄介さがわからないから』とのこと。


 実際、真っ暗闇のダンジョンを前にした未若沙は、なるほど確かにこれは経験してみなければわからないと非佐木の言葉に納得を示したものだ。


 しかし、ただ暗いだけでは、非佐木が語ったようなギミックに偏重しきった、未だ攻略者が現れないダンジョンとしては拍子抜けが過ぎる。


 ただ――


「原則として、高難易度のダンジョンは大筋のギミックに合わせて複数のギミックが搭載されているパターンが多い。それらのギミックが複雑に絡み合うほどに、戦闘力ではなく対応力が求められることになる」


 例を挙げるとすれば、青森にあるギミック系Sクラスダンジョン『青森災祭大空洞』などでは、巨大なモンスターに見立てた山車を引いてダンジョンを進まなければならず、山車から離れると継続ダメージを受けてしまうというもの。


 更には、その山車を破壊しようと多くのモンスターが襲ってくる他、水辺や渓谷など山車を引くにあたって不都合な地形がギミックとして冒険者たちに襲い掛かってくるのだそうだ。


 そういった前例を鑑みれば、おそらくはこの闇をさらに凶悪にするギミックが、このダンジョンには待ち構えているはず――



 ◆◇



「――なーんてこと思ってそうだな、あいつら」

「違うの、虚居君~?」


 少し離れた場所で三人の様子を見ていた非佐木は、静かに語った。


「ああ、違う。明確に言うなれば、闇のギミックはおまけの方だ」

「なるほど。つまり、闇以外に明確なギミックがあると」

「二人は何だと思う?」


 闇のギミックはおまけ。いうなれば、山車を引かなければならないダンジョンにおける、地形という難易度増加のギミックのようなもの。


 メインとなるギミックが他に存在するということである。


「ダンジョンのギミックって、意外とその土地に合ってるのが選択されてるよな」

「全部が全部そうじゃないけどな。成田とか完全にとばっちりだぞあれ」

「彩雲ダンジョンも土地柄って言うよりも名前由来だからね~」

「とはいえ、否定してないってーことは、ここのギミックは京都由来のものって考えてよさそうだな」

「さて、どうでしょう」


 何十体と作業的に敵を殺していくだけの光景に飽きが来ない様に、クイズの様にヒントを交えつつギミックの秘密を見学二人に考えさせる非佐木。


 京都に由来するギミックが搭載されているという新畑の鋭い勘に驚きながら、二人の考察を聞いた。


「京都っていうと~……お殿様?」

「わざわざダンジョンの名前に御殿って入ってるから、殿ってよりも平安貴族って感じっぽいぞ」

「清少納言とか紫式部とかそういうの?」

「そうそう。それに、暗視ゴーグルってズルしてるからわかるけど、景色を見る感じかなり平安チックだぜ」

「うーん……私、平安時代と江戸時代の街並みの違いとか全然分からないんだよな~……」

「まあ、わからなくても社会じゃ問題ない範囲だしな」

「平安、へいあ~ん……あ、わかった~! 安倍晴明だ!」

「確かに平安時代の陰陽師だが、安倍晴明がギミックってどういうことだよ……」


 中らずといえども遠からず。しかし、考察を進めていくうちに答えからどんどん遠ざかっていく二人の会話を聞いて楽しんでいた非佐木であるが、遂に芥たちへとギミックが襲い掛かったのを見て、答え合わせをすることにした。


「惜しいな。ある意味じゃ、陰陽師も正解かもしれない」

「正解なのかよ!?」

「いや、惜しいだけだ新畑」

「なんだ~……じゃあ正解ってなんなのさ~」

「そうだな……二人は、京都って都が積み重ねて来たものが何かわかるか?」

「「積み重ねて来たもの?」」

「ああ。そうだ。京都という最古の都。そこが積み重ねて来た最大の歴史。このダンジョンのギミックは、それに由来する――」


 答え合わせと言いながらも、非佐木はもったいぶる様に語った。


「さて、様々な人が集まった場所で往々にして起こることと言えばなんでしょうか?」


 答え合わせは、芥たちの激闘の後である。



 ◆◇



「敵影!」


 鋭く叫ぶ芥の声が響けば、前方には新たなる影が揺らめく。淡い光に照らされたそれは、暗闇の中では明瞭に姿を見ることがままならない。


 しかし、そのシルエットが、新たに現れた敵が今までの餓鬼とは違うことを示していた。


 何しろ、背筋がひん曲がっているおかげか随分と小さく見える餓鬼とは正反対に、見上げるほどの巨躯が彼女たちの前に立ちはだかったのだから。


「新手ですわ」

「みんな、慎重に!」


 新手の登場に芥の号令で気を引き締める二人。

 そんな中、ぼんやりと姿を現したシルエットが光を放ち始めた。


『かうむでぃー』


 光に合わせて聞こえてくる言葉に、より一層三人は警戒を強める。


『むち しゃーんてぃ だー 』


 明瞭でいて不明瞭。不明確にして明確。


 その語り口ははっきりとしているのに、しかし日本語を学び始めたばかりの外国人が語る日本語のように覚束ない。


 意味を成しているはずなのに、文章として語られていないような、そんな違和感。


 それが音として、三人の耳に届けられる。


『かるま』


 瞬間、それは姿を現した。


 その姿は、端的に表せば巨躯を誇る鬼。異様に発達した二つの腕を持ち、見てわかる怪力が誇らしげに胸をはっている。


『いは ぱーぱ はん!!』


 そして、片手に持った巨大な棍棒をもって襲い掛かって来た。


「来たよ――って、あれ!?」


 そして同時に、ソレは芥の身へと振りかかった。


「どうしたあくたん!」

「か、体が、動かない……!!」


 夜の天蓋の下で、その恐怖は密やかに始まっていた。


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