第100話 伝説の常闇


「と、言うわけ難易度SSクラス体験会の始まりだ」

「「「「はーい!」」」」


 さて、修学旅行三日目。


 本日俺たちは午前中から修学旅行中唯一の一日まるっきり自由時間を行使し、SSクラスダンジョンに来ていた。


 無論、これは二月に予定している(先輩たちの受験次第だが)ダンジョン攻略配信の事前準備であり、本番でスムーズに攻略するために経験が浅い彩雲プランテーションメンバー諸君のために用意した実地トレーニングと言ったところだ。


 そんなわけで、日本に二つしかない難易度SSクラスダンジョン『夜天京都万魔御殿』に訪れたわけだが――


「まさか、お前らも来るとはな」


 畳の床に木の梁が備え付けられた、どこかのお屋敷のようなクリスタル広場にて、まさかのメンバーを見て俺はそう言った。


「ふふん、冒険者となれば一度は挑戦したいSSクラスダンジョン、僕らが食いつかないわけがないだろう?」

「お前はともかく、まさかそっちの二人まで付いてくるとは思って無くて」

「ちょり~っす」

「お邪魔してるぜ虚居さんよ」


 なんと、元々は彩雲プランテーションのメンバーだけで訪れる予定が、愛代をはじめとした彩雲高校ダンジョン攻略同好会の四人と、芥の友人である古波と新畑の二人まで付いてきたのだ。


「ま、別に俺たちみてぇな奴らは少なくないみてぇだぜぇ」

「確かにな」


 ダンジョン攻略同好会の一人であり、俺の友人である湯前がそう言って周囲を見て見れば、確かにクリスタル広場は超々高難易度ダンジョンらしからぬ賑わいを見せている。


「クリアもできないくせにね」

「そう言うな十六夜。そもそも、誰もクリアできないからこそ、このダンジョンはこうして賑わっているんだぞ」

「自分たちの腕がどこまで通じるかってのは、誰しもが気にするところだからね」


 彼らが言うように、やはり難易度が行き過ぎれば人気は逆転するらしく、ここに集まる人間のほぼ大半が力試しや怖いもの見たさの物見遊山と言った様子。


 俺たちのような学生が多いのも、修学旅行で他県から来た人間が、観光として訪れていることを物語っている。


「まあ、俺としてはその方が助かるけどな」

「なんでひーくん?」

「そのダンジョンの難しさを知っていれば知っているほどに、それを攻略した人間に対して関心が向く。どうやって攻略したのか、自分たちの時とはどう違うのか。それが高難易度であればあるほど、人気であればあるほど、そのまま視聴者に繋がるんだ」

「なるほど~!」


 いうなれば、この広場の人気の多さが、俺たちが為そうとしている計画で得られる収益の確証になってくれているわけだ。


「とりあえず虚居。僕たちは勝手に動くとするよ」

「了解した。……んで、そっちはどうする?」

「見学ってことでいいか?」

「あくたんたちが頑張ってるところ近くで見たいのであった~」

「了解」


 そうして、愛代たち同好会組は別行動。古波と新畑は、俺と一緒に見学という運びになった。


「そういえば、ほしちーとみほりんって冒険者やってたの?」

「中学生の時に少しだけな。一応クラス2のレベル上げまではしてる」

「興味本位で入ったことあるけど~、怖くってやめちゃったんだよね~」


 新畑はそこそこ、古波はモンスターに襲われるのが怖くてすぐにリタイアしたと……。じゃあ、そこそこ気を張ってた方がよさそうだな。


「とりあえず、話しは入ってからだな。モンスター型じゃないから、入ってすぐに襲われるってわけじゃないから、このダンジョンのギミックについては歩きながら話そう」

「了解~」


 そんなわけで、余りにも広い畳張りの一層から木造りの階段を降りて、俺たちはダンジョンの中へと入場するのだった――



 ◆◇



 『夜天京都万魔御殿』


 その入り口となる第一層から下に降れば、明らかに見た目と中身の大きさが釣り合っていない二階建ての木造建築の出口に繋がった。


 そこから、スライド式のドアを開ければ、すぐそこは未だ攻略者のいない最高難易度ダンジョンである。


「……夜?」

「話には聞いてたが、不気味な世界だな」


 ダンジョンに降り立った俺たちを真っ先に歓迎したのは、暗雲立ち込める夜の世界。


 月明かりはなく、数メートル先にある柳が揺れる様子も少ししか見て取れないような真っ暗闇である。


 そんな暗闇の中を、ぽつぽつとした明かりが動いている――


「なんだあれ」

「他の冒険者だ。このダンジョンでは武器召喚で召喚した武器が発光し、地面を照らしてくれるから、それを頼りに前に進む構造になっている」

「なるほど、確かに淡く光っていますわ」


 キョロキョロと周りの観察に徹していた獅子雲であったが、話は聞いていたのか、光り輝く――とまではいかないモノの、数メートル先の地面までは照らしてくれる程度の、提灯のような光を放つ自分の細剣を見てそう言った。


 そして、そんな光を放つ武器を携えた冒険者たちが、遠く見える夜の世界で静かに彷徨っている。


 まるで、夜に輝く星々の様に、闇の中で光っている。


 その中の一つが、突如として光を失った。


「死んだか」

「死んだね」

「死にましたね」


 三人居ようとも変わらなかった意見の一致は、明白に消えた光がモンスターによって殺されたことを告げていた。


 そうしているうちにも、また別の光が消えていく。静かに、気配なく、唐突に。


 それなりの経験を積んできた三人には、それだけでこのダンジョンが真にギミック系ダンジョンに類する悪辣さを備えていることに気づいた。


「ここは入り口の近くだから多いが、奥に進むにつれて光は少なくなってくだろうな。ちなみに、ギミックとはいえ暗視ゴーグルは有効なので、見学二人はこの暗視ゴーグルを授けよう」

「わ~ありがと~!」

「暗視ゴーグル……? にしては、随分とコンパクトな気がするが……」

「うちのスポンサーが開発してるダンジョン用軽量暗視ゴーグルの試作品だよ。まだ世に出回ってないからありがたくつけて実験台となってくれ」

「なっ……そんな激レア品が、今私の手の中に……?」

「あ、ひーくん。一応言っておくとみほりん機械オタクだから」

「まあなんとなく察したよ」


 少し大きめのサングラス程度の暗視ゴーグルを見てわなわなと震える新畑は措いておくとして、実験程度に俺もカメラを起動する。


 光を使わない暗視モードでの撮影も問題ないことを確認して、と。


「陣形はメンバー三人が前、俺が最後尾、見学二人が真ん中だ。見学は俺が守るから、お前らは存分にこのダンジョンを楽しめ」


 そうして、俺たちのダンジョン観光は始まった。


 さて、陣形では芥たちが前を進むという話ではあるが、十メートルは距離を開けて移動している。


「通信機確認」

『こちら異常なーし』

『問題ないぜ』

『問題ありませんわ』


 そして、会話はインカムを通して行われる。できる限り、本番に近い状況を再現しての観光だ……っと。


「あれ~? 今、虚居君何かした~?」

「こっち狙ってる敵がいたから

「あれ、でも虚居って明かりになるもんもってなくないか?」

「銃士系統は索敵スキルが豊富でね。もちろん、暗闇の中の敵を見破るスキルだって備えているわけだ」


 余談でしかないが、観戦組二人に暗視ゴーグルを渡したのは、今の様にモンスターの注意を引かないためだ。


 やはり、暗闇のダンジョンということもあってか明かりを手にしている方が圧倒的にモンスターとの遭遇率が多くなる。


 一応、武器の光源化は任意でオンオフ可能であるが、オフにした場合、狙われづらくなるというメリットの代わりに、真っ暗闇の中に囚われるというデメリットを受け入れなければならないので、暗闇の中を視ることができる弓士系統や銃士系統の索敵に長けたジョブでなければおすすめはしない。


「……っと、ようやくか」


 入り口から離れること十分。ようやく、彩雲プランテーションの三人の前にモンスターが姿を現した。


「さて、三人がどこまで通じるか見物といこうか」

「すげぇ、これモンスターのピックアップ表示までできるのか……どこまで最先端なんだよダンジョンサポートアイテム!?」

「あはは~……みほりんちょっと静かにできるかな~?」


 最先端科学に夢中な新畑をやんわりと古波が窘めてはいるが、確かに大声を出してるとモンスターの注意を引きかねない。


 ここはやはり『弧狗狸子』で聴覚的にもカバーすべきか……? 

 いや、まあ――


「三人の様子を見守った後でゆっくりと考えようか」


 果たしてあの三人は、このダンジョンの悪辣なギミックを前にしてどんな反応をするだろうか。


 前に来た時に何度もしてやられた俺からしたら、楽しみで仕方がない。そんなことだから、いろんなことを後回しにして見物に回ってしまっても許されるはずだ……!


『会敵! 行くよ、みんな!』

『私が前に立ちますわ! 役立たずの陰鬱魔法使いは下がっていてくれてよくてよ!』

『ハァ! 胸も装甲もペラペラな脳筋は突っ込んで死ね! 糧としてありがたく贄にしてやるからよ!』


 ……口の悪さについては、あとで教育しておく必要がありそうだ。



 

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