第97話 伝説の終末論


「さて、単刀直入に話そうか」


 京都のとある定食屋。その個室にて、それぞれ質の違う、しかして日常では決して味わうことのない威圧感を放つ男女に囲まれながら、俺はここに誘われた理由について訊いた。


「お前らの計画に協力しろって話だが、その計画ってのは何だ?」


 修学旅行二日目の午前中。つまり今日。ティリスから接触があったのは映画村を観光中のことだ。薄暗く人気のない路地裏を見つけた彼女は、徐に俺を連れ出して秘密の会話をし始めたのだ。


 最初は取り留めもないことを――それこそ、以前にやった文京区ダンジョンでの対人戦のことや、あれから何度か遭遇した時のことなんかを話していたが、それらすべての茶番を終えたティリスは、最後の最後で本題を突き出してきた。


『ドッグマスク。私たちの計画に協力して』

『……条件は?』

『モテる男ならこういう時は二つ返事で了承するものだと思ってるんだけど? これだから奥手な日本人は……』

『性格が顔に滲み出てるぞ、ティリス』

『そう? でもそんなことどうでもいいと思う。だって、私たちはお互いに、自分たちの計画のためならなんだって使う人間でしょ? だから契約を交わしましょう。私たちに協力してもらう代わりに、私たちが協力するという契約を。私たちは全然乗り気だよ。だって、あのドックマスクの下で働けるんだから』

『わかったよ。俺も構わない』


 いつもとは全く違う口調のティリス。未若沙がそうであったように、わかりやすく化けの皮をはがしてきた彼女は、夜の時間を指定した後に、わざわざ携帯電話の捨てメールアドレスなんていう古臭い手法を使って俺を見せに誘導してきた。


 はてさて、俺はこれからどうされてしまうのだろうか。このままアメリカに誘拐される、なんて落ちもあり得るけれど――


「安心してくれよ。俺たちはお前を誘拐できるなんて思ってねぇからよ」


 俺の考えが顔に出ていたのか、愉快そうな黒人の男が楽し気にそう言った。体格だけで日本人の非力さを痛感せざるを得ないような差があるというのに、はてさて。


「ともかく、計画についてだ。そちらは英語はどこまで堪能かな?」

「日常会話ができるまでだな。昔に鬼のように届いてきた英語とロシア語の文章で頭を痛めてから少し覚えた」

「なら問題はなさそうだ」

「おいおい、純国産の日本人をもう少し丁重に扱ってくれよ……」


 確かに俺は英語はできる方だけれど、ここでの会話全てが英語となってくると頭が疲れる。まあ、仕方がないことだと思うので文句はここでやめておくが。


 さて、閑話休題。本題に入ろう。


「ダンジョン終末論カタストロフィについてはご存じかな?」

「今の世界で耳にしたことのない奴を探す方が大変だろ」


 こいつらの身分はアメリカの特殊部隊。そんな人間たちが、場末の終末論を真面目な表情で語り始めたのだから、ここは一つ「な、なんだってー」とでも言っておけばいいのかもしれないけれど、実を言えば事前にであるために、俺の驚きは少なかった。


 ダンジョン終末論。


 それは、ダンジョンによって世界が滅ぶという、インターネットやオカルト誌で散々に噂された人類滅亡のシナリオの一つだ。


 30年前に突如として発生したダンジョンたちは、暴走現象スタンピードという現象によって大きな傷を世界中に刻み込んだ。そして、今もなおそのダンジョンは数を増やし続けている。


 日本国内でも、たった三十年でダンジョンの総数が五倍になっているという報告が上がっているほどだ。


 30年前から増えたダンジョンはおよそ80。即ち、年平均で2~3個のダンジョンが日本国内に毎年発生しているということになる。しかも、留意すべきはそのうちの50個が、ここ10年――つまりは、俺が難易度SSクラスダンジョンを攻略してから発生したものということ。


 これが、俺が難易度SSクラスダンジョンという一つの一線を越えてしまったからなのか、それとも時代を経るごとにダンジョンの増加スピードが加速しているのかは定かではないけれど、加速度的にダンジョンがその数を増やしていることだけは間違いのない事実だ。


 そして、ダンジョン終末論というのは、いずれ世界のすべてがダンジョンに覆いつくされ、人間がすべてのダンジョンに対応しきれなくなったせいで一斉にモンスターがダンジョンからあふれ出してた結果、地球上の大地がモンスターで溢れかえる、という終末論だ。


 そして、これは――


「同じSSクラスを攻略した人間として、これが全くのでたらめではないということを君は理解しているのだろう?」

「まぁな」


 SSクラスダンジョンのクリア報酬であるとある情報を知っていれば、まったくの空論ではないのである。


「我々の目的は、来るべきXdayを防ぐこと。或いは、Xdayを乗り越えることだ」

「だから、プロジェクトXdayなんだな」

「なかなか洒落がきいてるだろ。名前はドッグマスク由来だぜ」


 そういえば、Xデーってのは和製英語ってのは聞いたことあるな。しかし、どうして俺とその終末論の気たるべき日を重ねたのか……あ、俺がSSクラス攻略してたからか。


 ともかく、連中の代表であろうピープスという男が、いくつかの書類を出して話を続ける。


「さて、いくつかの前提条件から話そうか」


 理路整然と言葉を繋ぐピープスは、情報のすり合わせもかねて、此方へと情報提供をしてくれるようだ。


「まず、ダンジョンの空間は物理的な質量をもたない――というのは有名な話だ。いうなれば、ダンジョンは地下に伸びているが、それは決して地下に穴を掘って建設されたものではないということだな」


 これはダンジョンを知るものには常識な話だ。ダンジョンは突如として発生する。そして、どれほど深くダンジョンが続いていようとも、ダンジョンの外からダンジョンを目指して地面を掘り進めたところで、ダンジョンに横穴を空けることはできない。


 これには、ダンジョンは一階層となるクリスタル広場から異空間になっているのではないか、という定説が存在する。


「ただ、ダンジョンの中が異空間だったとしても、ダンジョンの発生が全くの無反動であるわけではない。我々はすでにそれを突き止めて、尚且つその反動からダンジョンの規模まで計測できるようになった」


 そう言いながらピープスが差し出したのは、おそらく地質か、或いは地震計に関する書類だ。


 並々に続く線が描かれているものの、ある一点でそれは急激に激しくぶれだしている。


「ダンジョンが発生する予兆が存在する?」


 それは、俺の知らない話だ。


「つまり、ダンジョンが発生する以前に、発生する場所には地震が起きると?」

「まあ、そういうことだな。そして、予兆には法則性がある……規模、つまり難易度によってその大きさを変えるという法則性がな」


 なるほど。つまり、事前にその予兆を察知しておけば、どれだけの難易度のダンジョンが現れるかを知ることができると――


「これ、結構な機密じゃないか?」

「日本にはすでに共有済みだ。むしろドッグマスクが知らないことに驚いているぐらいだが?」

「おいピープス。この法則性が証明されたのは今年に入ってからだろ? 慎重な日本が、そんなにすぐに信じるかよ」

「それもそうだな」


 慎重ともいえるし、疑り深いともいえる。


 そんな日本の国民性を感じながら、俺は話を続けた。


「それで? まさかSSクラスダンジョンの予兆でも感じ取れたのか?」

「正解、と言いたいところだけど少し違う」

「というと?」

「生成されるダンジョンの難易度が高いほど震度は大きくなる。そして、発生した震度から難易度を観測する基準を割り出したわけだが……これを見てくれ」


 新たにピープスが取り出した資料を確認してみれば、いくつかの震度に混ざって、妙に小さな動きしかしていない震度の記録があった。


「日本語で言えば、最低難易度であるFクラスですら震度2を計測するのだが……これは震度1に至るかすらもわからないほどに微弱な揺れを起こしているのだ」

「……気のせいじゃないのか?」

「それが、二百㎞の広域にわたって同様の記録が行われたとしても、か?」

「二百㎞? なるほど、大陸間プレートの移動とかじゃ考えられない記録ってわけか」


 どうやら、彼らの目的は、そのあまりにも微弱ながらも、しかして途轍もない広域で記録された奇妙な震度の調査だという。


「推定されるに、我々はそのダンジョンが今後の世界の展望を決める特異点だと仮定している」

「一応聞くけど、難易度Xのダンジョンの可能性は?」

「ない。少なくとも、現在記録されている難易度のダンジョンの震度とはまったく一致しない」


 ダンジョンの予兆である地震の震度を計測することで、そのダンジョンの難易度を予測することができる。しかし、日本で観測された謎の微弱震度がどんなダンジョンなのかわからないので、直接調査しに来たってことか。


 改めて出された書類を確認してみても、確かに難易度Xは難易度Bと似た震度を記録しているらしい。


「さしあたっては、このダンジョンの調査、攻略に協力してほしい」


 ふむ……。


「正直に話して、俺はあんたら部隊の能力を評価している。その上でなぜ俺の力が必要なのかを聞きたいんだが」

「単純だ。我々とは別でダンジョンの攻略を進められる人間の協力が欲しいんだ。何分、知っての通りアメリカも一枚岩ではないからな」


 あー……なるほど。


「めんどくさい話だが、こっちにゃモンスター愛護団体にダンジョン関連宗教。それにダンジョンを私的利用しようとしてる連中に、半スラム街として利用されてるダンジョンもある。そいつらがいちいち口を挟んできやがってよ」

「ほんとうるさいのよねーあいつら。間引き自体に難色示す奴らだっているしさ。生きて動くもんを殺すのが生理的に受け付けないのはわかるけど、こっちは市民の安全の確保のためにやってんのに邪魔すなって話」


 アメリカでのダンジョン関連ニュースはたびたび耳にする。国民性故か、はたまた別の問題か。特に、ダンジョンモンスターを保護せよという愛護団体のデモ行進なんかは、テレビでも取り上げられたことがあったはずだ。


 さらに言えば、ダンジョン内の土地の所有権をめぐる話も問題になっていたはず。確かに、簡単には動けないな。


「そちらの事情は把握した。とはいえ、俺の活動域は日本だ、身分は学生。ダンジョン攻略のためとはいえ、今の学生生活を投げ捨ててまで外国に出向するつもりはない」


 俺は現状の身分で仕事のためだけに海外に出向する気はさらさらない。あくまでも仕事よりも学業なのだ。


 ただ――


「その点は安心してくれ。なにせ、この波長が観測されたのは西日本なのだから」

「……まじかよ」

「そもそも、我々がここで待機していた理由を考えてほしい。今年の八月に観測された謎の微弱震度を調査するために来ているのだ。ここでドッグマスクにコンタクトを取ったのは、言わばついでのようなもの。本来であれば、そちらに派遣していたティリスが交渉する運びだった」

「そうなのか?」


 呆れた視線で、個室の奥の方でちびちびと普段とはかけ離れた大人しさで茶を嗜んでいたティリスに目を向ければ、普段の快活さからは程遠い声で一言。


「だって、すぐに話したらドッグマスクと遊んでられないじゃん」


 と言った。


 どこからどこまでが本心なのかはわからないけれど、そういう大事なことはもっと話してほしいんだが?


「まあ、ティリスについては今後も連絡役としてそっちのハイスクールに滞在させてもらう」


 ピープスのその言葉に、ティリスはこくこくと頷いて反応している。あれはいったいどんな感情の表れなのだろうか……?


 化けの皮がはがれたと思ったら、未若沙とは正反対の変貌を遂げたティリスは、まあ一先ず措いておくとして。


「日本でそのダンジョンが発生するなら話は早い。こちらも自由に動けるかと言えば違うが、協力させてもらおう」

「感謝する。なお、この記録は書面には残さない」

「だな。変に記録が残ったお互いに問題がある」


 広域にわたって観測された微弱な震度から予想される未知のダンジョン。考えられる可能性は三つ。


 難易度Fを下回るダンジョンか、難易度SSを超えるダンジョンか、もしくは難易度Xに並ぶ新たな特殊ダンジョンか。


 難易度SSであっても、二百㎞という範囲にわたって地震を引き起こした記録はなく、しかしその震度は余りにも薄弱なもの。どうとでも取れるし、どうとでも解釈できる。


 おそらくは、それが発生する場所が日本であることも、彼らが俺にコンタクトを取って来た大きな要因であるのだろう。


 はたして、その裏にどんな思惑があるのかはわからないけれど……彼らが絡まずとも、未知のダンジョン攻略となれば俺が引っ張り出されてた可能性が高いため、文句はない。


 むしろ、その条件でアメリカの特殊部隊の助力を乞う契約ができるというのならば、安いぐらいだ。


「ちなみに、発生する時期はわかるのか?」

「パターンを分析した結果、半年以内としか言えない。どうにも難易度は判明しても予兆からの発生までのタイムラグについてはばらつきがあってな」

「なるほど。つまり、座して待ち構えていろと」

「そういうことだ」


 面倒くさい……というのは喉の奥にしまっておくとして、出来ることなら今後の彩雲プランテーションの展開とは全く関係のないところで発生してほしいところだ。


「それじゃあ、私たちはこの辺で。それと、ティリスからも聞いているが、京都のSSクラスダンジョンは攻略するつもりはないので安心してくれ」

「了解した」


 話し合いは終わり、この場は解散となる。


 さて、は後で叱っておくとして、謎のダンジョンについての情報共有を軍曹としておく必要があるな。


 軍曹のことだからすでに耳には入れてるんだろうけど、場合によっては久々の大仕事になる――ん?


「ちょっといい、ドッグマスク」

「なんか用か?」

「話があるの」


 会合が終わり、ホテルに帰ろうとした道すがら。俺はティリスにそう言って引き留められた。


「話ってのは――」

「個人的なもの。もちろん、チームは関係していない」

「わかったよ」


 ティリスにとってはこっちが本題だったのか、ともかく俺は、そんなティリスの話を聞くために、帰り道から道を逸れることとなった。

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