第96話 伝説のでばがめ


 修学旅行二日目夜。


(「夜にまた」ってつーことは、夜に会う約束をしているということ。んで、あーしたち学生は基本学校が決めたスケジュールに従う。これには死神の奴も従順だ)


 午後19時20分。


 映画村で聞いた非佐木とティリスの会話が気になった少女は、夕食後に二人の後を追うことにした。


 夜にまた、というティリスの言葉から再開の時刻が今夜であることは明白。とはいえ、明確な時刻の指定はなかった。携帯を使って直前で連絡を取っているの可能性もある以上は、夜のどの時間に約束をしているのかを知ることは難しい。


(やっぱり、会う時刻を突き止めるためにも、会う場所を確かめるためにも、あの二人の関係を暴くためにも、あとを付けるしかないよねー……)


 手段は限られている。直接聞くか、あとを付けるかの二つだ。しかし、ティリスのことはよく知らないし、非佐木に聞いたところであんなに人気のないところで話していた内容を軽々に話すとは思えない。


 あれで口の堅い男なのだ。


 となれば、手段は一つ。


((こっそりとあとを付ける……))

「「……あ」」


 そんな思惑が重なった結果、未若沙と芥が階段の踊り場で出会ったのは偶然のことだ。


「よぉ、あくたん。男子に用か?」

「あ、うん。また会ったねみもりー」

「夕食の時ぶりだ」


 二人が出会った階段の踊り場は、ちょうどホテルの男子と女子の宿泊階層の中間地点に位置する場所に在る。上層が女子で、下層が男子の寝泊まりをする場所だ。


 そして、この階段を利用するということは、男女で分けられた壁を越えて異性に用事があるということ。


 情報は限られていたが、しかし彼女らは恋する乙女。お互いが非佐木とは深い関係であることを知っているために、件の用件でここに来たということを光の速度で察知した。


 しかも、だ。


(いつもつっけんどんなみもりーだけど、最初に会った時はすごいひーくんを頼ってたし、やっぱりひーくんのこと好きだよねみもりー)

(そういえばこいつ、死神との関係をあーだこーだ言われてたな……つまりなんだ。もしかしてこいつは、あーしの恋敵ってやつになるのか?)


 疑問符をつけながらも、お互いがライバルであることを確信に近い状態で意識してしまった。


 一人の男を取り合う間柄として、改めて相手のことを認識してしまった。


 その上で――


「ティリスの奴ならまだこの階層から出てねぇぞ」

「ひーくんの方も動きはなかったよ。こういう時、でばがめな友人がいると気持ちは複雑だけど便利だね」


 休戦協定は締結され、それどころか同盟を結んだ状態で目下喫緊の問題を解決すべく協力関係を築いたのであった。


「でばがめな友人て……あいつらのことか」

「みほりんとほしちーじゃなくて、どっちかって言うとひーくんの方かな。ほら、愛代冨田月君」

「悪いが、そっちは知らねぇな……って思ったが、映画村で妙に不気味な笑顔みせてたやつか」


 友人として、恋敵として、思うところああるだろうけれど、お互いにそれをぐっと飲みこんでそして――


「……今の死神だな」

「なんですと!? よし、あとを付けるよみもりー!」

「ちっ、しゃーねぁーな!」


 そうして、二人の乙女は愛しの彼のあとを付けるのであった。



 ◆◇



「どこに行きやがる」

「ってか、自由時間ってホテルの外に出てよかったんだね」

「ダメとは書いてねぇからな」


 修学旅行のしおりを確認しつつ、非佐木の跡を付ける二人は、ホテルの外に出ていくところまで追跡していた。


 ホテルの非常階段を利用して外へと出ていく非佐木。もちろん、二人はそのあとを付けていく。


「こうなってくるとなずなちゃんも連れてきた方がよかったかな?」

「どうしてだよ」

「いやー……なんか、仲間外れは可哀そうかなって」

「あいつはそんなタマじゃねぇだろ。あんなに騒がしい奴が居たら、尾行してることがすぐばれちまう」

「あはは、それもそうだね」


 余談であるが、獅子雲も現在非佐木を探している最中である。まあ、タイミングが悪く非佐木が外に出たところで男子の階層に降りてきて、今頃ボードゲームを片手に非佐木の居場所を聞いて回っているところか。


 なんとも不憫この上なくはあるが、確かに未若沙の言った通り、彼女が居たら尾行どころではなくなっていたはずである。


 さて、そんな話もほどほどにして。


「……止まったな」

「うん、止まったね」


 京都の町のとある店の前で足を止めた非佐木。その様子を見て、あることを察した未若沙は、それとなくソレを手元に召喚した。


「〈制作:藁人形〉ってな」

「わっ、なになに。……ひーくん人形?」


 彩雲プランテーションに合わせて〈贄士〉のジョブを継続している未若沙が取り出したのは、〈贄士〉ジョブのジョブスキルとして獲得できる〈制作:藁人形〉。これは、指定した対象とリンクした藁人形をMPを消費して作ることができるというモノであり、〈贄士〉はこの藁人形を利用して、敵を供物としつつモンスターを召喚することができる理不尽なジョブなのだが……実を言えば、藁人形にはほかの使い道がある。


 その人間の分身として編まれる藁人形は、同様の〈制作:藁人形〉スキルを持つ〈祈祷師〉が使えば、受けたダメージや状態異常の身代わりとなってくれるお守りになったりと、その用途は幅広い。


 そして、害意、或いは被害が無ければ街中でもスキルを使うことができるという仕様の元、未若沙はそのスキルで藁人形を取り出し、とある用途で使用した。


「マネするなよ芥。これは仕様の穴をついてるみてーなもんだからな」


 そう言う未若沙が藁人形の胸にぐりぐりと五寸釘を刺し始めると、カッと藁人形の両目が光、地面に映像のようなものを投影し始めた。


 それはちょうど、非佐木が立っている店の、非佐木が見ている看板を映し出している――


「こ、これ、ひーくんの視界!?」

「効果範囲十メートルの特別製魔法だぜ。聞くだけならもっと行けるが、見てるもんも映すとなると高くつくらしい」


 どうやら、それは非佐木の見ているもの、そして聞いていることを横から盗み見ることができるモノらしい。


 非佐木の友人を指してでばがめと言っていた芥も、これには少し引き気味だ。

 

「ともかく、ジャージ姿の見るからに修学旅行生なあーしたちが入るような店じゃないのは確かだし、非佐木の交友関係から貸し切りの可能性もあり得る。安全マージンを取るならこれが上策だろうな」


 店の外観から、それなりに上等な定食屋であることは確かめずともわかる。となれば、一見さんお断りなんてルールが常用されている可能性もあるため、あとを付けるのはここまでにして、近くなければ使えない魔法を使って様子を伺おうと未若沙は提案した。


 無論、非佐木が見ている景色を見ることができるのならば、バレるリスクのある追跡にこだわる必要もないため、芥はその提案を了承し非佐木の視界の鑑賞タイムと相成った。


 ポップコーンやコーラはないものの、二人の間にはドキドキとした緊張感が流れる。そんな中、携帯に届いた『入っていいぞ』という通知を確かめた非佐木が店内へと入っていく。


『[ふーん。最近の逢引きには、両親を連れ出しのが流行りなのか]』

『[俺がティリスの両親~? 冗談はやめてくれよドッグマスク]』

『[ちなみに、この中だと誰が母親で誰が父親に見えたわけ]?』

『[一番老けてる奴と老けてない奴]』

『[だってよ、ピープス!]』

『[笑えない冗談よ]』


 店内に入って早々、随分と流暢な英語で冗談を交えた非佐木を出迎えたのは、四人の男女で会った。男三人。女一人。そして、遅れるようにして店の奥から件の少女であるティリスが顔を出して、全員で店の奥の個室へと入って行った。


「……まさか、こいつらアメリカの特殊作戦部隊か」

「え、なにそれみもりー」

「お前も噂には聞いてるだろ。あーしたちが挑もうとしてるSSクラスダンジョンを、唯一世界で三つもクリアしてる連中だよ」

「えぇ!」

「ばっか大きな声を出すな!」


 人種の坩堝ともいえるアメリカ特有の人種にこだわらないメンバー。そして、難易度の高いダンジョンを進む冒険者らしい大型のモンスターといつ遭遇してもいいように、日常生活にすら染み付いた足運び。


 その情報から、みもりー……未若沙はティリスを含めた五人の男女がダンジョン攻略に特化したアメリカの特殊部隊であることを見事見抜いた。


 無論、彼らの写真などは出回っていないため、全ては未若沙の持つ知識の賜物だ。


「ふーん……どうやら、あーしたちはとんでもないものをのぞき見してるみたいだな」

「それって、もしかして――」

「ああ、恋愛とは全く無関係と言っていいだろうな。大方、ハニーダーリンってのも、あいつなりのアメリカンジョークって奴だったんだろ、S〇ITッ!!」


 二人が予想し、そして確かめたかったのは、ティリスと非佐木の只ならぬ関係の有無である。しかしながら、非佐木を追いかけた結果行き着いた場所にアメリカの特殊部隊が関わっていたとなると、その線は限りなく薄くなる。


 それこそ、あの虚居非佐木がハニートラップでやられるとも思えないし。


「ともかく、この先を聞くということは、相応のリスクが出てくるがいいか?」

「え、まじ?」

「まじまじ。あーしは普通に聞くけど、死神が関わってるとなると、ぽんと国家機密が一つ二つ出てきてもおかしくねぇもん」

「はへー……ひーくんってすごいんだなぁ」

「すごいなんてレベルじゃねぇよ」


 人類初のSSクラスダンジョン攻略者にして、10年経った今も打ち破られていない最少人数にして最年少のダンジョン踏破者。


 そして、人類の限界と呼ばれたクラス4の壁を唯一突破した超越者。


 更には、多くのダンジョンのシステムを分析し、とある企業と共同研究することで大きくダンジョン配信や攻略におけるアイテム開発に貢献した人物である。


 すごいという言葉一つで表すことができないほどに、虚居非佐木という男の経歴は華々しい。しかしながら、彼はその一切を喧伝しない。多くの功績を軍曹、もとい叢雁むらかりかがりが代表取締役を務めるアドベントフロンティアのものとしており、莫大な資産を保有しておりながらも、それを使って豪遊することもなければ、何らかの団体に巨額の寄付をすることもなく遊ばせている。


 そんな男と、アメリカの特殊部隊五人が会談をする。


 ただ事なんて話ではないはずだ。


「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか。願わくば、あーしたちには全くの無関係であってほしいことだ」


 修学旅行のこの時。それも、SSクラスダンジョンの下見が行われるちょうど前日の会談に、ちょっとした作意を感じる未若沙は、そんなことを画面越しに呟いた。

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